散り花

 

やくも蜜のコウさんが書かれたタカ丸バットエンドイラスト+小話をもとに書かせていただいておりますので、通常のタカくくと設定が異なります(呼び方など)

 

 

 

 

体がきりきりと痛む。
自分のものなのにまともに動かすことも出来ない。
動かない、すでに痛みさえ感じなくなった右手を見て、苦く笑った。
部屋の外からは慌ただしい兵士達の足音や怒声が聞こえる。
 
 
町の髪結いだった斉藤 タカ丸が忍術学園に入学して半年がたった。
学園にも慣れたし、友人も増えた。
実習も内容によっては人並みにこなせる様になった。
毎日が楽しかったが、やはりまだ慣れないこともあった。
そのひとつが学園長から与えられる忍務、いわゆるおつかい。
忍者歴まだ半年、しかし年齢は最年長学生と同じ、という異様な立場であるタカ丸には、
とにかく場数をこなすことが第一に求められていたのだろう、人より忍務が多かった。
初めは一年生でもできるようなものだったが、
最近になってだんだんその内容は危険をともなうものになってきていた。
(前は、確か暗殺だったかなぁ)
ほんの一週間ほど前の夜を思い返した。
人を殺すことにはまだ慣れてはいなかったけれど、同級生によるとタカ丸にはもともとそういう素質があるらしい。
そういうのも、タカ丸は人を殺した次の日でも、けろりとした顔で皆の前で笑って見せるからだ。
忍務は恐ろしいし失敗は許されないしむしろ苦手なのだけれど、タカ丸は忍務だから、で割り切ることができるのだ。
その様子を見て、四年生はその姿にやはり年上のなのだと痛感していたのだけれど。
 
 
それにしても今回は。
「敵城に忍び込み、密書を盗み出してくること・・・これが今度のおつかいじゃ。
 その際実行の妨げになるものは殺害しても良い」
そういわれて忍務の内容を見たところ、それほど難しいものではなさそうだった。
実際、この忍務は失敗もなく順調に進んでいた、はずだった。
 
城の中に潜入し、密書を手に入れるまでは良かった。
しかし、それがどうしたことか兵士に囲まれてしまったのだ。
戦っても、人数的に非常に不利であったし、向こうも訓練を積んだ兵士達だ。
負傷しながらもタカ丸は懐に持っていた爆弾に火をつけ、一瞬の隙を突き、その場から死にもの狂いで逃げ切った。
城内に隠れたのはいいものの、いずれ見つかる。
見つかれば、
(殺される)
タカ丸は、冷たい火薬壺に体をもたれさせながら、唾を飲んだ。
その動作ひとつにもひどく体が痛む。
兵士と戦った時に右手と肋骨を折られたのだろう。
ほかにも体中にやけどや切り傷・・・・・・あの人数に囲まれて生きて逃げられただけで十分だ。
しかし思ったより重症なんだなぁ、なんて他人事のように苦笑する。
その拍子に、嗅ぎ慣れた火薬の臭いが鼻を刺した。
 
タカ丸は城の火薬貯蔵庫に身を隠していた。
半年間火薬委員をしているタカ丸は良く知っていた。
今自分が持っている導線についた火がここの火薬に移ったとき、どれほどの威力でここが爆発するかを。
じりじりと導線を短くしていく小さな炎に、タカ丸は笑いかけた。
理由は分からないが、どうやらこの忍務が失敗したことは認めざるを得ない。
そのなったら、せめて忍術学園にこの城の手が及ばぬように・・・。
密書を持ち帰ることは出来なくても、せめてこの城だけは潰しておかなければ。
死をもってしても、必ず。
 
(あはっ・・・そう思えるようになっただけ、大分成長したんじゃない? 俺)
忍たまであることに誇りを持って、死ねる。
そのことに達成感すら感じる自分に驚き、火薬壷に移る顔を褒めるように微笑んでやった。
体の痛みがだんだん強くなってきて、タカ丸は火薬壷にもたれ込んだ。
火薬と導線の小さな火の臭いに、世界が反転してしまうような妙な感覚を覚えた。
死が近づいてきているという言いようのない恐怖は、初めて感じるのに、なぜか当然のように理解できた。
 
 
目を閉じると頭にぼんやりと走馬灯がかけめぐる。
ああほんとうに見えるんだ、とタカ丸は場違いにもおもしろそうに笑みをこぼした。
そこに見えるのは生まれ育った町にいた頃よりも、思い出すのは忍術学園に入ってからの色濃い思い出ばかり。
 
(一年は組のみんなには色々教わったなぁ・・・四年生はほんとにいつも親切にしてくれた。
抜け忍という理由で狙われたこともあったっけ。
そういや入学してから色んな人の髪を結ってあげたなぁ。
仙蔵くんの髪を触らせてもらえた時は感動した・・・はーぁ、それに比べで土井先生は。
ていうか全体的に忍術学園の人は髪質が悪いんだよね。
俺が来てからは綺麗な子も増えたと思うんだけど・・・・・・)
ここで死んでしまったらまた前みたいになってしまうかもしれないなあ、と少し残念に思った。
生きて帰ることにへの執着心が疼く。
導線をじわりじわりと焦がしていくその火が燃え移るその時まで、死に対する恐怖を抱くことを誰も責めないだろう。
怖がる自分を慰めるように、無理やりにでも唇を吊り上げた。
 
(髪が痛んでいくことも嫌だけど)
 
 
 
一番心惜しいのは。
 
 
 
 
 
思い浮かんだ、あのたっぷりの艶やかでよくうねる黒髪の先輩の後姿。
 
最初、火薬委員会で彼にあったとき、その髪と、真面目そうな整った顔に興味をそそられた。
性格的にも、彼が自分に対して抱いた第一印象がよろしくなかったことはよく分かっている。
でも、こちらもちゃんと向き合えば、真面目な彼はちゃんと自分のほうをみてくれるようになった。
それがすごく嬉しくて、ただの興味本位から、本当に彼に惹かれていることに気付くのに時間はかからなかった。
 
けど、たぐりよせるようにゆっくりと。
タカ丸は焦って迫った所で真面目な彼が自分に好意をもってくれるだなんて思っていなかったから、ゆっくり親しくなっていった。
そりゃあたまには、真面目すぎるが故の天然さに我慢しがたいときもあったけど、と思い出してタカ丸は小さく笑った。
でもそのおかげか、最初は不自然なほどあった距離も、いまでは隣にたっていられるほど縮まった。
髪に触れることにも許してくれるようになったし、頼んだら勉強も教えてくれるし鍛錬にも付き合ってくれる。
「タカ丸さん」と呼ぶとき笑ってくれたり、この前なんかねだったら頭だって撫でてくれたし。
(ああ、ああ、思い出したらキリない)
自分は心底あの人に惚れてしまっていたんだな、と思うと鼻の奥がつんとしてきて、慌てて頭を振るった。
火薬に湿気は厳禁・・・教えてくれた先輩にまた怒られてしまう。
 
 
(でも、もうちょっと、だったと思うんだけど)
もう少しで多分彼を自分に惚れさせることができたんじゃないか、と思う。
たぐりよせ、逃げられないくらいに距離を詰め、それから想いを告げるはずだった。
それができなかったのが、一番心残りでしかたない。
(できることなら、もう少し)
 
 
(生きたかったなぁ)
 
 
 
導線はもう随分短くなっていった。
どれくらい時間がたったか分からなかったが、多分もうそろそろ終焉を迎えるだろう。
騒がしい兵士達の足音は相変わらずだったが、だんだん意識から外れていった。
辺りはすっかり静かになり、もしかしたらもう死後の世界なんじゃないか、なんて馬鹿なことを考えてみる。
 
ふいに、暗くなった思考を振り払うように、タカ丸は頭の片隅で流れていた歌を口ずさんだ。
「花枯れるから美しく 散りゆく男に 涙捧げる 定め無きこの世の中に 散り花 咲かせて みせようか♪」
だれが歌ったものかも忘れた・・・たしか町にいたころに聞いたことがある歌。
忍術学園に入ってからは歌なんか縁がなかったものだから、すっかり忘れていたのに。
なぜいまになってこんな歌が、なんて考えることはしなかった。
思い浮かぶのは、ただ1人。
「なんつ って・・・ あはは・・・は・・・っ いたた・・・・・・」
肋骨が軋む。
タカ丸は、それを堪えゆっくり立ち上がった。
金色の左右非対称の髪がふらりと揺れた。
「・・・さぁ、派手にいこうか!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
木の枝から木の枝へ。
暗闇の中でも体制を崩すことなく器用に、五年間鍛えてきた脚力をいかし俊敏に移動する。
額から噴出する汗もお構いなしに、久々知 兵助は走り続けた。
早く、早く。
敵城はもうすぐそこだった。
足が速くなることには気付いていたれど、それでも速度を落とすことなど到底考えられなくて。
長い髪が大きく揺れるのも、自分の必死さも気にすることが出来ないほど焦っていた。
 
 
数時間前、黄昏の時ごろに学園長に呼ばれた。
いつもの喰えぬ顔が、今日はひどく沈んで焦りすら見えていたものだから、よほどのことだと悟った。
そして、重々しく、学園長が口を開いた。
「実は・・・今回斉藤タカ丸に頼んだ忍務についての情報が、敵城に漏れてしまったのじゃ」
「! !」
学園長の言葉に、目を丸くするどころか、兵助は思わず立ち上がった。
敵城に情報がもれた・・・ということは、すなわち。
「捕らわれた、ということ・・・ですか?」
いや、それならばまだ、いい。
学園長が頷いてくれるよう、祈るような気持ちで問いかけた、が。
「いや、分からんのじゃ。
 だが見つかっていれば、おそらくは・・・」
その先に言おうとした言葉を遮るように兵助はどさっと座りなおした。
拳が強く握り締められていた。
数秒、沈黙した後学園長が再度口を開いた。
「おぬしには、斉藤タカ丸の救済を命じる。
 後から救護班も形成させ、数名向かわせる。
 ただちに向かってくれ」
その言葉を最後まで聞くより早く、立ち上がって駆け出した。
もう自分がいったい、どうしてこうも焦っているのかなんか気にしている場合じゃなかった。
とにかく、走って走って走った。
 
 
 
 
(せっかく勉強もちょっとは出来てきたのに。
 前なんかやっとテストで平均点初めて越えたって言うのに。
 実技じゃあ異様なほど上達するのも早いから、才能もきっとあるだろうに。
 あんなばかみたいに派手な格好していても、すごく努力家で追いつこうといつも誰より頑張っているのに。
 忍者じゃなくても髪結いだけでも生きていけるのに、その道を選ばずに挫けずに歩いてきてたのに。
 なんで、なんで、こんなとこで・・・)
考えたくもない事態を第一条件に考えてしまって、唇を噛み締めた。
走り続けて流石に息も上がっていたが、そんなのお構いなしだった。
(だめだ、死んじゃだめだ・・・!)
大きな木の枝から、次の枝に飛び移ったとき。
 
 
ど派手な爆発音が鳴った。
 
 
「!!」
反射的に足を止め、見上げた空が鈍い紅に染まっている。
丁度城のある方向だ。
まさか、そんな。
背中に寒気が走り、末端神経が震えた。
 
実習でなんども耳にしたことのある音。
方向的にも距離的にも、今のはあきらかに敵城からのものだ。
敵が自分の城を爆破するなんてこと、ない。
考えがまとまらないうちに、また駆け出した。
考えるより先にこの目で真実を見なければ、とてもじゃないけど認められない考えが浮かんだからだ。
 
 
木々の合間から紅の光と城が見えた。
やはり激しく燃え上がる城を見て、兵助は思わず泣きそうになった。
絶望感とか焦燥感とかごっちゃになった感情が溢れ、もう、ただもうひたすら。
(どうしよう、死んでたら、どうしよう)
この規模の爆発で、人が生きているなんて確立、どれくらい低いかなんか分かっていても。
「タカ丸さん!!」
叫ばずになんかいられなかった。
 
燃え盛る炎が目に痛い。
兵助はふと、火柱を立てて轟々と燃え盛る城に目を凝らす。
そこにいた、炎を背に立つ、金色頭と見慣れた紫の制服が目に見えて。
怪我の状況とか、そもそも忍務はどうなったのかとか考える前に、全速力で駆け寄った。
 
「タカ丸さん・・・ッ!」
「あ、はは・・・生きて・・・た、超ラッ・・・キー・・・」
服も髪も顔もいつもの格好をつけた容姿からは似つかわしくないくらいぼろぼろなのに、タカ丸はへらっと笑って見せた。
いつも通り、とは行かないまでもなんでそんなんで笑えるんだ。
兵助の口からお小言がこぼれそうになったが、
それより先にタカ丸の体がぐらりと傾いたので、慌ててその体を抱きとめた。
制服には黒ずんだ血が滲んでいて、焦げ付いた臭いがした。
兵助は自分より大きな体を支えながら、胸元にしがみつくように顔を寄せた。
「馬鹿か・・・っ、こんな派手に自爆するなんて!」
「・・・ん、だよねー・・・」
しぼりだしてやっと出た悪態に、タカ丸は自分でも心底そう思う、と苦笑した。
ぐっとタカ丸の体を抱きしめる兵助の腕の力が強まった。
折れているであろう右腕が、少し痛いな、と思いながらタカ丸は笑った。
(・・・俺、ほんと生きてて良かったなぁ)
ただ、抱きしめ返すことが出来ないのが少し残念ではあったが。
安心すると、急に意識が薄れていった。
「へ すけ、くん」
タカ丸は最後に名前を呼び、胸元が湿っていることにぼんやり気付きながら意識を手放した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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親愛なるコウさんのところで見たタカ丸バットエンド絵に感銘を受け、無理やり頼んで書かせていただきました。
ありがとうございました!!
 ただひたすらに、自分で書いていて最高に楽しかった(殴)
色々妄想しすぎたんですけど、それを文章にできるだけの文才がなくて残念な感じになってしまって悔しいです(某芸人
タカ丸は自分の失敗(実際は違ったけど)で、学園のみんなに敵城と戦わせることなんかしたくなくての自爆を選択、という妄想。