学園のすぐ裏に位置するうらうら山は、実習や鍛錬でも生徒にとっては馴染み深い場所である。
しかし、その森は高く広く鬱そうとしていて、慣れない者がひとりで入り込むと迷うこと間違いなかった。
「はぁ・・・」
本日何度目かのため息をついたのは、数ヶ月前転入して来たばかりの四年、斉藤タカ丸。
太陽の下ならきらりと輝くそのめでたい色の髪も、翳る森の中では薄暗く鈍い光を帯びていた。
ため息がこぼれるのも無理はない。
もう、かれこれ半日近く森の中をさまよっているのだから。
そもそも、休日でたまたま課題がなくて時間をもてあましていたから、鍛錬に行こうと考えたのが事の発端だった。
普段なら休みの日は世話になっている先輩に教えてもらって予習復習をしているのだが、たまには外で体を動かすのも悪くない。
そう考えて、まず同級生を誘おうと考えた。
だが、滝夜叉丸は体育委員会に強制連行されたらしく、同室の綾部も穴掘りに出かけているのか行方知れずだった。
三木ヱ門は会計委員会で昨日まで3日連続徹夜だったのを知っていたので誘わなかった。
結局誰一人会うことが出来ず、やはり頭によぎったのは年下の先輩だった。
しかし、その人も朝から野外演習出ていると聞いていたので諦めた。
そうして仕方なく1人黙々と鍛錬していた結果、迷った。
「どう、しよう・・・」
体力的にも精神的にも朝から彷徨い続けて、限界に感じていた。
大きな樹木に手を当て、足を止める。
まっすぐに長く太い、冷たいその木に背をもたれる。
まさかここで死ぬはずはなかろう。
自分よりもっとこの山になれた人が、夕飯になっても戻っていないなら流石に探しに来てくれているはず。
根拠も何もないが、そう考えずには不安でたまらなかった。
そのとき。
ふと木々の間になにかが動くのを見た。
動体視力の鋭いタカ丸は、少し身構えてそちらを向く。
「あ」
声がして、木々の間から姿を見せたのは、黄緑色の制服。
一学年下の三年生だった。
タカ丸はふわぁっと顔を綻ばせ、そこにいた少年に駆け寄った。
「うわあ、よかったぁ!俺朝からずっと迷子で!」
急に自分より高い場所にある顔が泣きそうに笑って、ぎゅうっと手を握ったものだから、その後輩も驚いたような表情を浮かべた。
はあ、と呟きながら呆然とした顔でタカ丸を見つめる。
「今から学園に帰るところ?
ねえ道案内してくれないかな、お願い!」
すがるような目で懇願すると、困惑しながらもその少年は了解する。
タカ丸は心底嬉しそうに笑った。
「ありがとう!
俺、斉藤タカ丸って言うんだ。
君は?」
「次屋三之助です」
よろしくね、と微笑めば、次屋も小さく笑みを返した。
「あーほんとよかったぁ・・・三之助くんに会えて。
やっと帰れるよ」
「斉藤先輩、1人で来たんすか?」
「先輩だなんて、タカ丸でいいよ」
忍玉歴で言えば、君のほうが先輩じゃない、と明るく言った。
次屋もまあそれもそうだなぁなんて思って、じゃあタカ丸さん、と言い直す。
「うん、滝ちゃんとか綾ちゃん誘おうと思ったんだけどタイミング悪くって・・・。
三之助くんは?」
「俺は体育委員のランニングで・・・滝夜叉丸先輩も一緒でしたよ」
「そっかあ、三之助くんって体育委員・・・」
タカ丸がはっとして足を止める。
体育委員・・・次屋三之助・・・。
滝夜叉丸から何度か聞かされたことがあるような名前・・・。
そう、確か、
「アイツの方向音痴にはほんと、困らされますよ!
走っていても急におかしな方向に外れていくし、しかも自覚がないから尚のこと性質が悪い!」
とか言ってため息をついていた、はず。
「ぇえ!?も、しかして三之助くんも迷子なんじゃ・・・」
「は?違いますよ。
体育委員会で走ってたんすけど、他の皆がどっか行っちゃったんで先に学園に帰ろうかと」
きっぱりと。
次屋があまりにもきっぱりそういうものだから、タカ丸はつい「君がはぐれちゃったんだよ!」とは言いかねた。
しかし、このまま彼について行ってタカ丸が忍術学園に帰れる確立は限りなく低い。
むしろ進めば進むほど離れている気がする。
「三之助くん・・・やっぱり誰かが助けに来てくれるのを待とう」
ずんずんと道なき道を進もうとする次屋の手を掴み、タカ丸は強くたしなめた。
ランニングの途中で、また後ろと前に誰もいなくなった。
こんなことはしょっちゅうのことだ。
そして、しばらくしたら体育委員の誰かに会えるのもしょっちゅうのことだ。
滝夜叉丸先輩には「迷ったらじっとそこにいろ」と怒られたが、別に迷子ってわけじゃない。
そんなことを考えながら、先に学園に帰っていようと歩いていると途中で紫の制服をみかけた。
べつに声をかけようとかしていた訳じゃなかったが、何をしているのかと少し近寄ると、向こうがこちらに気付いた。
目が合った瞬間、泣きそうな顔でその人に一気にまくしたてられ手を握られ、懇願され、頼られていることになんとなく嬉しくなって了解した。
しかし、しばらくすると歩くのを止められた。
日はもう傾いていた。
森は薄暗く肌寒く、2人は大きな樹木の下を背に、体を寄せ合って座り込んでいた。
次屋がタカ丸にむりやり座らされ、その場で誰かが捜索に来てくれるのを待とう、頼まれてたからだ。
このまま行けば学園に着くはずなのに、と次屋は内心呟いたが、タカ丸が腕を掴んで離さないので、次屋はしぶしぶそれに承知したのだった。
隣に座って、タカ丸は一年に混ざって授業を受けていることや、共通の知人である滝夜叉丸の話などをした。
次屋はそれに相槌を打って聞いていることが多かったが、退屈はしなかった。
タカ丸はこちらが話題を考えなくとも、上手く話をふってくれるので次屋としてはきもち楽だった。
それは、髪結いと言う彼の職の利点なのだろう。
「髪の色、綺麗だねぇ」
タカ丸は左の手で、後ろ髪をそっと触れる。
それでもまだ右手は次屋の腕を離してはいなかった。
「・・・そうですか?」
次屋自身は、そういうふうに考えたことなどなかった。
もとより、髪にはそれほど気を使っていなかったからである。
「うん。髪質もほんとはいいんだろうけど、体育委員なだけあってぼろぼろだねえ」
日焼けや、土埃、ところどころに見える切れ毛や枝毛。
タカ丸はもったいない、と呟いて優しく髪を撫でる。
「滝ちゃんもね、委員会の終わった日はぼろぼろ。
でも、ちゃんと俺のとこに髪を綺麗にしてくれって頼んで来てくれるんだよ。
俺そういうのすごく嬉しいんだよねぇ」
そういった顔は、3つ年上の優しい微笑みを浮かべていた。
(ああ、あの滝夜叉丸先輩と普段仲いいだけあるなぁ)
委員会の時は、委員長があれなだけに幾分しおらしく、後輩思いで優しい先輩。
だが、普段は同級生や後輩に対してはあの高飛車な態度の滝夜叉丸と、いつも仲良く付き合っているのだ。
次屋は滝夜叉丸先輩から何度か話を聞いたこともあった。
「あの人はとても手がかかるよ。
けど、すごく優しくてたまに大人で、寛容で、世話をしているのにいつのまにかこっちが世話になったりするんだ」
照れたように、珍しく素直に先輩がこの人をほめた言葉を思い出す。
今、うっすらとそれを実感した。
「あ、髪触られるの嫌い?」
「・・・え?いえ、別に大丈夫っす」
「ほんと?なんかぼんやりしてたから、嫌なのかなあって」
苦笑して言って髪を撫でていた手を離す。
別に嫌なわけじゃなく、むしろ気持ちよかったのだが。
「やっぱりさ、三之助くんも怖いの?」
「へ?」
急に顔を覗き込んできて、タカ丸が言ったものだから、次屋は表情を固まらせた。
タカ丸は目を細め、自分のひざに顔を埋める。
視線はこちらにむけたまま、右手は次屋の右腕をつかんだままで。
「俺さ、今すっごく怖いんだ。
こんな広くて暗いところで迷子になっちゃって。
多分三之助くんがいなかたら、俺絶対泣いてるもん」
自嘲ほどではないが、飽きれたように乾いた笑みを見せて言う。
「怖くない? 三之助くんは怖くないの?」
タカ丸の目が次屋を捕らえる。
次屋は目を見開いたまま、なにもいえなかった。
(怖くない。
歩けばいいじゃない。
俺は迷子じゃないんだから、俺についてきたら帰れるのに。
俺は、迷ってなんか、いない、のに)
そういいたかったけど、目を離さないその人を見ているといえなかった。
タカ丸はまた、年上のくせに泣きそうな顔をする。
腕を掴む手がの力が少し強くなった。
捕らえて離さない、目の前にあるその瞳が揺らいだ、
その時。
「・・・誰か、くる・・・」
「え?」
ふとタカ丸が呟く。
反射的に気配を探ると、こっちに向かって誰かが近づいてくるのに気付いた。
「・・・ッ」
タカ丸の手が、およそ二時間以上ぶりに次屋の腕を開放した。
弾かれたように立ち上がり、草むらに駆け寄る。
次屋は反射的にタカ丸の腕に手を伸ばすが、それは空を切った。
がざ、という音がし、向こうからだれかの影が現れた。
「兵助くん・・・!」
気配で最初から分かっていたのだろうか、タカ丸はその影が現れたのとほぼ同時にその体を抱きしめ名前を呼んだ。
タカ丸よりも背の低い、長く艶やかな柔らかい黒髪に顔を埋める。
「ああ、もう、馬鹿。
なにやってんのこんな時間まで!」
五年生の久々知兵助だ。
慣れた様に自分よりも大きな体を抱きしめ返す。
「・・・実習は?」
「もう終わった。
帰ってきたら綾部や田村がタカ丸がいないって言うから探しに来た。
他の皆も探してるんだぞ。
迷惑かけやがって」
「ごめんなさい、ごめんね、ごめん」
タカ丸がしゃくり声を上げる。
肩が小さく震えているので、兵助は背中を撫でてやった。
「大丈夫、もう大丈夫。
だからタカ丸、泣かないで」
優しく、子供をあやすようにそう言いながら力を込めて抱きしめる。
まだお世辞にもたくましいとはいえない、細い体を優しく、強く。
その時、じーっとその様子を眺めていた次屋と兵助の目が合った。
「・・・・・次屋?」
「はあ、こんばんは」
驚いたように兵助が呟き、次屋はぼんやり返事を返す。
タカ丸が抱きついた体制のまま、迷ってたら途中で会ったと説明する。
「お前・・・!まさか次屋についていったのか!?
帰れるはずないだろうが!」
怒った風にそう叫ぶのはどうも失礼だが、兵助を含め忍術学園のほとんどの生徒の間では常識的なことである。
タカ丸は苦笑しながら、「でもちゃんと動かずに待ってたよ」といい、その体をなだめる様に抱きしめた。
しかし、とたんに兵助は顔を赤らめて「もう離れろってば!」と体を離す。
何をいまさら、と次屋は内心あきれた様子で二人を眺めていたのだが。
「えー、もっとぎゅってしてよ」
「あーもー、後でいくらでもしてやるから!」
だから、と手を差し出す。
タカ丸はへ?とその荒れくれた大きな手と、兵助の顔を交互に見返す。
「帰るぞ!!
ほら、タカ丸は次屋の手をにぎって!」
そういってタカ丸の手を握ると、タカ丸も納得したように笑って、次屋の手をぎゅっと握った。
次屋に向かって、頬を赤らめて笑う。
「やっと帰れるね!」
泣きそうな、先刻の顔はどこへやら。
この人が一番似合う表情を見つめ、次屋はただ「そうですね」と呟き返した。
帰り道を、三人で下っていく。
すっかり安心しきって頬を緩めるタカ丸を見て、次屋はふと考えた。
(そうか、この人にはこうやって一緒にいる人がいるから、迷子になるのが怖いんだ。
探してくれていて申し訳なくて、でも見つけてくれなかったらどうしよう、そう思って泣くんだ。
でも俺は?
俺はぜんぜん怖くなんかなかったんだけど。
俺には、大事な人が、大事に思ってくれている人はいないか?
・・・いやまあべつに恋仲の人がいるわけじゃなし、仕方がないことなんだけど、)
「あ!」
山のふもとに、明かりがともっていた。
松明の灯りが数人の影をゆらゆらゆらしている。
「次屋」
兵助が笑いかける。
その灯りの方を指差して。
「ほら、お待ちかねだぞ」
「「次屋せんぱーいっ!!」」
「三之助!」
「お―――い!三之助!!」
見慣れた、体育委員達がそこにいた。
見つけた瞬間に駆け寄ってきたのは後輩達。
その後ろで、怒った顔をする滝夜叉丸先輩。
となりで笑いながら両手を大振りする七松先輩。
「え・・・」
「みんな、お前のことずっと探してたんだぞ!」
「よかったねぇ、三之助くん」
2人がそろって笑みを浮かべる。
次屋は2人を見てから、明かりの方へ目をむける。
後輩2人が勢いよく抱きついてきた。
「先輩、探したんですよ!」
「なんでいつもいなくなっちゃうんですか~!」
ぼろぼろの泣き顔ですがりつく2人を反射的に抱きとめる。
タカ丸の手はいつの間にか離れていた。
次屋は驚きながら二人を見て、それからどうしたらいいのか分からず、隣にいたタカ丸に目をむけた。
それにタカ丸は優しい笑顔で応え、ほらあそこにも君を心配してた人、と指差す。
「こら!いつも私の後ろから離れるなと言っているのに!
どうしてそう・・・目を離すとすぐにこうだ!! 本当にお前は・・・!」
「滝、母親みたいだぞ!
まあ、無事で何よりじゃないか、なあ三之助ッ!」
七松の笑いながら言った言葉に、くどくど説教していた滝夜叉丸は「何言ってるんですか!もっと叱ってください!」とほえたが、
委員長は豪快に笑いながら次屋の頭を撫でて、
「今度からは心配かけんなよ」
笑いながら優しく、しかし強く言った。
その声に次屋はふと、気付いた。
ああいつも自分は心配されていて、大事に思われていたのだ。
いつだって迎えに来てくれると、知っていたから怖くなんかなかったのだ。
ただ、当然に思えて気付かなかっただけで。
「・・・すみませんでした」
心配かけたこと、多分長い時間探させてしまったこと。
全てに感謝して、次屋は深く頭を下げた。
後輩2人は次屋にしがみつき、滝夜叉丸はため息をついてから笑い、委員長は「じゃあまた明日ランニングな!」とまた笑った。
それに、滝夜叉丸と後輩2人は驚いたように顔を上げて一気に抗議の声を上げ、次屋は小さく笑った。
「よかったねぇ」
「まあな」
次屋が先ほどからどこか塞ぎこんでいるのに気付いていた二人は、離れたところで体育委員会を見守りながら言った。
だが笑顔になった次屋を見て穏やかに微笑むタカ丸の隣で、兵助はむっつりとした不機嫌そうな顔をしていた。
「・・・俺もほんと心配したんだから」
「ごめんなさい」
何度目かの謝罪を口にする。
本当に心配してくれていたのだ。
そう思うとタカ丸は少し嬉しくもあり、やはり申し訳なくもあった。
「・・・」
後輩である次屋の前では見せなかった、不機嫌そうな拗ねた横顔。
いつも自分より落ち着いている年下の先輩の、こういう少し子供じみた表情がタカ丸は好きだった。
もちろん澄ましているのも結構、だが、たまには年上の自分にそうやって甘えて欲しい(迷惑をかけていることのほうが多いのだけれど)
なんて、よろこんでいると、また不機嫌そうに「わかってるのか?」と睨まれた。
「うん、ありがとう。
心配させちゃってごめんなさい」
タカ丸は眉尾を下げて苦笑してから、ちゃんと頭を下げて謝る。
兵助は黙ったままだった。
顔をうつぶせたまま、ああほんとに心配されてたんだと申し訳なくなっていると、急に名前を呼ばれた。
「タカ丸」
「は、い」
緊張しながら顔を上げると、左右非対称の片方、長い髪を乱暴につかまれ、下に引っ張られた。
痛い、と講義するよりも早く、その唇をふさがれた。
目を閉じるのも忘れるほど短い、触れるだけの口付けだった。
兵助の方から唇を離す。
その手がタカ丸の髪をまだつかんだままなので、まだ鼻先が交わるほど近くに互いの顔があった。
髪を引っ張られ、背を少しかがめたタカ丸は、痛みとか呆然とか一通り感じて、遅れてから顔を赤くした。
「えっ、へ?」
「なんだよ」
自分からはいつもしてくるだろう、と兵助は目を背けた。
確かに口付けはいつも自分からだったから、だからこそタカ丸は頬が熱くなるのを感じた。
兵助の顔にも余裕はない。
迫ることになんか慣れてないその顔は、タカ丸と同じかそれ以上に紅に染まっている。
互いに顔の距離は保ったままなのに目線はそらしているという妙な状況。
こそばゆい沈黙がよぎる。
たえきれず、口を開いたのはタカ丸だった。
「兵助くん」
タカ丸は名前を呼べば、真面目な彼は邪険に扱わないのを知っている。
兵助はいまだ赤面したままだが、やはりちゃんと目線をあわしてくれた。
「ね、もっかい」
そうねだって、笑いかける。
「・・・馬鹿か」
そういいながらも、握ったままの髪をまた引っ張る。
それは今度はさっきみたく乱暴じゃなく、小さく優しく。
唇が触れ合うまで、時間はかからない、が。
どこからともなく聞こえた、「ゴホン」という咳払いに、2人は肩を震わせ、まさかと恐る恐る顔を向けた。
そこにいたのは、低学年の目を塞ぎ顔を赤くして咳払いした滝夜叉丸、おもしろそうに笑う七松、そして次屋の体育委員たちだった。
兵助が、勢いよくタカ丸から体を離す。
「な、んっ、に?!」
とにかく抗議することが多すぎたか、兵助は口をパクパクとさせたまままともな言葉が出せなかった。
いつも冷静で成績優秀な優等生のその顔に、七松がひどくおもしろそうに笑って、肩を組んだ。
「なにそんな照れてんだよー!」
「ちょ、ま、やめてくださいってばもう、ほんとやだ・・・!」
羞恥心で死んでしまいそうだった。
肩に置かれた手を払いのけると、ますますおもしろそうに絡んでくるので、兵助は駆け足で逃げ出した。
だが、もちろん七松はそれを追いかける。
長時間にわたる次屋捜索も、体育委員長にとっては朝飯前程度なのだ。
滝夜叉丸は駆け回る2人の様子を見てため息をついてから、次屋の背を押した。
「ほら、礼を言うんだろう」
滝夜叉丸の言葉に、次屋は目を伏せたままタカ丸の元まで来た。
タカ丸は次屋を見て、うん?と首をかしげた。
礼を言われるようなことは何もしていないはずだけど。
次屋は俯けていた顔をあげた。
「俺、ほんとはちょっと気付いてたんです。
でも認めたくなくて・・・方向音痴とか忍者にとっては致命的だし。
それでずっとみんなに迷惑かけてて、タカ丸さんにも、スミマセンでした。
でも、今日はタカ丸さんのおかげで色々気付くこととかあって、だから、
ありがとうございました」
目の前にいるタカ丸にだけ聞こえるような小さな声でそういって、頭を下げる。
タカ丸はぽかんとしてから、顔を綻ばせ、次屋の頭に手を置いた。
「ううん、俺こそ三之助くんに会えてよかったよ。
ありがとう」
先ほどと変わらない、優しい手つきで髪に触れる。
次屋は頭を下げたまま、嬉しそうに、だれにも見られぬよう笑った。
「おーい!!そろそろ帰るぞー!
食堂のおばちゃんが飯作ってくれてるぞーー!!」
兵助を捕まえ、羽交い絞めした七松が叫ぶ。
心底嫌そうにしている兵助を見て、タカ丸と滝夜叉丸は思わず苦笑した。
「よーし、帰ろう!」
タカ丸が明るく言うと、下級生たちが元気よく「はーい!」と返した。
滝夜叉丸が後輩達の背を押し、走っていく。
それの後ろにタカ丸と次屋が並んで走った。
「タカ丸さん」
「うん?」
「・・・今度、髪、綺麗にしてもらっても、いいですか?」
滝夜叉丸先輩みたいに、と次屋が問いかけると、彼は満面の笑みで応えた。
「もちろん、よろこんで!」
***
とりあえず次屋が好きです!
今回のことで少し自覚するのだけど、やっぱりまだ認めにくくて、明日も迷子になることは決定事項(笑)