「今夜は寝かさないから、覚悟しとけよ」
男らしく言われたその言葉に、タカ丸は思わず箸を落としそうになった。
その向かいでは八左ヱ門がご飯を喉に詰まらせ、慌てて雷蔵がお茶を入れてあげていた。
タカ丸の隣に座っていた三郎も目を見開いていた。
「は、ぇ?」
タカ丸は、とぼけた疑問系の声が漏れるだけだった。
「来週テストだからって言うから、昨日勉強教えてやったのに全然分かってなかっただろ?
今夜お前の部屋行くから」
言った本人は何を気にするでもなく、それだけ言うと豆腐入りの味噌汁をすすった。
それに他の五年生は、若干安心したようなおもしろくなさそうな顔をして、
タカ丸は「・・・わかりました」と少し項垂れて返事をするのだった。
別に色めいた期待をしていたわけじゃない、と言えば嘘になるので、
(こういう台詞誰にでも言わないでほしいなぁ・・・)
とタカ丸は少しだけ妙な心配をしてみたりした。
「違う」
「あぅ・・・!」
問題を解いていると、眺めていた兵助に強い口調で指摘される。
よく見れば、先ほど教わった所が間違っていた。
タカ丸がしょんぼりした様子でため息をつけば、
「ため息つきたいのはこっち」と兵助がより盛大にため息をついた。
それでも投げやりにせず、こんな夜遅くまで付き合ってもらうと、有りがたさをこえて申し訳なる。
「ごめんね、やっぱり今日はここまでで・・・」
「中途半端なところで終わったら、また明日わかんなくなるでしょ」
それはそうだけど、とばつの悪そうな顔でタカ丸は口をすぼめた。
夕飯と風呂を終えてから、兵助はすぐにタカ丸の部屋まで赴いてくれた。
それから基礎的なことを教え、何問か問題集をやらせる、それで分からなければもう一度教える。
その繰り返しがもう何十回も繰り返され、もう随分夜も更けた。
普通の生徒なら明日に備えて眠っている時間だ。
「明日は授業ない日だし、斉藤がやる気あるなら俺はいつまでも付き合うよ」
若干皮肉めいた言葉を呟き、兵助はタカ丸を見据えた。
長い睫毛に縁取られた、綺麗な大きな目・・・それに見つめられ、タカ丸は心地よくもわるくも感じた。
「・・・聞いてる?」
「え、うん!聞いてるよ」
じと、と疑わしげな表情で顔を覗きこまれ、タカ丸は慌てて顔を離した。
あまりにもそれが不審だったのか、兵助は不機嫌気に顔をしかめる。
タカ丸は怒らせてしまったかな、と苦笑した。
「ごめんね、俺なんか最近集中力なくて」
「ほんとに」
「ヒドッ!」
兵助はだってほんとだろ、と小さく笑った後、心配そうに小さく眉をひそめてでタカ丸を見た。
「なんか相談事あるなら、聞くけど」
「んー・・・」
タカ丸は腕を組み、低く唸った。
どうしようかなぁ、言ってもいいかなぁなんてうわ言のように呟き、ふと兵助に目をむけた。
ぱちっと効果音がしそうなほど、ぴったりと2人の目が合った。
タカ丸は目を細め、眉を下げた。
「なんかさぁ、兵助くんのせいだよ」
「はぁ?」
「だって、前は勉強教えてって言っても、あんま乗り気じゃなかったでしょ。
でも最近はすごい親切にしてくれるんだもん。
それに、最近俺の前でよく笑ってくれるようになったし。
髪も綺麗だし、あ、俺があげたリンス使ってくれてるでしょう?」
「・・・うん。
って、それのどこが悩みなんだよ」
兵助はタカ丸の言うことがまるで理解できない、とばかりに首を傾げた。
それを見て、タカ丸はかわいいなぁと思いながら微笑む。
だからね、俺はあんたに見惚れちゃって、勉強なんか手につかないの!
「・・・でもまぁ、分かんないならいいや」
へらっとタカ丸は頬杖をつきながら答えた。
その様子を兵助は「なんだそれ」と顔をしかめて見ていたが、タカ丸がこれ以上なにも言わなさそうだったので、
諦めたようにまたため息をついた。
「で、どうするの勉強。
もう今日はお開きにしようか?」
「・・・もう少し、いい?」
「いいよ? ちゃんと集中するなら」
「うん!」
タカ丸は筆を取ると、また云々唸りながら問題集と睨めっこを始めた。
それをじっと見ながら、兵助はひとつ、この夜初めての欠伸を噛み殺した。
間違えたところを、何も言わずに指差す。
タカ丸もそれに気付くと慌てて解きなおす、また繰り返される。
それでもやはり、視界にちらりちらりとゆれる黒髪と、自分と同じリンスの香りに負けてしまい、
惚けてしまって頭を叩かれて叱られるのだった。
「もう、お前、ほんと今日は寝かさないからな!」
怒った顔も可愛いねーなんていうと今度はどんな一発が飛んでくるか分からないので、
タカ丸は「ごめんなさい」と素直に謝った。
苛立った兵助は、厳しい口調で間違いを責めながらも、それでも解き方を教えてくれる。
タカ丸は静かに口元に笑みを浮かべた。
(でもこうやって2人でいられるなら
寝れない夜が こんなにも嬉しいんだよ)
***
片思いのタカ丸。
乙女すぎませんか、これ。
タカ丸には片思いを楽しんで欲しいような、ああでも切ないのもいいなぁ・・
久々知も気付かないうちにだんだんタカ丸に惚れていけばいいYO