「兵助くーん、楽しんでる?」
どん、というちょっとした衝撃とともに、耳元で囁く声がした。
後からにゅっと伸びてきた腕が首にまきつき、
横目で見るとすぐそばに金色のめでたい頭があった。
「タカ丸重い」
「だめだめだめ!今日の主役がそんなテンションじゃだめー」
不満そうな声で言って、そのままぎゅーっと首をしめられる。
「苦し…ッ!ギブギブギブ!!」
「んえ?」
「お前は加減下手なんだよ!馬鹿!」
兵助の怒鳴り声にタカ丸はきょとんとして目をまばたかせる。
無自覚かこのやろう。
兵助は呆れてため息をついた。
「…楽しくない?」
すんなりとタカ丸が腕を解き、兵助の隣に座り直して問いかけた。
首をかしげた拍子に長めの金髪がゆらりゆれる。
顔を覗きこんでくる顔は少し寂しそうでつまらなさそうだ。
「…なんで?」
「だって三郎くんや雷蔵くんや竹谷くんみたいに盛り上がってないもん」
そういってタカ丸は部屋の中央で騒いでいる3人に目を向ける。
今夜のもう1人の主役である雷蔵に三郎がちょっかいをだし、雷蔵がそれに怒って、竹谷はそんな2人をなだめている。
いつもよりも随分賑やかなタカ丸の部屋の、その中心部から少し離れた窓際にいる兵助とタカ丸はその様子を横目で眺めた。
「楽しいよ、お前らが用意してくれたんだし」
「でも、」
「ちょっと疲れただけ。あれだけ料理食わされたからな」
兵助はちいさく苦笑する。
料理を作ったタカ丸や三郎には悪いが、確かに美味いけど量が問題だ。
ハンバーグにから揚げなどのスタンダードなメニューから、
チーズフォンデュや手巻き寿司なんかの手間のかかりそうなものまで。
このタカ丸と三郎の凝り性2人組がおそらくかなりの時間をかけて作ってくれたのだと思うと残す気にもなれず、
かといって完食するのも無理な話。
こういうとき、大食らいの雷蔵と竹谷がいてくれて感謝だ。
あの2人のおかげで兵助は一足先にテーブルから離れ、一休みできているのだから。
「でも美味しかった?」
「うん、美味かった」
兵助の言葉にタカ丸はにっと嬉しそうに笑う。
ほら。そういう顔をするのを知ってしまっているから、性にあわない無理だってしてしまう。
思わず兵助はそんな自分に苦笑した。
趣味のいいカーテンの向こうに、どっぷり真っ暗闇が滲んでいる。
向こう3人の熱気のせいでこもった空気をどうにかしないとのぼせてしまいそうで、
兵助はカーテンを開けた。
「でも、なんで今日誕生日パーティなんか急にしようと思ったんだ?」
「へっ?」
兵助の誕生日も雷蔵の誕生日もまだ1週間ほど先だ。
それなのに今日、急にタカ丸が2人のパーティをしようと言い出したのだ。
疑問には思ったが、問いかけるより先に三郎がその誘いにのって、
まきこまれる形で今夜のこのパーティは始まったわけだが。
タカ丸はえーと、と言葉を探している様子で視線を漂わせる。
「だって、ほら、誕生日は三郎くんだって雷蔵くんと2人で迎えたいかもしれないし。
俺だって兵助くんひとりじめしたいじゃない?」
ね、とタカ丸はへなりとした笑みを浮かべる。
眉がちょっと下がった困ったような笑い方にちょっとした違和感。
「ほんとに?」
「ほんとだよ!」
そうやって声を大きくするのもなんだか怪しい。
怪訝そうに見つめてくる兵助の目線から逃げるように、タカ丸は窓の向こうに目をむける。
部屋の熱気と外の冷気のせいで窓の内側に水滴がこぼれている。
「あ、」
タカ丸が小さく声をもらして窓の水滴を手のひらで拭った。
触れたところからは夜の色がよりはっきりみえて、タカ丸はそこから外を覗いていた。
「なに?」
「星!わりと綺麗に見えるんだね」
「まあそんな都会って訳じゃないしな」
高層ビルなんかがにょきにょき生えているわけでもないし、
かといってのん気で田んぼばかりの田舎というわけでもないが。
とくに学園の広々した敷地内にある学生寮は少し外界から疎外されているようで、周りの明かりも少ない。
だから星もそれなりによく見える。
「あ、兵助くんって魚座だよね」
「…言っとくけど魚座は今見えないからな」
「知ってるよー、それくらい!」
小ばかにしたような兵助の発言に、タカ丸は頬をふくらませる。
いちいち表情が子供くさい。
年上のくせに基本がそれだから、なんだか妙に可愛く思えてしまう。
「いいねぇ魚座」
「あんなの暗い星ばっかりの集まりだぞ」
魚座は星座になっている星のあつまりのなかでは一際明度が低い。
3等星より明るい星がないため、空に浮かんでいたって目立たないだろう。
「でも、なんかロマンチックじゃん。
リボンで繋がった2匹の魚の星座でしょ。
タロットとかじゃ双魚座っていうんだよ。
なんか雷蔵くんと三郎くんみたいだよね」
まだ騒がしいテーブルに2人で並んで座る双子モドキを振り返り、タカ丸は呟く。
三郎が雷蔵のからあげをとって睨まれていた。
竹谷にいたっては、すっかりなだめるのにも疲れたらしく、苦笑しながらもおもしろそうにそれを眺めている。
タカ丸が仲良しだよねぇ、と分かりきったことを呟く。
「でも、神話のはなしじゃあれは親子のことだぞ」
「それも知ってるよ!でも、なんかロマンチックじゃーん。
離れてしまわないようにリボンで結ぶなんて、」
タカ丸は金色の頭をひょいとかしげて、兵助に向かって拳を突き出した。
ピン、と小指を立てる。
「なんか運命の赤い糸、みたいじゃない?」
そういったタカ丸は普段はぱっちりと大きな目をにっと細めて、
口元には人懐っこい笑みを浮かべていた。
「…違うだろ」
「いいのいいの、男のロマン」
どこが、と内心つっこみをいれる。
星座やら運命だの、どちらかというと女々しいだろう。
「えへへ、俺は好きだよ、」
魚座、と照れたような笑みを浮かべるものだから、ついこちらも似たような顔を返してしまった。
部屋の明かりと夜の闇の色、窓辺で微笑むその顔は丁度その合間にいるようで、
ほんのすこし、見惚れてしまうくらい綺麗だった。
「おーい!そろそろケーキ切ろうぜー!」
「なにイチャついてんだそこ!兵助主役だろうが!」
竹谷の声に振り返ると、三郎がしかめっつらで叫んできた。
イチャついてるのはお前らもだろうが!と言いたくなったけど、
その前にタカ丸がぐいっと腕を掴んだのでそれはやむを得ず飲み込んだ。
「ケーキ!俺と三郎くんと竹谷くんで作ったんだ!三段!」
「三段!?」
ウエディングケーキじゃあるまいし…!
テーブルの上に置かれたタワーみたいな甘いクリームで固められたそれをみて、
兵助は重たい胃をさすりながら苦笑した。
* * *
「…んっ」
朝の冷気が肌をなでて、タカ丸は薄く目を開けた。
身体を起してがらんと静かな部屋を見つめた。
昨日は結局、片付けはいいからと3人を見送った後、
そのまま疲れて眠り込んでしまった。
いつになくものが散乱した部屋を見ると、祭りの後のような寂しさを感じる。
でも、すぐにその感情もあっさり消えてなくなる。
隣にはまだ眠りの世界にいる兵助がいるのだから。
兵助がタカ丸の分の布団まで奪い取ってくるまっていて、そりゃ寒いわけだと思わず苦笑する。
タカ丸は物音をたてないようにゆっくりそっとベットから降りる。
スプリングが軋む音と床に足が着くぺたりという音はしたものの、兵助はまだ夢の中。
タカ丸は小さく息をついて、かくしていた小包をもって、こっそり忍び足で玄関まで歩いていった。
ゆっくりドアノブを回して外に出る。
まぁどうせちょっとだけだし、と思って鍵はかけない。
(兵助くんにばれたら怒られちゃうかもしんないけど兵助くんがおきるまでには帰ってくるし…)
いいよね大丈夫!と思って、ラフなスリッパをぺたぺた鳴らしながら目的地へ向かった。
「秀ちゃーん!」
「タカ丸くん!」
学生寮の一階の事務室の前で、丁度郵便物を覗いている事務員の小松田秀作を見つけて、
タカ丸は笑みを浮かべてその身体に抱きついた。
「昨日は誕生日おめでとー!」
「わっありがとー!」
タカ丸の言葉にぱっと顔を輝かせて秀作はタカ丸に抱きつき返した。
昔はずっと近所に住んでいて幼馴染同士の2人にはごく普通のスキンシップである。
「これ昨日作ったの、誕生日プレゼント。
フルーツタルト2人分だから、利吉さんと食べてね」
綺麗にラッピングされた包みを嬉しそうに眺める秀作に、タカ丸も嬉しそうに笑みを浮かべた。
「わざわざ、いいのぉ?」
「いいよぉー、用意のついでに兵助くんと雷蔵くんのパーティも開けたし」
楽しかったよと笑いながらも、ついでなんて言い方が悪いけど、と内心少し2人に謝った。
皆でパーティもとても楽しかったけど、でもやっぱり誕生日なんかのイベントはずっとその人を独り占めしたいと思うものだ。
タカ丸がわざわざ秀作の誕生日の次の日に、こうして会いにきたのもそう思っているからのこと。
昨日は利吉さんと一緒でたのしかった?
そう聞こうとしてやめた。
「…いい誕生日だったみたいだねぇ」
「ほぇ?」
首をかしげる秀作本人は全く持って気付いていない。
忠告してあげるべきか迷ったけど、まぁあの人が自分でつけたんだろうし、
秀作自身は全く気にしないだろうから、
(黙っておこう、キスマークがもろに見えてることは)
「ううん、なるべく早めに食べてね」
「ありがとう」
タカ丸は「じゃあ俺もう帰るねぇ」と言って、
お礼を言ってにこにこ笑顔の秀作にバイバイと手を振る。
秀作も大きく手を振って見送ってくれた。
早く帰らないと。
別にやましいことはなんにもないけど、秀作と会っていたことが知れたら多分、
ちょっとはやきもちやいてくれちゃうだろうから。
兵助くん、もう起きてるだろうか。
朝ごはんは昨日の残りになっちゃうけどいいかなぁ。
あ、そうだ。
来週の兵助くんの誕生日はどこかデート行きたいなぁ。
プレゼントももっと喜んでくれそうなもの用意して、
秀ちゃんみたいに楽しい誕生日になればいいなぁ。
それで、
「生まれてきてくれてありがとう」
日付が変わった瞬間、隣にいるあなたに誰よりも早くそう告げたい。
***
プレゼントはキスマーク(笑
愛しのコウさんのお誕生日に押し付けました。
最後だけ利コマ主張!
誕生日おめでとうございます!!