忍術学園の敵城が大規模な爆発によって崩れ落ちてから五日。
四年生の斉藤タカ丸によってその城が落とされたということは、忍術学園中に広まっていた。
その斉藤 タカ丸が、五日間の眠りから覚めた今日、昼から保健室は大混雑だった。
まず、乱太郎から知らせを聞いた一年は組が全員でお見舞いに来た。
委員会の後輩である伊助は顔をぐちゃぐちゃにするくらいに泣いて、よかったと言って抱きついてきた。
皆も嬉しそうに声を上げ、まだ本調子ではないタカ丸に抱きついては、土井先生に怒られていた。
その土井先生も随分心配していたのだろう、「やっと胃痛がマシになるな」と腹を擦りながら微笑んだ。
授業が始まるから、と先生に促され帰っていったは組と入れ替わりで、三郎次もお見舞いに来てくれた。
「委員会、伊助が全然集中できてなくて大変でした」とふてくされたように言われたが、
心配してくれていることが分かり、タカ丸は礼を言いながら優しく頭を撫でた。
次に実技の授業から帰ってきた四年生の数人がばたばたと足音を立てて保健室までやってきた。
滝夜叉丸と三木ヱ門には「なんで自爆なんて馬鹿なことをするんですか!そんな無茶してどうするんですか!」と
涙目になりながら怒鳴りつけられた。
タカ丸がごめんね、と何度も謝り、泣き顔を見られたくないだろう2人を片腕だけで抱きしめた。
少し遅れてやってきた綾部に、「まざる?」と冗談めいて言ってやると、
「私には先輩がいるので」と断られたが、その先輩に目で促されると、素直に後ろから抱き付いてきた。
タカ丸は三人の温度に、ああ生きているんだなと実感した。
次の授業が始まるころには、滝夜叉丸と三木ヱ門は鼻を鳴らしながら
「私が休んでいた分の授業を教えてあげますね」「いや、こんな奴よりも僕が」といつものようなやりとりを見せてくれて、
タカ丸は肋骨が痛くて泣きながら笑った。
他にも同級生や先輩、先生、おまけに事務員の小松田までお見舞いに来たものだから、
ようやく保健室が落ち着いたのはすっかり日も暮れた頃だった。
「おつかれさま。
ご飯も食べずに、疲れたでしょ?」
布団の上で上体を起し、ぼんやりしていたタカ丸に、保健委員長の善法寺 伊作が声をかけた。
「ううん、みんなと話せてよかった。
それにまだ体だるいし・・・ご飯も食べられそうにないから」
タカ丸はまだ疲れが取れていないらしく、いつもよりしおらしく笑った。
「そう・・・今、綾部が水を持ってくるから。
水分はちゃんと取らないと体に悪いからね」
伊作の言葉に、タカ丸は
(すっかり医者夫婦みたいだねぇ・・・)
綾部と伊作の学園公認カップルを微笑ましく思った。
タカ丸の左右非対称のいつも綺麗に結われている金色の髪も、今日はぼさぼさでまとまりがない。
自分の髪を見て、片手じゃ結えないね、と少し寂しそうにつぶやいた。
「右手は二月ほどでちゃんと治るから心配はいらないよ。
やけども傷も思ったよりたいしたことなくて、良かった」
伊作は、紐を取り出すと「僕が結おうか?」とタカ丸に聞いた。
タカ丸は嬉しそうに笑顔で頷いた。
「あのとき・・・救護班が城に着いたときは、久々知君がものすごく慌ててたから、僕らもびっくりしちゃったよ」
くすくすと笑いながら、肩の辺りで髪を結いながら伊作が言った。
「え?」
「はい、できた!」
タカ丸が聞き返した声は、満足気な伊作の声に遮られ、誰の耳にも届かなかったらしい。
金色の髪はひとつに緩めに纏められていた。
タカ丸は伊作に慌てて、礼をいい、保健委員長というだけあって手先は器用なんだなぁと思いながら、
ついでに綺麗にみつあみにされた髪を左手で触った。
(あの兵助くんが人に笑われちゃうくらい、慌ててたなんて・・・。
ああそういえば、あの日、泣いてたな・・・)
ぼんやり思い返す。
意識を飛ばす前に感じた胸のぬくもりがまだ染み付いて離れない。
今日は見舞いに来てくれなかった。
五年生だし忙しいのかもしれないけれど、寂しくなる。
もしかしたら、あんなことの後だし、避けられているのかもしれない。
そう思うと思わずため息が出る。
(もういっそ、好きだって告げてしまおうか・・・。
だって俺の勘違いじゃ、ないよね?)
今なら、たぐりよせてきたものを手中に収めることが出来る気がする。
(俺に、惚れてくれてるなんて思い違いなのかなぁ)
悶々とした気持ちでまたひとつため息をついたとき。
「あ、久々知くん」
伊作がにこやかに振り返ると、その名をよんだ。
それにつられてタカ丸も慌てて振り返ると、そこには制服姿の久々知 兵助の姿。
「兵助くん・・・」
心臓が跳ね上がった。
眠っていた時間が長すぎたのかもしれない。
その姿を見ることが出来るだけで、どうしようもないほど嬉しくなる。
「お見舞い? どうぞ入って」
「・・・はい」
顔を俯かせ、らしくない小さな声で返事をすると、おずおずとタカ丸の布団の脇に座った。
いつも触れたいと願う髪が、今日は少し邪魔だった。
長い髪が俯いた彼の表情をすっかり隠してしまっている。
タカ丸は、不審そうに首を傾げた。
いつもなら目を見て話す兵助が相手の顔を見ることもしないなんて、初めてだったから。
「・・・兵助くん?」
不安そうなタカ丸の声。
伊作も遠めに二人を心配そうに眺めている。
数十秒の沈黙の後、兵助が大きく息を吸った。
「俺考えたんだあの時タカ丸さんが死んでたらってそしたらどうしようもない
焦燥感だとか絶望感みたいななんかそんな妙な感情に襲われてしまって
それを鉢屋に相談した所「それって好きなんじゃね?」みたいなフザけたこと言いやがったから
殴ったんだけどそれを聞いてからどうも意識してしまって結果タカ丸さんの事が好きなってしまったような
気がするんだけどタカ丸さん男だしどうしようみたいな。でも昨今の
タカ丸さんの態度を思い返し検証してみれば「あれ、タカ丸さんって俺の事好きなんじゃね?」と勝手に
思っているしだいでそうろう。ああもう俺何言ってんのかな、ウケル。
いや、そういう“ウケ”って意味じゃないんだけどもう凄くモヤモヤする。
ええぃ言ってしまえ好きです。付き合ってください」
兵助はここまでひと息で言ってみせた。
後ろで伊作がズザザザザァァーと勢いよくすっころんで最高のリアクションをかます。
そりゃあそうだ。
タカ丸も体が動いていたらそれなりの反応をしていただろう。
(すげっ、ノンブレスだ・・・!ってそこじゃなくて!
ちょ、そういうこと鉢屋くんに相談する時点で間違ってるよね!?
それになんか口調おかしくない!?
・・・っていうか、今なんつった!? この人!!)
兵助がいった最後の言葉を思い返し、それを理解するのにタカ丸は時間がかかった。
理解してからタカ丸は、開きっぱなしだった口元を左手で覆いながら、ばっと顔を背けた。
情けないくらい顔が熱い。
だって、不意打ちだ。
(俺から言おうって思ってたのに・・・!!
なんで、えっ、もう意味わかんないんだけどっ!)
嬉しい。
嬉しいのだけれど、それよりも先に湧いてくるのは困惑ばかりで。
「ごめん、ちょっと・・・考えさせて・・・」
タカ丸は顔を背けたまま弱弱しく答えることしか出来なかった。
それに一拍置いてから、「うん」と兵助が返し、そのまま部屋から出て行ったのを背中で見送った。
頬の熱はいまだ冷めず、こんな顔とてもじゃないが彼に見せたくなかった。
保健室の入り口で脱兎のごとく走り去る兵助とすれ違った綾部は、
床に顔面から倒れこんでいる伊作と、布団の中で悶えるタカ丸をきょとんとした顔で見つめていた。
顔を真っ赤にして伊作が起き上がると、「いきなり告白かい!」なんて苦笑していたが、
なにがなんだかよく分からない綾部は、ただ首を傾げるだけだった。
(変なの。
それにしても、
さっきなんで久々知先輩泣いてたんだろう?)
次の朝、全然眠れなかったタカ丸が目を覚ましたのは昼過ぎだった。
起きるとすぐに学園長に呼び出され、それから先の忍務の詳細を報告した。
お茶菓子と抹茶をだしてもらい、ようやく食欲が湧いてきたタカ丸は、それをいただいた。
タカ丸の「密書を盗み出す」という忍務は失敗だったが、それについてはお咎めなしだった。
むしろ学園長は、今回の失敗が学園側の責任だと言って謝ったが、タカ丸は「生きていたから大丈夫です」と微笑んだ。
まさか四年生の、しかもまだ忍者歴わずか半年の忍たまとから出た言葉とは思えず、
学園長は驚いたように目を見開き、それから面白そうに微笑んだ。
それからはヘムヘムも一緒に、縁側で話をした。
近況や昔話を話しているうちに、昨日のことを思い出し、
(・・・兵助くんに会いたい)
タカ丸はただ焦がれていた。
結局学園長と話し終えたのは日が暮れ始めた頃だった。
(あー何話してたんだろう、全然思い出せない・・・
多分最後のほうちゃんと聞いてなかったの、ばれてるだろうなぁ)
あの喰えない学園長のことだから、と思い苦笑する。
考えは全て、あの先輩のことばかりで、今は何をしても手がつきそうにない。
返事、待ってるかな、と朱色になっていく空を見ながら思った。
足が五年長屋の方へ向かって動き出した、その時。
「・・・はい、失礼しました」
背後に聞こえた声に、タカ丸は立ち止まった。
振り返ると、誰か先生の部屋から出てきたその黒髪の横顔。
「・・・へい、すけくん」
タカ丸が声を漏らすと、その名前の主の肩が大きく震えた。
ゆっくりと顔をあげると同時に、驚きの色を浮べてその瞳をぶらした。
そして、急に踵を返すと、すぐそこの曲がり角へ向かって走り出した。
ここで逃がしたら、追いつけるはずがない。
相手は先輩、しかも手負いの身で追うのなど到底無理。
だから、タカ丸は目の前を流れる長い黒髪にほとんど反射的に手を伸ばしていた。
「ぃっ―!」
思いがけもしなかった衝撃に兵助は小さな悲鳴を上げた。
タカ丸も自分の行動に驚いていた。
こんな綺麗な髪を、乱暴に扱ってしまうなんて。
「ご、ごめんね!
兵助くん、大丈夫?」
タカ丸は慌てていた。
それでも、左手は兵助の髪を解放してはいない。
タカ丸はそのまま兵助の方へ歩み寄った。
「・・・ああ、大丈夫」
だから、離してくれ、と言っているような声。
タカ丸はそう思ったが、やはり黒髪は彼の手中にあった。
「ねえ、兵助くん、こっち向いて」
幾分いつもよりも低い声で、タカ丸は呼びかけた。
指先で兵助の髪を弄びながら、すっと兵助の目の前に立つ。
気付くと、兵助の背中には廊下の壁。
視界の端には、髪を掴んだまま自分のすぐ隣で壁につけられたタカ丸の左手。
思わず顔をあげると、目の前には金色の髪。
その後ろには夕暮れの空が見えた。
(あの日と同じ、)
燃え盛るような血色の光に、燦然と輝くタカ丸の髪。
慌てて、兵助は目線を下げた。
(ああ、なんど後悔しても足りない。
なんで俺はあんなことを言ってしまったんだろ・・・
馬鹿みたいだ。
嫌われる・・・前みたいに一緒にはいられなくなるじゃないか・・・)
昨日、タカ丸に告白をしてからなんども後悔した。
タカ丸が目を背けながら「ごめん」と呟いた瞬間から、その後悔は始まっていまだ止まない。
考えさせてなんか言われても、もうその考えの先なんて分かってるような気がして。
(タカ丸さんが俺を好きだなんて勝手なこと、なに考えてんだ俺)
目頭が熱くなってきて、兵助は唇を噛み締め、それから覚悟して口を開いた。
「昨日言ったこと、全部嘘だから、忘れてくれ・・・!」
やっと出た兵助の言葉に、タカ丸は大きく目を見開いた。
(なんで、なんでそんなこと言うの・・・?)
逃げたくてしょうがない、そんな様子で顔を下げたままの兵助を見て苛立ちを感じた。
(俺だって不安になるよ)
タカ丸は奥歯を噛み締めた。
「嘘?忘れろ?
そんなこと言うなら、俺と目をあわすのも嫌なら、ここから逃げればいいでしょ?
ねえ、なのになんでここから逃げないの?」
タカ丸の声はいつものような柔らかさを帯びていない。
寂しそうな声音、なのに荒々しい言い方だった。
兵助の肩が大きく震えた。
「腹殴ってでも俺の前から逃げりゃいいでしょ?
それもできないのに、俺の事好きじゃないなんてよくいう。
兵助くんは分かってない。
俺があんたの言葉にどれだけ生きていることを喜んだか・・・」
タカ丸の言葉の勢いは、最後の一言には感じられなかった。
(情けない、かっこ悪い、泣きそう・・・)
タカ丸はきゅっと唇を噛み、俯いたまま顔を見せもしない兵助を見下げた。
「兵助くん、俺の事好きでしょ?」
「だから、それは・・・!」
言い訳がましく出そうになった言葉は、結局発せなかった。
見上げたタカ丸の表情を見て。
「なんで・・・、そんな顔するんだよ」
紅に染まる金色の髪。
あの日炎に飲み込まれそうだったあの時でさえ、笑っていたはずの人が。
(なんで、泣くんだ)
タカ丸は情けなさそうに俯いていたが、背の低い兵助から微かに覗ける目は赤くなっていて、うっすら涙まで浮かんでいた。
子供みたいな顔で泣くのは見たことがあった。
でも、今は違った。
兵助が否定することをこばむ、我侭な大人びた泣き顔。
兵助は、まるで毒でも回ったような胸苦しさを感じた。
息が詰まって、涙が出そうになる。
(タカ丸さんも、不安だったの?)
困惑したような兵助の視線に気が付いたタカ丸は、小さく息をのんだ。
(兵助くん、泣いてる・・・)
気付いていないのか、兵助は瞬きもせずに目の端から涙を流してタカ丸を見上げている。
(不安、だったの・・・?)
つっかえていたものが取れたような、気分的には目から鱗というよな。
不安も悲しいのも、泣いているのも自分だけではないのだと分かって、タカ丸はどこかで安心した。
小さく息をすう。
「・・・そうだよね、ごめん、悪いのは俺だよね。
あの時ちゃんと兵助くんの顔みて、返事をすればよかった。
答えは変わんなかったのに、考えさせてだなんて、言っちゃってごめんね」
タカ丸はそういうとしっかり、兵助と目線を合わせた。
「兵助くん、好きだ」
タカ丸の言葉は長ったらしい兵助の告白よりも、随分短かくて素直で明瞭だった。
(なんで、笑ってんだ)
兵助は泣いたり笑ったりくるくる忙しいな、と思いながら、満足げに微笑むタカ丸を見つめた。
そう思いながらも、嬉しかった。
タカ丸が笑っていることに、ひどく安心できた。
迷うことも、後悔も必要ないのだと教えてくれているようで。
「・・・俺も、好き、だよ」
呟いた声はタカ丸に届いているか不安になるくらい小さなものだったが、
タカ丸は嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。
「散り残った この花 あなたに 捧げよう♪」
タカ丸が唐突に口ずさんだ。
「なに?」
明度の対照的な髪が二つ並びで歩いている。
タカ丸の左手のなかには、兵助の右手があった。
隣を歩いていた兵助は、斜め上に顔をあげた。
空がやみ色になっても、月明かりで煌く金色の髪が目に痛い、と兵助は目を細めた。
タカ丸は微笑みながら、「なんでもないよ」と返事をした。
兵助は「ふうん」と興味なさ気に呟いた。
以前と大して変わっていないようなやり取り。
それでも、満足だった。
ここまでもゆっくりだったのだから、これから先もゆっくりでかまわない。
今は、手を繋いで隣で生きている、それだけで。
(でも、)
(たぐりよせてやっと捕まえたんだから、もう離したりしないからね)
タカ丸は幸せそうに、炎の消えた空を見上げた。
***
お互い片思いなんだけど、脈ありに感じている、けど不安な微妙関係・・・
ああにう色々妄想激しすぎて、困った(何)
「散り花」「散り残る花」は超愛しの「やくも蜜」のコウさまのステキすぎる絵のおかげで生まれたものです。
本当にありがとうございました。
微妙に綾善を匂わせてみました。いやもうほんとごく僅かですが。
あ、久々知くんのノンブレス告白の台詞は全て正確に写したものです(笑)
真面目デレにできてないですよね!ヨコシマにもできてないよね!
もっとこうギャグに走りたかったのですが、それだけの度胸と文才がありませんでした・・・ッ!
ただひたすらに恥ずかしいことになってます・・・(泣)
まことに長々しくて読みにくい文ですみませんでした!