バレンタイン

 

 

 リッチミルク 
 
「ありがとう」
 
綺麗にラッピングされた箱を受け取り、雷蔵は嬉しそうに礼を言った。
「ほら早く開けて」
三郎がそう急かすと、雷蔵ははいはいと言いながら包装紙をびりびりに破いていく。
ちゃんと開けやすいように包装したつもりなんだけど、と三郎はそれを見つめながら苦笑した。
どんな綺麗な包装もこの男の前にしては無意味。
 
まぁ包装なんて実際どうだっていい。
肝心なのはその中身だ。
 
「わぁっ」
 
箱を開けた雷蔵は、ぱちぱちと目を瞬かせて、口元を手で覆った。
なんて可愛らしい反応。
期待通りだ、と三郎は頬杖をついて笑みをこぼした。
 
「これ三郎の手作りなの?」
雷蔵のその問いかけに頷いて答えると、
すごいねぇ!お店のかと思っちゃったと言って、箱を覗き込みながら感心したように笑った。
「大変だったでしょ?」
「いや、今日はアシスタントもいたから」
アシスタント?と雷蔵は首をひねったが、三郎はそれよりも、と箱の中を指差した。
 
 
箱の中身はチョコカップケーキ。
チョコレート生クリームでコーティングされていて、天辺には苺が山盛りに乗っている。
見栄えも綺麗だし、なによりも溢れてくる香の食欲をそそること。
甘酸っぱいにおいに、雷蔵はつばをのんだ。
 
 
「さぁ召し上がれ」
「いただきます」
 
待ってましたと、雷蔵は渡されたフォークを掴むなり、ふわふわのスポンジをすくいとって口に運ぶ。
 
「んーー」
嬉しそうな甘い唸り声が漏れる。
ミルクチョコレートの柔らかい甘さが口いっぱいに広がって、苺の酸い味と混ざって、
その感想を述べるならば、まさに一言に尽きる。
 
 
「おいしい!」
 
 
そう、それ。
それが見たいがために2時間かけてケーキなんか焼くんだ。
 
 
 
 
「三郎、ありがとう!」
 
 
そういった雷蔵の笑顔の可愛らしいこと。
 
(期待以上だ)
 
 
 
 
 
 
こんな顔が見られるんだったら毎年だって手作りチョコを君に差し出すよ。
 
 
 
 
 
 
 
 純心ホワイト 
 
「バレンタインおめでとうございます」
 
 
 
急に部屋を訪ねてきた綾部の第一声に、伊作は苦笑する。
おめでとうございますって挨拶はどうなんだろう。
多分間違えてるような気がする。
まぁ指摘してところでこの綾部という子がさして気にすることもないだろうと思い、何も言わずに部屋に迎え入れる。
 
「俺に、チョコレート?」
「はい」
どうぞと差し出されたのはシンプルな装飾も何も無い真っ白のボックス。
 
「…綾部が手作り?」
「えぇ、…何か文句でも?」
伊作は慌てて首を横に振る。
まさか!文句があるわけじゃない。
ただ、綾部の料理の腕前の程を知っているだけに、ちょっぴり、そう、気になっただけで…。
 
「…大丈夫です。今回はタカ丸さんに手伝ってもらったので」
「へー…そうなんだー」
…安堵のため息を堪えた自分を褒めてやろう。
綾部は少々ご機嫌斜めになったのか、口を尖らせながら「早く食べてください」と急かす。
 
「うん、いただきます」
伊作が箱をあけると、そこにはホワイトチョコレートのドーム型のケーキ。
薄く削られたホワイトチョコが表面に飾られていて見栄えもよくて美味しそう。
 
「こんなの作れたの!?」
すごいと声を漏らすと、綾部はまぁ食べてくださいとフォークでドームの端をくずし、
「あーん」と口元まで運んできてくれた。
それに照れ笑いを浮べながらも一口でほお張ると、ホワイトチョコレート独特の甘さが舌の上でとろけた。
 
「おいしいですか?」
「うん、すごく美味しい!」
 
ありがとうと頭を撫でると急に機嫌がよくなって、
猫のようにすりすりと擦り寄って来て、
 
 
(可愛い)
 
 
 
料理が出来ないはずの綾部が自分のためにこんな立派なものを作ってくれるなんて。
 
 
伊作は頬がゆるむのを我慢しきれなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ、ホワイトデーは3倍以上返し期待してますからね」
 
「!?」
 
 
 
 
 
 
 
 うらはらビター
 
 
「ハッピーバレンタイン」
 
 
タカ丸がそう笑ったのを見て、
兵助はぱちくりと目を瞬かせ、あぁそういえばと今日の日にちを思い出す。
ほんとにこういうイベントが好きな男だな、こいつは。
 
「正式なアメリカ風にしようと思って、これ」
 
はいと渡されたのは、カードの添えられた赤いハートのボックスと真っ赤な薔薇。
カードには Flom yore Valentine と綺麗な筆記体で書かれていた。
 
 
「向こうじゃ12本の赤い薔薇を贈るのが一番喜ばれるんだって」
 
小ぶりな花束は、たしかに12本の薔薇をまとめて作られたものだ。
花独特の艶やかな匂いが立ち込める。
「綺麗でしょう」と笑うタカ丸は、ほんとうにこういうことに手馴れているというか似合うというか…。
歯の浮くような台詞も気障な行動も、それを当然のようにこなすこいつだから許されるものばかり。
それもきっと、いわゆる惚れたもん負けなんだろうけど。
 
 
「兵助くん甘いのあんまり好きじゃないでしょ?
 だからビターなチョコトリュフにしてみました」
 
ハートの箱をあけると、その中には8つのトリュフがはいっていた。
しかし、それをじっくり眺める暇も無く、
タカ丸は一口サイズにまるめられたそれを指先でつまみ、あーんと兵助の口に押し付けた。
「むうっ…」
無理やり口の中に入ってきたチョコの表面はほろ苦いココアパウダーがまぶされていて、
それを舐めとると控えめなビターな甘さが口に広がる。
 
「おいしい?」
 
すっぽりとトリュフを口にほお張った兵助を眺め、
タカ丸が首をかしげて問いかけた。
 
 
ちょっと待てって、まだ口の中はいってるから喋らせるな。
…あ、洋酒いれたなコイツ。
 
 
「どう?」
「美味い、けど」
 
口から鼻へこみ上げる独特の匂い。
美味いし嫌いじゃないけど、なんだか熱っぽくて好きじゃない。
きっと知ってるくせにいれたんだろう。
 
 
「ねぇねぇお返しはぁ?」
「お前、俺が用意しているとでも?」
タカ丸はだよねぇと肩をすくめて苦笑した。
バレンタインなんか女が男にってするもんだろう、日本では。
今話題の逆チョコ?そんなの知らない。
 
「でも、俺ホワイトデーなんて待てないよ?」
 
だって向こうにはそんな風習ないしだって。
 
ここは日本だっつーの。
でもそういってにこりと笑いながら見つめられると、なんだか居心地が悪い。
なにを狙っているのか、欲しいものがなんなのか、妙なことだが分かってしまう。
 
畜生。
こうなったら洋酒のせいにして、
甘い言葉も全部飲み込んでしまおう。
 
そう思ってタカ丸の唇に自分のを押し付けて、それから先はまかせっきり。
仕方が無いから好きにさせてやる。
 
 
「苦い」
 
 
口を離した後、タカ丸はその呟きとはうらはらの甘ったるい笑みを浮かべていた。