まぼろし

 

先ほどまで実技の授業の後片付けをしていた乱太郎、きり丸、しんべヱと伊助は、
疲れた体をぐっと伸ばしながら5年長屋へ帰っている途中だった。
今日はこの後授業も無く、この後は夕食まで自由な時間を与えられていた。
「なにして遊ぶ?」なんて1年生の頃と変わらない話題で盛り上がっていると、
ふと伊助が一点を見つめて浮かれていた足を止めた。
隣にいた3人は不思議そうに伊助を見る。
「どうしたの?」としんべヱが問いかけても、伊助は何も応えない。
3人が顔を見合わせ、それから伊助の視線の先を追いかけるとそこには、
 
 
晴れ渡った空に映える、まるで太陽が落ちてきたかのように輝く後姿。
伊助の視線を釘付けにしていたのはその人物であり、
そしてその姿は3人にとっても見知ったものだった。
 
 
「タカ丸、さん…?」
そう呟いた微かな声が届いたのかどうか確かではないが、
その人はふと足を止めてゆっくり体を振り向かせる。
 
結い上げていても腰あたりまである黄金色の髪をチカチカ輝かせて、
曲線を描くようになびかせた。
 
 
そうやって振り返った顔は、少し大人になった斉藤タカ丸のものだった。
 
 
「久しぶり」
 
ふにゃり、
一年以上前となんら変わらない微笑み。
相変わらずの派手な髪。
「タカ丸さん!!」
慕っていた先輩との思わぬ再開に、伊助はパァっと顔をほころばせ近づいた。
しかしその寸前のところで、タカ丸は両手をあげて「待って」と笑った。
 
「この後、もうなにも授業とか実習とかない?」
 
「え?はい、この後はもう夕飯食べてお風呂にはいって寝るだけですけど…」
「そっか!じゃあ改めて…伊助ちゃんっ!!」
タカ丸はそういうと、長い両手で伊助を包みこむように抱きしめた。
委員会に行くたびに繰り返されていたこの行動も、あの卒業の日以来のこと。
随分久しぶりで、
(流石に14になったら照れるもんだなぁ)
と思いながらも、ぎゅっとタカ丸に抱きつき返した。
 
「へへっ今日香油つけてるからさ、匂い移っちゃうかと思って!」
でも良かった!と笑うタカ丸の言葉通り、くすぐったい柔らかい髪からは華やかな香がする。
そういえば、まだここの生徒だったころのタカ丸からはあんまりこんな匂いはしなかった。
やはり忍者のたまごだったため我慢していたのだろう。
 
「ほんと久しぶりだねぇ!元気だった!?」
「はいっ」
ぎゅっと抱きしめていた腕をとき、やはり昔どおり伊助に目線を合わせるように少し背をかがめ、
のぞきこむようにしてタカ丸が笑った。
「そうだ、今三郎次くんが委員長だよね!上手くいってるでしょう?」
「ええ、先輩は真面目だから問題もなくやっていますよ。
 他の後輩達もだんだん仕事を覚えてきて、みんな仲良くしてます」
伊助の言葉を嬉しそうにうなづいて聞きながら、タカ丸は頭を優しく撫でた。
長い指があたたかくて懐かしい。
伊助とタカ丸はお互いに笑いあった。
 
「おおきくなったねぇ~」
「まだ伸びますよ!」
タカ丸は自分の背丈と比べるように、伊助の頭と自分の頭の高さまで上げた手を見比べる。
4年生の時の自分よりも、少し低い位置にある伊助の頭を懐かしそうに目を細めた。
 
「そうだねぇ、五年の時の兵助くんと同じくらいじゃない?」
「えっ…あ、えっと、そうですね」
タカ丸がそう言うと、伊助は思わず表情を固くした。
今までの笑顔がふと引きつり、返事もしどろもどろになる。
 
そうなるのも仕方が無い。
伊助は、まさかタカ丸から久々知の話題が出ようとは思いもしなかったのだ。
 
 
タカ丸と兵助は、いわゆる恋人という関係だった。
しかし、兵助が学園を卒業してからは一度も会ったという話を聞いてもいなかったし、
タカ丸が卒業してからのことはまったく知っていなかったから、
すっかり縁は切れてしまっていたものかと思われていた。
 
(もしかして、まだ…)
と、自然と声に出そうになった言葉を焦って寸前で飲み込み、伊助はタカ丸を見上げた。
 
2人の仲がいいことは、伊助にとって嬉しいことだった。
真面目でどこかお堅いという兵助の印象も、タカ丸が来てからがらりと変わった。
よく怒るしよく笑うしよく呆れるしよく褒めてくれるようになった。
2人がそういう関係になって「似合わない」と誰かが言っていたけれど、
伊助はそうは思わなかった。
むしろ、お互いの素顔を誰よりも知っているような2人は、とてもお似合いだったと思う。
 
しかし、それでもやはりタカ丸と兵助が今どうなっているのか、
その事を尋ねることはできなかった。
あの頃の2人を知っている分、現状を知る勇気がなかった。
 
 
伊助は笑顔を取り繕い、「どうして学園へ?」と尋ねた。
「あぁ、くの一の皆に髪結いの授業してくれって頼まれて出張してきたんだ。
 今終わったからちょっと先生にお土産もってご挨拶に行こうと思ってたところだよ」
そういって団子の包みをゆらつかせると、
後でしんべヱの「いいなぁ」という言葉が聞こえてきた。
「先生の分しかないから、皆はまた町にでも来た時にでも俺んちに寄ってよ。
 そしたらお団子くらいおごってあげる」
「マジっすか!?」
タカ丸の「おごる」という言葉に食いついたのは、勿論きり丸だ。
隣で乱太郎がそれを肘でつついてとがめたが、タカ丸が気にする様子もなく、「マジマジ」と笑い返した。
 
「髪結いサービスもしてあげるよー」
タカ丸は満面の笑みを浮かべ、長細い両手の人差し指と中指をはさみのようにちょきちょきと動かす。
「あ、タカ丸さんお家継いだんですもんね」
乱太郎が、タカ丸の実家の繁盛している髪結い処を思い出しながら言うと、
「ううん、継がないよ」
タカ丸はさも当然のようにそう答えた。
その場にいただれもが耳を疑い、目を丸くする。
 
「…え?」
伊助が大きくした目でタカ丸を見上げると、
タカ丸は首をかしげて綺麗が笑みを浮かべていた。
「だって俺、お嫁さんもらう気ないからねぇ。
 その方がお客さん受けいいし、店なら父さんの他の弟子が継ぐと思うし。
 俺はもうすこししたら自分の店出すつもりだから」
「でも…」
理解しがたいタカ丸の言葉に、伊助が眉をひそめてそう呟くが、
タカ丸はどこか有無を言わさぬような笑みで伊助を見つめるだけだった。
カリスマと呼ばれる父の跡を継がないなんて、勿体無いというかおかしい話だというか。
なんとかそういう言葉を言おうにも、タカ丸の口元の優しい笑みがそれを許さないような気がして、
伊助はそれ以上なにも言うことができず、少し顔をうつむけた。
 
「俺そろそろ先生のところ行ってくるね。じゃあまた」
「あっ……はい」
伊助は慌てて名残惜しげに顔をあげたが、タカ丸は頭を撫でて振り返る直前だった。
(まだ、聞きたいこと、久々知先輩のことだけじゃなくても色々、あるのに…)
タカ丸の手が髪から離れ、あの華やかな香が隣を通り過ぎた、
そのとき、
 
「タカ丸さん」
後からきり丸が呼びかけた。
長屋の方へ向かっていた足を止め、「なぁに?」と笑顔で振り返ったタカ丸に
きり丸も笑い返した。
どこか、鋭い目で。
 
 
「稼業の方は、いかがですかぁ?」
 
 
その言葉が耳に届くと、タカ丸は唇の端をゆっくりと吊り上げる。
前髪の間から見え隠れする目が、きり丸の鋭い目つきに応えるようにふっと細められ、
タカ丸は綺麗に笑った。
 
 
「髪結い業も、順調だよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
金色の髪を揺らしながらタカ丸がまた背を向け、
声が届くなるほどの距離まで離れると、きり丸は小さく息をついて呟いた。
「も、だってさ」
「やっぱり裏稼業で忍者してるのかなぁ」
しんべヱの呟きのように、卒業後、実家を継ぎながらも裏稼業で忍者をしている者はいる。
タカ丸もそうであるのかは知らなかったし、町でもそのような噂を聞いたことは無かった。
しかし、香を警戒するあの様子からしても、
やはりこの学園の卒業生だけあって忍者の基礎は未だ身体に染み込んでいるようすだった。
タカ丸は通常6年間で終える課程をわずか3年足らずで全てこなして卒業したのだ。
忍者の家系というのもあるし、伊助からするとタカ丸は常に努力を惜しまない人だったので、
その素質や実力があるのということは明白だった。
なので、タカ丸が裏稼業で忍者をしている可能性は十分にあったし、
先ほどの反応はそれを否定するものではなかった。
 
「伊助…ごめんな、あんなこと聞いて」
俯いたままの伊助にきり丸が申し訳なそうに謝った。
きり丸は、伊助の代弁のつもりで問いかけたのだが、出すぎた真似だったかもしれないと後悔していた。
 
 
伊助は、は組ではどちらかというとまとめ役で、
几帳面なその性格から「おかん」などと呼ばれていた分、火薬委員会では年の離れた先輩たちによく甘えていた。
まるで家族みたいに暖かく、居心地が良かったのだ。
だから兵助が卒業した後しばらくすると、なんとも無い様子のタカ丸を見て寂しく思ったし、
タカ丸が卒業した後も2人のことがずっと気になっていたのだ。
 
 
「伊助…」
黙り込む伊助に、心配したような声で乱太郎が声をかけた。
同じようにしんべヱも顔を覗き込み、
きり丸は自分の質問で伊助をよけいに気にさせてしまったかと申し訳無さそうだった。
 
 
 
「…乱太郎、きり丸、しんべヱ。
 
 
 
 今度は組のみんなで町にいこうよ」
 
 
 
お団子食べさせて貰おう!
顔をあげて伊助がそういって笑いかけると、3人は安心したよう笑った。
「なんたっておごりだもんな!」
「もうきりちゃんってば遠慮なしなんだから…」
「楽しみだなぁー」
乱太郎ときり丸としんべヱは談笑しながら、再び5年長屋へ歩き始めた。
 
 
 
 
 
(でも、)
 
 
 
 
 
 
 
(お嫁さんをもらわない理由に、なんだかやっぱり、ちょっと期待しちゃうなぁー…)
 
伊助は心の内で呟き、それから今日の授業の愚痴話をはじめた3人の後を歩き出した。
 
 
 
昔よりも伸びた髪が背中でなびく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
  
 
 
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タカ丸は金髪アシメ健在。
でも腰くらいまで伸ばした後ろの髪は梳いてちょっと量がすくなくなっていて落ち着いている感じ希望←
伊助は真面目系、乱太郎はふわふわ、きり丸サラスト、しんべヱはちょい痩せきぼ(しつこい