無知なのは誰?

 

薄暗く、静かで、蒸し暑い火薬倉庫の中。
最年長委員である久々知兵助は火薬の点検を行っていた。
当番制で行われているこの作業は手馴れたもので、それほど疲れるものではない。
それでも、夏の暑さに吹き出る汗を面倒くさそうにぬぐうと、疲労感はないわけではないと実感する。
棚の壺の数をかぞえ、表に書き込む。
作業はほんの数十分で終わった。
次の授業が始まるな、と思い出し倉庫から出たその時。
不意に駆け寄ってくる気配を感じ、振り向く。
そこには、忍には向かない派手な金色の髪があった。
 
「兵助くん!」
年上の後輩である斉藤タカ丸だ。
この人が学園に編入してきて、もう何ヶ月になるだろうか。
入ってきたころよりは気配がうすれている。
それでも、走ってくるその足音は相変わらずばたばたと。
一年生を見ているようで、兵助は小さく息をついた。
「なんだ?」
自分に用があるのは明らかだ。
走ってきたタカ丸が息を整えるのを待たずに問う。
「あのねっ、俺次当番でしょ?
 でもちょっと学園長におつかいたのまれちゃって、3日ほど出てくるんだ。
 だから誰かに当番代わってもらわなきゃだめだと思って」
「ああ、そう。じゃあ、その次は土井先生の番だから頼んでおこう」
「お願いします」
タカ丸は、感謝の意も込めてだろう、明るく笑った。
彼の笑みはいつも率直で、日向が似合う。
こんな人、影の世界に埋もれる忍になんかなれるのだろうか。
そんな余計な心配が湧き上がるほどに。
 
「じゃあ、俺用意とかあるから行かないと」
「もう発つ準備を?」
「うん、明日出発するんだ。
 急に頼まれちゃったけど、相手は俺の知り合いの人だから少し遠出だけど心配ないしね」
タカ丸は、背を向けたままぐーっと背伸びをしながら穏やかに言った。
 
 
学園長のおつかい、ということはすなわち忍務を意味する。
だから詳しい内容までは兵助も問わなかったが、タカ丸の知り合いに危険そうな人物がいるとは思えない。
大方、一年が頼まれるような手紙やらお土産やらを持っていくだけのものだと予想した。
「じゃあ気をつけてな」
そういうと、タカ丸は振り返り手をふってまた笑った。
屈託のない笑顔で。
 
 
 
 
 
 
「おはよー綾ちゃん」
「おはようございます、タカ丸さん。 早いですね」
普段の朝よりも随分早い時間だと言うのに、少し早めに校門に来た綾部喜八郎よりも早く彼はそこにいた。
陽だまりの下がたまらなく似合う派手な髪。
町へ出るからか、タカ丸の私服は、髪に良く映える明るく派手な柄のついたものだった。
「目が覚めちゃって、オレこういうおつかい初めてだし、なんかどきどきしちゃって」
そういって苦笑する。
「一応忍務ですよ」
「わかってるよ」
釘を刺すように言うと、タカ丸は本当に分かったのか分かっていないのか、にっと笑うのだった。
その顔は場違いに感じるほど明るくて日の出ている時間がよく似合うと思った。
忍ぶのなど似合うはずもない。
 
 
今回の任務の期間は3日。
内容は、学園の敵城の調査だ。
潜入するのはなかなかレベルの高く、5・6年生向けの忍務だったのだが、
その城の殿様が以前タカ丸を贔屓にしていた客だとわかったので
タカ丸と護衛のために綾部を同行させ、2人に忍務に行かせることになったのだ。
こういうとき、タカ丸の髪結いという肩書きは便利だ。
会話を引き出すことにも長け、つねに相手を油断させることができる。
それに、もうそろそろタカ丸にも忍としての実力が付いてきた。
タカ丸は本人の努力と、もとよりあった才能のおかげで、およそ数ヶ月の忍者歴とは思えないほど成長していた。
ここらでひとつ、というのが学園長の考えだったのかもしれない。
 
 
「ここからじゃ城に着くのは夜かなぁ…。
 でも、まず町に行って綾ちゃんの服を買わないとね」
「……ださいですか?」
意外なタカ丸の提案に、思わず綾部は眉をひそめた。
綾部が纏っているのは、淡い水色の布地に薄い白の模様が入った静かな色合いの服だった。
忍務であることを配慮してか比較的地味だが、趣味が悪いことはない。
その問いかけに、タカ丸は首を横に振った。
「ううん、ださくないしよく似合っているけど、だめ。
 髪結いの・・・一応俺の弟子ってことでいくから、あんまり地味な服じゃ怪しまれるよ。
 自分で言うのもなんだけど、ほら、わりと派手な職業だしね」
「はあ・・・」
「俺の服を貸してもいいけど、やっぱおっきいよね? 背丈も合わないだろうし。
 お金は出すから、少し見立てさせてもらえないかな?」
「かまいませんよ」
と答えると、彼はそれにありがとうと微笑んで返す。
 
ただ、内心綾部は少し驚いていた。
タカ丸がそこまで考えていているとは思っていなかったからだ。
いつも穏やかで、実践では成績はいまいちで、争うことは嫌いな人。
綾部はタカ丸が好ましいと思っていた。
同時に、こんな世界に入らなくともいいのに馬鹿だなあとも思っていた。
それなのに、まるで忍の世界を知ったようなことを言うものだから、意外としか思えなかった。
 
 
 
「じゃあ、いこう」
そういって振り返り微笑んで歩いていく彼は、もう町に溶け込むしらない人みたいで。
 
綾部ははぐれそうだと思い、その裾をにぎった。
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***
冒頭を書いたのは夏でした(現在12月
とんだ季節外れですね。
少し長くつづくと思われます!