例のごとく理解しがたい左右非対称な前髪。
部屋の明かりに綺麗に光る金髪が至近距離にある。
「退け」
ほんの1週間前も俺はタカ丸に馬乗りにされていた気がする。
にんまりと笑うその反応にも覚えがあった。
クッションに足をとられて、タカ丸が俺の上に覆い被さる形で倒れてきたのだ。
前の時はじゃれあいの喧嘩からだったが、今回は完璧な事故。
いや、そう思っているのはもしかしたら俺だけなのかもしれない。
確信犯的な嬉しそうな笑みを見上げながら、そう考えた。
「やだ」
短い答えと微笑みが返ってきた。
横目で見てみると、あぁくそ、クッションは手に届かない距離にあった。
やはり確信犯かと恨めしく睨んでも、やはりタカ丸は笑みを絶やさない。
余裕にあふれる表情。
「前も言ったでしょ?勿体無いって」
色っぽい感情をあきらかに含んだ言葉と共に、顔が近づいてきた。
反射的に目を瞑るが、その唇が触れた場所は思っていた場所と違い、剥き出しの鎖骨だった。
押し付けるだけで生ぬるい熱が皮膚を伝って染みてくる。
唇が数秒で離れたのが分かって目を開けると、上目使いでこちらを覗くタカ丸と目が合った。
吊り上げた口元から舌を出し、にっと目を細めた。
長い指が俺の頬にかかっていた髪を耳にかける。
そして、その指は耳から首筋へ這っていく。
ぐっとできる限り強く睨んでやっても、タカ丸から余裕の笑みはまったく消えない。
むしろ、より一層意地の悪い目をして俺を見つめ返す。
触れられるところから熱を与えられる。
悔しいけど心地よい、壊れ物に触わるように優しい指先に、熱っぽい息が漏れた。
タカ丸はさらに嬉しそうに目を細める。
「感じちゃった?」
底意地の悪い瞳。
普段はそれほど感じなくても、こういう時はやたらと年上らしくて、それが癪に障る。
首もとから下あごへ指が移動する。
親指でくいっと顎を持ち上げる。
その仕草は手馴れているようにごく自然で、やっぱりむかつく。
「調子のんなよ」
「抵抗する気あるの、いつも最初だけじゃない?」
いつもより低い声で、艶やかな目つきで囁かれる。
頬が熱くなってきた。
タカ丸は俺の表情を見て楽しんでいる。
「やめろ」
「やだって言ってるでしょ?」
おもしそうに俺を見下げて、タカ丸は口元から笑みを消さない。
ああ、だんだん腹がたってきた。
いつもいつも余裕なのはタカ丸で、俺ばかりが焦って揺れている。
俺には出せない甘い響きの声も、こなれた仕草にだって嫉妬してしまいそうで、
背伸びをしても足りない背丈とか、どうしようもないことも全部、ほんとうは嫌だ。
全部負けているような惨めな気持ちになるくらいなら、こんなに腹が立つのなら、
「お前なんか嫌いだ…!」
もういっそ一緒にいたくない。
両腕で顔を隠した。
悔しくて泣いてしまいそうで、そんな顔見られるなんて嫌だった。
「兵助くん、」
タカ丸の声がさっきよりさらに低い。
視覚に訴えてくるものがない分、その声のいつもとの違いが明確にわかる。
でも、困惑した頭では、今タカ丸が何を考えているのかも読み取れなかった。
「ねぇこっち向いてよ、兵助くん」
俺はなにも答えず、嫌だ嫌だの一点張りを突き通す。
声を聞いてしまえばもっとタカ丸の余裕を感じてしまいそうで、一層惨めになりそうで。
「向いてってば!」
その俺に腹を立てたのか、珍しく張り上げられた大声に一瞬肩が震えた。
顔を隠していた乱暴に腕をとられ、両手を押さえつけられた。
無理やり視界に入ってきたタカ丸の表情は怒っているようだった。
「なんでそんなこと、言うの」
ぐっと眉を寄せて唇を噛んだ。
それでも意地になって押さえつけられた腕を振り解こうともがく。
タカ丸の手の力がさらに強くなる。
「ッ…やめろ!離せ!」
痛みに顔を顰めながらも、抵抗を続ける。
見上げたタカ丸の表情は見たことがないくらい怒りを露にしていた。
「嫌いなんていうからだよ!」
「お前がいっつも余裕だから嫌なんだよ!!」
声を荒げたタカ丸に、それ以上の大声で怒鳴り返す。
興奮しすぎて頭に血が上ってきた。
腹立たしい感情が涙腺を刺激して、涙が出た。
「俺は余裕なんてないのに、お前だけそうやって手馴れてて…!
自分が情けなくなるからお前が嫌いなんだよ!!」
顔がぼろぼろになっているのもお構いなしで叫んだ。
喉が痛くなるほどの大声なんて久しぶりに出す。
迫力にかける涙ぐんだ目でタカ丸を睨みつけると、
タカ丸は大きく目を見開いて、それから泣きそうに顔をゆがめて叫んだ。
「俺だって余裕なんかないんだよ!こんなに好きになったのはあんただけなんだから!」
今の俺と同じような顔、聞いたこともないような切羽詰った声。
その声にも表情にも余裕なんて一切見られない。
「いつもあんたの横にいるだけで心臓がもたないくらい速く動くし、誰か違う人が隣にいれば腹だってたつし、
一緒にいられるだけで幸せなんて感じたの、あんただけだよ!!」
今度は俺が目を見開く番だった。
タカ丸の泣き顔も苦しそうに吐き出された言葉も、どちらも胸が詰まるくらい苦しそうで、
俺はいつのまにか緩まっていたタカ丸の手を振り解き、両手を大きく伸ばした。
「これでもいっぱいいっぱいなんだよ…!
なのにそんなこと言われたら俺、もう、どうしたらいいか分かんないじゃん…ッ!」
タカ丸の背中にしがみ付くように両手を回し、力の限りに抱き寄せた。
首の隣にタカ丸の顔が埋まり、横目で見ると綺麗な金髪が視界をいっぱいに満たていた。
耳のすぐ近くで嗚咽が聞こえる。
きゅっと服を掴み、子供みたいにしゃくりあげるその声に、俺は安心する。
このひとも俺とたいして変わらない子供なんだ。
左手を背中に残したまま、右手で黄色い頭を撫でた。
「ごめん、ごめんな」
小さな声で謝りながら、
そういえばいつも喧嘩しても「ごめん」と先に言うのはタカ丸からだったと思い返す。
情けない表情でなんどもなんども謝ってくれて、俺はそれに頷くだけだった。
そういうところも今思えば年上らしい。
嫌いだとか腹が立つとか言っておいて、結局甘えているのは俺の方。
くしゃっと、タカ丸の髪を揉むように撫でる。
だんだん落ち着いてきたのか、耳元で聞こえる息遣いが静まってくる。
「嫌いとか言ってごめん。
俺、格好悪くて頼りなくて自分が嫌になってた。
なのにタカ丸にやつあたりみたいなこと言って、ごめん」
言っていて情けない言葉だけど、思った以上に素直に出てきた。
俺はもう一度、五回目の謝罪を呟いた。
耳元で、深呼吸をする音が聞こえた。
「兵助くん」
タカ丸は少しだけ体を持ち上げ、俺と目を合わせた。
形のよい整えられた眉を寄せ、赤くなった目がすこし笑った。
「俺もごめん。
兵助くんも俺と同じで余裕なんかないの知ってたのに。
格好つけていたかったんだ、兵助くんの前だけは」
ごめんねと微笑む顔は、先ほどの悲しそうなものとも意地の悪いものとも違う。
タカ丸は表情が多彩で見ていて飽きない。
そういうところも優しい言葉も仕草も全部、
「格好つけなくても俺はタカ丸が好きだよ」
その言葉にすこしだけ目を大きくして、それからふにゃりと表情を緩めて笑う。
「うん、俺も背伸びしなくても兵助くんが好きだよ」
頬に長い指が触れる。
俺も手を伸ばし、男のくせに綺麗な絹みたいな頬に手を宛がう。
タカ丸の顔が近づいてきて、俺は目を瞑って受け入れた。
唇の熱が、今度は俺の唇をつたって体のなかに流れ込んできた。
***
久々知はタカ丸に男として嫉妬してそう、かっこよすぎるだろ!って。
でも可愛いタカ丸もカッコイイタカ丸も結局は好きで、だけどちょっと妬けるってストレス溜まってればいいと思います。