人のいい笑顔と、
いまいちそれに釣り合わない欲情した目。
女物の髪留めで前髪がとめられているおかげで、
惜しみなく見せびらかされたそれは、鋭くなんとも婀娜っぽくて。
逃げられないし、逃げる気も毛頭ない。
それでもそんな素振りを見せるのは、本能がそうすればこの男を煽ると知っているからだろう。
それが無自覚であることは知っているし、だからおもしろいのだけど。
唇に舐めるような、しかし触れるだけのキスを落とす。
実にあっけない。
「物足りない?」
タカ丸が随分楽しそうに笑いかけると、兵助は不機嫌そうに拗ねた顔でタカ丸を見上げた。
それも無自覚。
本人は年下扱いさせるのを嫌っているけど、
タカ丸からするとそうやってほんの少し、自分でも知らないうちに背伸びをしている兵助が愛しくてたまらない。
「足りない」
兵助の手が、するするとタカ丸の頬から頭へ這っていく。
金色の髪を掻き揚げ、ついでに髪留めを粗末に外すと髪がひっぱられ、タカ丸が痛いと声を上げた。
「だって、邪魔」
「…兵助くんってばノリノリだねぇ」
うるさい、と返した言葉が押し付けられた唇に掻き消させた。
するりとタカ丸の舌の侵入を許した兵助の口のなかで、お互いに舌を絡ませる。
苦しそうに呼吸する兵助は、タカ丸の頭にしがみつき、タカ丸はそれに応えるようにさらに深く深く口づける。
はぁと大きく息を吸おうにもタカ丸の舌がそれを許さず、
喘ぐような声をもらしながら、兵助は体が熱くなっていくのを感じた。
背中に感じる壁の温度がひんやりと冷たいのに、
酸欠状態の頭がぐらぐらするくらい熱っぽくてぼんやりする。
「っは…」
唇が離れ、ようやくまともに呼吸ができるようになった。
同じだけの時間のキスなのに、タカ丸は息に乱れもなく余裕がある。
恨めしい目線で中腰になって見下げてくるタカ丸を見上げ、兵助は内心舌打した。
それを知っているのか知らないのか、はたまた気付かぬふりなのか。
タカ丸は唇の端をにぃっと吊り上げて、それから首筋にゆっくり口付けをする。
びくりと緊張したように体を震わせ、
でもすぐに受け入れる覚悟で兵助はタカ丸の首に手をまわした。
つ、つ、と舌の先が血管をなぞるように上から下へと触れていき、
たどりついた左肩でその動きが一瞬止まった。
何事かと、兵助が金色の頭に視線を向けた瞬間。
「たっ…!おまえッ!!」
「ん?」
能天気な声を返すタカ丸に、兵助は青筋を立てて叫んだ。
「力加減出来ないのか!思いっきり噛みやがって!!」
タカ丸はあろうことか、恐らく甘噛みの範疇を超える強さで肩に噛み付いたのだ。
兵助の肩には真っ赤な半円の点線がくっきりと残っている。
冗談では済まされないくらいの痛みだったというのに、
タカ丸は「へ?そんなに痛かった?」と驚いた風に聞き返してきた。
「当たり前だ!!思いっきり歯型ついてるし!」
「えへ、キスマークより目立つかなぁって」
「馬ッ鹿じゃねぇのお前!!」
被害者側からすると笑って許せるようなものじゃなかった。
それなのにへらへらと笑っているタカ丸が苛立たしい。
兵助は乱暴にタカ丸の左手をとった。
細くて長い指。
タカ丸の驚いたような表情を見上げながら、
がぶり
兵助はその人差し指の腹に横から噛み付いた。
歯がぐっと肌に食い込む。
「っ!」
タカ丸がぎゅっと目をつぶり眉をよせ、声無き悲鳴をあげた。
その表情を眺めながら、
ざまぁみろと兵助は笑みを浮かべて口を離した。
「痛いだろ」
「…いたい」
「ほらな」
「…ごめんなさい」
半泣きの表情のタカ丸に、兵助は得意げに言う。
そう言われてようやく申し訳無さそうに謝り眉を下げたが、
「でも、おそろい」
そう言ってタカ丸は頬を紅潮させて微笑んだ。
赤い半円を、まるで子供のように嬉しそうに見つめるタカ丸に、
ああやっぱりこいつ馬鹿だなぁと兵助は愛しそうに毒づいた。
所有の証、束縛の意味をしめすこんなもの、本当なら疎ましいはずなのに。
じんじんと煩く痛む肩の歯型。
明日になったら消えているだろうか、明日体育あるからなぁと頭のなかでぼやいて、
それでも消えなければきっとこいつは喜ぶだろうと考えながら
兵助はもう一度、あの熱に溺れるためにタカ丸の首筋に手を伸ばした。
***
こんな日常だと主張するごめんなさい(土下座
お互いがっついてるといい。
タカ丸はたまに妙なSっ気スイッチはいっちゃえばいいと思う。
で、いろいろ力加減わかってなければいいと思う。