拍手4

 

はらりと、頁を捲る音。
 
それからまたしばらくの沈黙、の繰り返し。
じっと目線を分厚い本に向けたままの同じ顔を見つめ、
三郎はため息をついた。
 
「暇」
 
そう、今の心をもっとも分かりやすく率直に呟いてみたが、
相手は未だに本から目を離さず、その言葉にもなんの反応も示さない。
 
「ら・い・ぞ・う!」
「これ明日までに返さなきゃだめだから」
だから返却日間近まで放ったらかしにするのはやめておけと何度もいったのに。
 
 
(あぁもうそんな本閉じてこちらを向け!)
 
そんなこと言っても明らかに優先順位は本>>>三郎であることは、
嫌でも自覚していたので、
三郎は「遊んでくる!」と不機嫌そうに言って出て行った。
 
なんとも子供のような言葉だが、
それが恐らく「誰かと遊ぶ」ではなく「誰かで遊ぶ」という意味なのだろうと思い、
雷蔵も流石に顔をあげたが既にそこに同じ顔をした者はおらず。
 
 
追いかけるべきか、しかし、本も読まねばならないし。
 
 
しばらく云々と考えてみたが、達した答は
 
 
 
 
 
(まあいっか)
 
という彼らしい大雑把なものだった。
 
 
 
→「誰であそぼうか……お、あの黒髪は、」
 
***
今回は暇を持て余した鉢屋三郎が拍手小話をお送りいたします。
 
 
 
 
見慣れた後姿を発見し、三郎はそれを目で追った。
腰まである髪が、背筋を伸ばして音も無く歩くたびにゆれる。
 
近頃うんと質が良くなった黒髪を見て、
三郎は良い(おそらく世間一般では反対の意味の)笑みを浮かべ、
一瞬のうちにその外見を豹変させた。
 
金色の髪、色男と呼ばれるにふさわしい顔立ち。
制服の色も青から赤紫に変え、
普段は滅多に鳴らさない大きな足音をたてて
 
 
「へーすけくん!」
 
甘ったるい声で、つま先立ちになり後ろから抱きついた。
兵助はその急な衝撃に思わず前のめりになったが、
一歩大きく前に踏み出し、なんとか転倒をふせいだ。
 
三郎は金色の髪を首筋に寄せ、甘えるように腰に腕をまわす。
(完璧ッv)
常日頃からスキンシップ過剰なタカ丸らしくその振る舞いは完璧かと思われたが、
 
「…三郎?」
 
兵助は鬱陶しそうに首を傾けてそう言った。
 
思わず三郎は一瞬体を固まらせたが、
ばれてしまってはしらを切りとおす必要も無いと判断してあっさりと体を離した。
 
「なんで分かるんだ、完璧と思ったのに」
我ながら上手いもんだと思ったのだが。
 
 
「なにが違う?」
 
兵助は三郎のその言葉に少し困ったように眉をよせ、それから
「声、とか雰囲気とか髪質とか顔もだけど、あと指…?」
「思い当たる処全部かよ」
「だって似てない」
 
そういってのける兵助は、全く少数派の人間である。
雷蔵とでもすぐに見分けてしまうし、実際このタカ丸だって
おそらく他の生徒なら騙されてくれるだろうに。
 
 
「面白くない奴!」
そういって踵を返すと、「その顔で悪さすんなよ!」と釘を刺された。
 
 
 
→「さぁてお次は…おっ」
 
***
久々知は鋭い。
タカ丸は誰にでもハグしてたら可愛くないですか。
 
 
 
 
曲がった廊下から外を見ると、
アイドル学年と有名な四年の中でもとりわけ有名な
 
「穴掘り小僧」
 
との異名を持つ綾部喜八郎を発見した。
この綾部いえば、と六年の善法寺伊作と特別な仲であるのは有名なことである。
 
三郎は先ほどとよく似た笑みで、再び違う人間に成り変った。
 
 
「綾部ー」
手を振りながら駆けて近づき名前を呼ぶ。
その声はまさに伊作のものと同じで、
振り向いた綾部も小さく「先輩」と呟いた。
 
(今回は成功だな)
 
ばれていない。
三郎は伊作の顔で微笑み、
内心よしとほくそえんだ。
 
しかし、
 
「…なにやってんですか鉢屋先輩」
「…は?」
「勝手に私の先輩の顔使用しないでください」
綾部は、「胸くそ悪いですよ」と遠慮なしに顔をしかめる。
随分な態度だが、今はそれどころではない。
 
「ちょ、え、なんで分かる?」
「先輩が私の作った蛸壺に落ちないはずはありませんから」
そういって目線を向けた先には、上手く周りの土に紛れる蛸壺の印がある。
「あー…」
六年生なのに後輩にそう断言されるあたりどうなんだ。
それでも妙に納得できるあたり彼の不運委員長たる所以であろう。
 
 
「あの不運っぷりの真似もできないようでは、先輩に成りすまそうなんて」
 
まずムリでしょうね
と綾部は挑発的な上目遣いで一瞥し、
振り返るとゆらりと歩き去っていった。
 
 
三郎はそれを見送りながら、
腹立たしいというよりも呆気にとられて立ち尽くしていた。
 
 
→「あぁー…くっそ…」
 
***
綾部はあとでオカン滝にこれを見られていて、
「先輩に向かってなにを言ってるんだ馬鹿!」って怒られます。
 
 
 
 
(兵助はまだしも綾部にも見破られるとはなぁ…あ?)
 
 
少し目を細めて遠くの人影を見つめてみると、
緑の制服がこちらにあるいて来ているのが分かった。
 
(あれは…善法寺伊作先輩)
正に噂をすればなんとかだ。
三郎は意気込んで、3度目の無断拝借を行う。
今度の変装は、ほんの先ほど憎まれ口を叩かれたあの後輩だ。
 
さすがアイドル学年という整った顔を無表情にして、三郎は伊作の方へ歩いていった。
 
 
「先輩」
「あ、綾部ー」
少し遠めから、張りのない声で名前を呼ぶと
三郎が扮した綾部に気がつき、伊作が駆け寄ってきた。
 
「……あれ?」
 
「…?どうかしました?」
小首をかしげて尋ねてみると、伊作はうーんと唸ってから問いかけら。
「もしかして、鉢屋?」
「……ナンノコトデスカ」
「やっぱり。さすが、変装上手いな」
すごいなぁと伊作は笑顔で言ったが、三郎は拗ねた子供のように唇を尖らせる。
 
いくら先輩といえど、見破られるような柔なものではないと思っていたのに。
やはり一年の差は大きいのだろうかと痛感していた三郎に、伊作はいい笑顔で言った。
 
 
 
「だって綾部の周辺に蛸壺がないなんて考えられないしね!」
 
 
 
 
 
(この蛸壺バカップル…!)
 
 
→「次は絶対騙してやる!」
 
***
忍者の実力ではなく蛸壺で証明される綾善の愛。
私は綾部のことを一体なんだと思ってる←
 
 
 
 
(なんで見破られるんだ!)
三郎は毒づきながら廊下を歩いていた。
 
 
「こうなったら絶対騙してやる…」
意気込んで、次の標的は誰にしようかと思案していると
四年長屋がすぐそばだということに気付いた。
 
ふと、先ほど別れた友人と同じ委員会の後輩が思いついた。
兵助の顔なら見慣れている分、変装だって上手くできる。
三郎は歩を進めながらその顔立ちを見慣れた別人のものへと変えた。
黒髪が歩くたびに背後で揺れた。
 
 
 
「タカ丸」
部屋の前で名前を呼んでみても、反応が無い。
留守かと思ったが、中からは人の気配がする。
「入るぞ」
三郎はそっと戸を開く。
中は一人部屋だけあってわりと広々していて片付いていて、
その真ん中に床の上で大の字になって眠るタカ丸がいた。
 
(アンタ一応忍でしょうが)
久々知兵助の顔で呆れながら傍によっても、タカ丸に起きる気配は全く無い。
 
 
(どんな反応が見られるか見ものだな)
 
三郎はすうすうと子供のような寝息を立てているタカ丸の上に馬乗りになり、
色素の薄い髪と、それに見劣りしない端麗な顔を覗きこむ。
 
急に日陰になったのを感じたのか、タカ丸が身じろぎして薄く目を開いた。
「…んえっ?」
「随分能天気に寝てるんだな」
そう言って、意地悪く笑ってタカ丸を見下ろす。
鼻先同士が掠めるような距離。
 
それくらい側にある兵助の顔をした三郎を見上げ、
タカ丸は口元をゆるめた。
 
 
「何してるのー?三郎くん」
 
へなっと笑みを向けられて、三郎は目を見開いた。
いい加減どういうことだ。
 
「…なにゆえ?」
「だって鬘でしょソレ」
タカ丸は髪結いだもん分かるよぉと、未だおぼつかない口調で言う。
 
「兵助くんの髪質はもっとクセ毛で量も多いし、
それ全然トリートメントの匂いしないし、
第一綺麗じゃない」
 
そう言って笑う様子が、随分余裕にあふれていて腹立たしい。
 
 
三郎は兵助の顔のままむすっと不機嫌そうな表情を浮かべ、
「目ざといんだよおまえら」
と呟いた。
 
 
→「もうやだ帰る」
 
***
三郎ついに挫折。
からかう三郎とわりと軽く流せるタカ丸
 
 
 
 
「雷蔵!!」
 
帰ってくるなり叫んだ飛びついてきた三郎に、
雷蔵も驚いた様子で「どうしたの」と本を置いて問いかける。
自分とよく似た(あの髪結いからすると全く別物らしいが)をわしわしと撫で、
膝の上で唸る三郎をなだめてやる。
 
「全敗…俺が全敗……」
「うん?」
ぼそぼそと話す三郎の言葉に耳を澄まし、
雷蔵は三郎がこんなにも子供のように拗ねている経緯を頷きながら聞いた。
 
 
 
 
 
 
「まぁそりゃ仕方ないよね」
 
 
というのが、話の終始を聞いた雷蔵の言葉だった。
 
「なんでだよ…」
三郎はますます不機嫌そうに顔をしかめ、雷蔵を見上げた。
その視線に苦笑しながら、雷蔵は応える。
 
「きっと、お互いにしか知らない表情っていうのがあるんだよ。
そういう仲じゃないと知らないような素顔みたいなものが」
 
「…」
 
三郎は、未だ拗ねて膝に顔をうずめて腰に両手を回した状態で沈黙した。
その様子を見守るように、雷蔵はまた頭をなでる。
 
 
 
「なぁ雷蔵」
「うん?」
 
「じゃあ、雷蔵も雷蔵しか知らない俺の表情を知ってる?」
三郎の子供のような口調で問いかけられたその言葉に、
雷蔵は優しく笑い返した。
 
 
「そんな情けない顔、僕以外に見せないでしょ」
 
 
 
***
三郎のオアシスis雷蔵。
三郎が甘えすぎて、もはや雷鉢っぽい。
 
以上鉢屋三郎がお送りしました。
 
 
 
 
 
その後のお話
(タカ丸と久々知)
 
「兵助くん」
「あ、お前、三郎になんかされなかった!?」
 
随分慌てた様子で部屋までやってきた兵助に、
タカ丸はまだ眠たい頭を傾けた。
 
「あー…そういや兵助くんの変装で襲われたよ」
「襲われたぁ!?」
「うん」
兵助は、襲われた…とその言葉を繰り返し呟きながら、
さて5年長屋に帰ってからどうしてやろうかと頭の隅で考える。
一方タカ丸は暢気にあくびを噛み潰していた。
 
 
「でもなんで分かったの?」
「俺んところにも来たんだよ」
「俺の格好で?」
「あぁ。すぐに分かったけど」
兵助がそういうと、「俺もすぐに分かったよ!」と、タカ丸は少し自慢げな様子で嬉しそうに笑いながら言った。
 
 
「髪でか?」
「ううん、髪もあるけど、」
 
 
タカ丸はにっと目を細めて、唇で弧を描いて、
 
「ここで」
 
 
 
 
 
 
鎖骨の赤い痕指差した。
 
 
 
 
 
「…!?」
「気付いてなかった?」
「お前…ッいつのまにつけたんだよ!!」
「寝てる間にv」
 
 
 
 
***
げんこつくらうまであと3秒。
 
 
 
 
 
(綾部と伊作)
ばちこん
 
 
そんな効果音でも付きそうなくらい、ばっちり目が合った。
 
 
 
 
蛸壺の中から見上げる目線と、上から覗き込む目線が。
 
 
 
 
 
 
 
 
「綾部!」
 
 
 
 
 
「先輩っ」
 
 
 
 
 
 
 
土まみれの伊作に綾部は地上から飛び降りて抱きついた。
 
 
 
***
2人が分かればそれでいいのです。たとえ蛸壺バカップルと言われようとも。
もうこんなんでごめんなさい(土下座
 
 
 
 
(三郎と雷蔵)
 
「なぁ、雷蔵」
「ねぇ、三郎」
 
いまだに膝の上からくっついてはなれない三郎と、
そろそろ足がしびれてきた雷蔵が同時に名前を呼んだ。
 
「「なに?」」
「「………」」
 
 
「いや、雷蔵から言って」
「あぁうん、なんとなく言うタイミング逃しちゃってたけど、
あんまり他の人に迷惑かけるなよって言っておかないとって思って」
でもなんかもういいや、と大雑把に投げ出してくすくすと笑いながらそういうものだから、
そのお説教に全く迫力は無い。
三郎もそんな雷蔵につられるように笑った。
 
 
「三郎は?」
「いやぁ、もういい」
「?」
 
 
 
 
 
 
(「俺も俺しか知らない雷蔵の顔を知ってるのか」って聞こうと思ったけど、
 
 
 
 
そんな可愛い顔、俺以外には見せないもんな)
 
 
 
 
三郎は打って変わって上機嫌で雷蔵のぬくもりにまどろんだ。
 
 
 
***
三郎は自分のことも雷蔵に聞いてればいい。
自分のことを一番知ってるのはお互い、っていう信頼関係v
ここまで読んでくださりありがとうございました!