喧嘩

 

暖房をつけた部屋で、のんびり過ごす日曜日の午後。
 
ぼんやり、クッションにもたれて寝転がってテレビを見る兵助の横顔をタカ丸は満足気に見つめた。
髪質のいい黒髪を見て、
(ああそろそろ少し長くなってきたかも。
そろそろ切ってくれって頼まれるかなぁ)
タカ丸はふにゃりと顔を緩めた。
 
兵助はタカ丸の部屋に入り浸っていることが多い。
それはほとんど半同棲の状態で。
今では自分の部屋へ帰るよりもタカ丸の部屋にいる時間のほうが長いくらいで、
本来兵助と同室の竹谷が「もういっそ引っ越しちまえばいいのに」と言うほどだった。
実際、タカ丸は1人部屋だというのに生活必需品の大抵は2つ揃いで、兵助はタカ丸の部屋の鍵も持っている。
 
まるで結婚生活を送っているみたいな、そんな感じ。
タカ丸はそう思って、ああ幸せだと噛み締める。
 
冬の思いのほか暖かい日差しにまどろみながら、
タカ丸はテレビを眺めたままの兵助の腰にしがみついた。
「なに?」
「んーなんでもない」
兵助はちらりと目線をタカ丸の方を振り返って
大型犬のように擦り寄る姿に、思わず笑みをこぼした。
 
タカ丸はとくになにをするでもなく、きゅっと腰元にくっついて離れない。
兵助も別にそのまま放ったらかしで、またテレビの方に見直った。
しばらくは兵助が背中に意外と自分より低い体温を感じながら、そのままの状態が続いた。
 
だが、急に後でタカ丸がもぞもぞと動き出し、なにごとかと思ったら
急にうなじから首の後をするりと細長い指に撫でられた。
「っ…!」
ぞくっと、兵助はその指先の動きに全身が粟立つのを覚えた。
 
「なっに、すんだ…!」
「えー髪長くなったなぁと思って」
顔を赤くして慌てて振り返った兵助に、タカ丸はにんまりと笑い返す。
「触るな離れろ近づくな!」
「やだぁ、つれないねぇー」
兵助は向きかえってタカ丸から距離をとり、その体を押し離した。
それでもタカ丸がにぃっと余裕っぽく笑うものだから、兵助は少し腹立たしくなって
今までもたれこんでいたクッションを掴み、勢いよくタカ丸に投げつけた。
 
「いっ!!」
クッションは顔面に直撃し、タカ丸は情けない悲鳴を出した。
兵助はしてやったりと笑みを浮かべた。
それに対し、タカ丸は頬を膨らませて脇にあったクッションを掴む。
「…痛い、でしょっ!」
言うと同時にそれを投げ飛ばす。
飛んで行ったクッションは兵助の顔面に命中した。
「なにすんだ!」
「さきに投げたのは兵助くんじゃん!」
「手ぇ出したのはお前だろ!」
 
タカ丸の部屋を埋め尽くす色とりどりのクッションが部屋を飛び交う。
一緒に買ったはんなり豆腐が空を飛べば、タカ丸が同級生からプレゼントしてらったバナナのクッションも飛んでいく。
 
「こンの馬鹿犬!」
「犬じゃなーいー!!」
次々とクッションが交錯する部屋に、2人の怒声が飛ぶ。
「あーーーもーー!!」
タカ丸の投げたクッションをかわし、兵助はタカ丸に掴みかかった。
久々知兵助という男の沸点は親しくなれば親しくなるほどだんだん下がっていき、すぐに手が出るようになる。
本気で殴るわけではないが、じゃれ合い程度の乱闘でも先に手を出すのは大抵兵助で、今回もそうだった。
あっというまに組み敷かれ、タカ丸は兵助に上に乗られた。
 
「…容赦ないね」
どうだと言わんばかりの表情の兵助を仰向けで見上げ、タカ丸は言った。
白熱灯の光で逆行になっている兵助の顔が自慢げに、俺の勝ちと笑う。
 
タカ丸はおもしろそうにそれを眺めながら言った。
「俺、襲われてるみたい」
兵助は言われて初めて今の体勢に気付いたのか、急に焦ったように目を見開く。
顔の距離がお互いに近い。
タカ丸は困惑する兵助に薄っすら微笑んだ。
「どうしたの?」
少しだけ顎をあげて兵助の耳元に口を近づけ、問いかける。
兵助の鼓膜を振るわせるその声は、いつもよりトーンの低い、大人びたもので。
その瞬間、兵助が頬をかぁっと赤らめた。
ん?と追い討ちをかけるようにタカ丸は身をよじって問い詰める。
 
その時、
 
 
「おじゃましまー…」
 
「タカ丸さーん!」
「英語分からないところがあっ……」
チャイムも鳴らさずにドアを開けた綾部、その後から顔を出した三木と滝夜叉丸が目を見開き硬直する。
部屋の中では兵助がタカ丸の上に馬乗りになっている状況。
綾部は顔色ひとつ変えなかったが、三木ヱ門と滝夜叉丸は顔を真っ赤にした。
「あ、お、おッお邪魔しました!」
三木ヱ門が赤面したまま慌ててドアを閉める。
「ちょっ、喜八郎、やめっ…!!それ鈍器だから!」
廊下から壁越しに滝夜叉丸の必死な声と逃げるように離れていく足音が聞こえてきた。
 
一瞬静かになった部屋で、最初に聞こえたのはタカ丸の笑い声だった。
「あははっ、綾ちゃんこわーい」
「ばっ、お前笑い事じゃないだろ!!」
笑い出すタカ丸の腹の上に座ったまま、兵助は顔を青くした。
冷や汗をかきながら、「絶対何かされる…何かしらされるに決まってる…」とうわ言のように呟く。
タカ丸は少し可哀想だなぁとも思いながらも、焦る兵助が可愛く思えて微笑みながら、
「兵助くんがわるいんだよ」
と言ってタカ丸が起き上がった。
それによって兵助の視界がぐるりと反転させられた。
形勢逆転、タカ丸が兵助を押し倒した形になる。
兵助は目を見開く。
 
「……俺の 勝ち?」
 
タカ丸が笑いかけた。
兵助はしばらく大きな目を数回瞬きさせて、それからため息をついた。
 
「はいはい、お前の勝ちでいいから、後であいつらに事情説明しろよ」
「はーい」
「それから退け」
兵助が面倒くさそうに言うと、タカ丸はえーと非難の声を漏らした。
それから微笑んで言う。
 
「こんな近くに兵助くんの顔があるんだよ?
 なにもしないなんて勿体無いでしょ」
 
「は っ?」
 
聞き返すのよりも、タカ丸が兵助の口を塞ぐのが早かった。
 
ああ遅かったかと妙に冷静に後悔しながら、
 
 
 
兵助は視界の端にあったクッションに手を伸ばした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
***
再び乱闘がはじまる5秒前 (5秒間は許す)
 
コウさんに捧げます!
「クッション飛ばして喧嘩するバナ豆腐」ですよね!
コウさんから頂いたラヴバナ豆腐から発展です。
うんほんと土下座してお詫びします!なんならこう、小指を切ったりとか…!(危険
あんまりリクエストに答えられてないような気が…どうもすみませんでした!
 
綾部はタカ丸が絡むと、兵助になにかとやきもちです。
鈍器とか、確実にシめる気でした!ごめんなさい!
あとタカ丸がすごく引っ付き虫ですね!
タカ丸が久々知を怒らせるとしたら、原因はセクハラかと思いまして(黙れ)