バレンタインにまつわる話

 

 
「綾ちゃんちょっ…食べちゃだめ!!」
「なんかもういいです板のままでも気持ちは伝わるので」
「お菓子の作り方教えてって言ってきたの綾ちゃんだよね!?」
 
綾部はむぅっと頬をふくらませながら、ホワイトチョコレートを言われたとおりに刻む。
タカ丸はそれを横目で見てつまみ食いをしないか警戒しながら、次に左を向いた。
 
「三郎くん、クリームどう?」
「いい感じ」
「うん、じゃあ後もうちょっとだね」
お菓子作りについてはそれほど知識がないものの、もともと料理の上手い三郎は飲み込みが早い。
てきぱきと手際よくチョコレートケーキの準備を進める。
 
タカ丸は三郎のその様子にうんと頷きながら、再び右を向く。
 
「!? 綾ちゃん湯せんだってば!煮込むんじゃない!」
「溶ければ一緒でしょう」
「全然ちがーーうッ!ボウルの上でとかすの!」
「まどろっこしいんですもん」
ダメダメダメ!とタカ丸は慌ててボウルをそのまま熱にかけようとしていた綾部を引き止める。
三郎とは逆に、綾部は普段から滝に任せっぱなしの分まったくと言っていいほど料理が出来ない。
「ゆっくりでいいからこうやって溶かして、ね?」
タカ丸がそう言って優しく見本を見せてあげると、綾部はふんふんとそれを聞いて頷く。
ほんとうに分かっているのだろうかこの子は。
 
ちいさく苦笑したタカ丸の隣で、その様子を見ていた三郎が我慢ならずに「ぷっ」と噴出した。
とたん、綾部はぎろりとタカ丸の向こうの三郎をにらみつける。
「(まずいっ)綾ちゃん、途中でお湯が入らないようにね。よそ見はだめだよ」
慌ててタカ丸がたしなめるが、綾部はしゃかしゃかとへらを動かしながら三郎にガンを飛ばす。
それを横目で見て、三郎は鼻で笑った。
「湯せんもろくに出来ないようじゃ先が思いやられるな、綾部」
「(ああもう喧嘩ふっかけないでよぉ)ねぇ三郎くん、もうそろそろクリームいいんじゃないかなぁ~」
頬が引きつって上手く笑えやしない。
間にはさまれるこっちのみにもなってください。
 
「へえ…、どれ」
「!?」
綾部はそう呟くと、ぐっと手を伸ばして三郎のボウルの中に無遠慮に指をつっこんだ。
その行動に三郎が驚いて目を見張る。
タカ丸も慌てて綾部をとめようとしたが、
それより先に綾部は人差し指と中指いっぱいに三郎のミルクチョコレートのクリームをすくいとり、
ぱくり、口の中にほお張った。
 
「お前……!」
「甘…まぁ、いいんじゃないんですか」
チョコレート色になった指をべろりと舐めながら綾部はふんと鼻を鳴らす。
三郎は一気に少なくなったクリームと綾部を睨みつける。
 
「三郎くん、落ち着いて!とりあえず包丁置いて頼むから!!
 綾ちゃんも人のもの勝手に食べちゃ駄目でしょう!!」
タカ丸が両方をそういってなだめてたしなめても、2人は睨みあったまま聞く耳を持たない。
すごく面倒なことになった。
雷蔵くん、伊作くん、助けてください!
心の中でそう叫んだとき、急に三郎の目線がタカ丸の方を向いた。
 
「おい斉藤…だいったいなんで綾部がいる?」
「(矛先俺っ!?)だ、だって綾ちゃんにもお願いされたんだもん」
「俺はもっと前からお前に頼んでいたはずだろう」
「で、でもぉ……」
タカ丸は口ごもる。
確かにバレンタインの準備を手伝うのを、先に約束していたのは三郎だ。
しかし、後から綾部と一緒でもいいかと問うとおもしろそうだからと許可したのはあんたでしょう!
タカ丸はこれ以上火に油を注ぐわけにも行かないので、その言葉はぐっとこらえる。
 
「そういう先輩こそ邪魔。タカ丸さんを怒らないでくれます?」
ぐいっとタカ丸の腕をひき綾部が三郎に言い放つ。
俺が怒られてるのも綾ちゃんのせいだけどね!とは言わない。この空気で言えるか。
それよりもさっきチョコ触った手で服掴むのをやめて欲しい。あぁ、もういいけどね!
その言葉も聞いてはもらえなさそうだったので、とにかくタカ丸はため息をついた。
 
 
(俺だってさぁ、兵助くんのチョコ作りながら教えてあげてる訳じゃない)
 
 
口には出さず内心愚痴を零すタカ丸の、今度は左腕を三郎が強く引っ張る。
「邪魔はお前だ!こちとらもうちょっとでクリーム完成してたんだぞ!」
「べっつに味見の1口や2口や3口、大げさですよ」
「お前食いすぎなんだよ!しかも無許可!」
ぎゃあぎゃあといいながら両横から腕を引っ張られ、タカ丸は痛い痛い!と叫んだ。
それでもそんなことは気にしてないのか、気付いていないのか、2人は力加減も忘れて口げんかを続ける。
「聞こえません知りません。ちょっと、鉢屋先輩うるさい」
「お前喧嘩売ってるな…?おっしゃ買った!それ買った!!」
三郎が胸座を掴もうと腕を伸ばせば、綾部も拳を固めて殴りかかろうとした。
だが、
 
 
「いい加減にしてくれる?」
 
いよいよ耐え切れなくなって、勢いよくお互いに掴みかかろうとした2人の首根っこをタカ丸が後から引っ張った。
お互い全く予想していなかったので、2人はぐえっという情けない声を漏らす。
なかなかの力で引っ張ってやったのでそれなりに苦しかっただろう。
恨めしそうに見上げてくる綾部と三郎を見下げ、タカ丸は呆れたように笑みを浮かべた。
 
 
「あのねぇ綾ちゃんも三郎くんもすっっっごい面倒くさいもの作ってるんだよ?
三郎くんは完ぺき主義で凝り性だからいろいろ細かいし、
綾ちゃんは料理からっきし駄目なのにズコット作りたいとか言うしさ。
2人ともなんでもっと簡単なガナッシュとかにしないわけ?
ていうか俺だって時間が有ればトリュフじゃなくてもっと手の込んだもの作りたいの。
 できればフォンダンショコラとかマカロンとかタルトとか作りたかったの。
 
 ねぇ、いい加減にしないと、そろそろ、俺、怒るよ?」
 
 
 
「「……すみません」」
 
 
 
この人 目がちっとも笑っていない 
 
 
 
しゅんとなった2人が声を揃えて謝ったので、タカ丸は目を細めて苦笑する。
しょうがないなぁというのようなその笑みはいつものようなふにゃふにゃしたものだった。
 
 
「じゃあ三郎くんは俺も手伝うからクリーム作り直そう。
 綾ちゃんはホワイトチョコクリーム作るから、ちゃんと俺の言うこと聞いてね。
 愛情込めて作んなきゃ喜んでもらえないんだから、
 喧嘩なんかしないで仲良く作ること!
 わかった?」
 
「「はい」」
すっかり大人しくなって、綾部と三郎はお互い目も合わさずに作業を再開し始める
 
 
ようやくタカ丸は自分のショコラ作りを始めることが出来、安堵のため息をついたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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こんな裏話がありました。inタカ丸お菓子教室。
ええ、タカ丸のお兄ちゃんっぷりを書きたかったのです^^
綾部の作ってるズコットはどこぞ外国の民族お菓子みたいなものらしいです(激しくアバウト