午後5時30分を少しすぎたところ。
とくになにもせず昼すぎまで寝てそれから遅めの昼食を食べたり、
久しぶりにぐーたらとした気だるい休日を過ごしていた。
部屋には経済の話題でにわかに盛り上がるニュース番組の音声が流れていた。
すっかり定位置になった白いローソファーに足を伸ばして座って、俺はテレビを眺める。
俺の左隣に座るタカ丸は、語気を荒くしてまくしたてるコメンテーターを見つめて、
さっきからしきりに「あの人絶っ対ズラだよねぇ」と呟いていた。
タカ丸にとっては世界情勢や経済対策なんかよりも、その人の隠したい個人的な事情の方が問題らしい。
かくいう俺も、ああそうと素っ気無く返事をしていたけれど、実際はその頭部に視線が釘づけだった。
「ずれてるよねぇ、可哀想に」
隣で足を折り曲げて体育すわりをするタカ丸は、自分の膝の上に顔を埋めて、目線だけテレビに向けてそう呟いた。
その言葉どおり、頭に乗っけられた人工頭髪は不可解にずれていた。
あれだけあからさまなんだから、誰かスタッフとか共演者も一言言ってやればいいのに。
そう思ったが、言えないよなそんなこと。
じゃあせめて誰か親切な視聴者が、電話一本かけて「ずれてますよ」と言って欲しい。
いや、もしかしたらもう電話はかかってきているのかもしれない。
ニュース番組の裏側ではひっきりなしに電話が鳴って、裏方さんが困っているのかも。
…自分で気付いたら一番いいのに、迷惑な奴。
そんなどうでもいい心配にふけってみる。
それにしても、生中継で放送されているこのスタジオの空気を考えると、なんだか痛々しくて嗤えてくる。
一生懸命にこの国がどうすべきかなんかを述べているけど、
それよりあんたが一番にやらなきゃいけないことは、そのずれたズラを元に戻すことだよ。
思わず小さく嗤ってしまったとき、俺の携帯電話がぶるぶると震えだした。
そういや昨日からずっとマナーモードだったっけと思いながら手にとって、
ちかちか光るディスプレイを覗くと 『不破 雷蔵』 の名前が。
タカ丸がちらりと俺を見て(猫背になってるから上目遣いで)
それから俺との丁度間にあったリモコンに手を伸ばして、テレビの音声を下げてくれた。
もともとそれほど大きくなかったテレビの声がさらに小さくなったので、
そうなったらもう、わずかに耳に流れ込んでいたコメンテーターの言葉も全く聞こえなくなって、意識は全部その頭に集中してしまう。
もう、嗤うしかない。
不可解にずれた髪につい見とれていたが、手の中で震える携帯に意識を引き戻される。
ああ、雷蔵からの電話だったな。
「もしもし」
『あ、兵助?』
まあ俺の携帯だから、俺以外の誰かがこの電話に出ることは滅多になかろう。
それでもつい聞いてしまうのは人の性なんだろうなぁ…。
「うん、なに?」
『あ、兵助今どこにいる?』
「タカ丸の部屋だけど。 雷蔵は?」
背後から聞こえてくる大勢の人声が騒がしい。
雷蔵こそ何処にいるのか気になった。
そう問いかけた直後、急にタカ丸が動き出して、
なにかと思って目を隣に向けた頃には時すでに遅く、タカ丸はひょいと俺の足をまたいで膝の上に座っていた。
思わずぽかんと口を開いていると、目の前でタカ丸がにぃっと笑った。
耳元では雷蔵が話し始める。
『今ね、ほら、いつものファミレスにいるんだけどさー』
タカ丸の上機嫌な微笑みに、嫌な予感がする。
こいつに関する嫌な予感は的中率がいやに高い。
単純なんだ、こいつの行動も俺の頭も。
『あ、三郎とハチも一緒なんだけど、』
ふいに素早く、タカ丸の両手が伸びてきたと思ったら、その細い手は俺の両わき腹をくすぐりはじめた。
くすぐるといっても忙しなく指を動かすのではなく、そろそろとゆっくり撫でるような仕草で。
「~~っ!」
服の布越しだというのに、タカ丸の女みたいに伸ばされた爪が
わき腹に線を引いていくのがはっきりわかって、ぞっとして思わず声が出そうになった。
『ねえ兵助も今から来ない?』
「…っん……、」
今電話中だぞ!
そう目で訴えても、タカ丸はさらにおもしろそうに笑うだけ。
ゆっくりと焦らすような手つきがこそばゆい様な気持ち悪い様なそのまた反対の様な。
とりあえず鳥肌と冷や汗が出てきたことは間違いない。
『無理?どうかした?今、忙しかったりする?』
「いや、あの……っ、ちょ…待って、」
雷蔵の電話に、必死におかしな声が出ないように答えるが、
ちょっと待てというのはタカ丸にも言ったつもりだった。
それでもタカ丸はくすぐるのをやめようとしない。
空いている片手で額を押して身体から遠ざけようとしたけれど、
腹立たしいことにリーチは向こうの方が長くて、指先はまだ脇腹に触れ続ける。
『今忙しい?来れないならいいけど…、
あ、そっかタカ丸くんも一緒だもんね。
じゃあタカ丸くんにも聞いてみてよ、一緒においで?』
そう言われたから電話をタカ丸に差し出すが、タカ丸は笑って首をふる。
電話に出るよりも、俺で遊ぶ方が楽しいらしい。
胸くそ悪いな畜生。
「っあ、今…っ、タカ丸寝て、ひっ!」
『兵助?』
急に指の動きが早くなった。
複雑に指を操りながら、さっきまでの微かに愛撫するような手つきじゃなくて、ほんとうにくすぐってきたのだ。
睨むと、タカ丸は笑いながら口パクで「う・そ・つ・き」と呟く。
(お前が電話に出ようとしないからだろうが!そんなの今膝の上に乗ってますなんかいえる訳ないだろ!)
思わず漏れた高い声は、悲しいことに電話越しの雷蔵にも伝わったらしい。
これは誤解されるかもしれない。
『どうかした?』
「ゃ、雷蔵ちがっ…、」
こちょこちょ、揉むように脇腹を長い指先が上下する。
普通こういうのって笑い転げるもののはずなのに、こいつの場合また違うというか……
とにかく笑いよりも涙が出そうになった。
唇を噛み締めた俺を見つめる意地の悪い目がにぃっと細まる。
ああむかつく!
『あ、…んか、…ぶろうが代われって……から、代わ…ね』
もうこのときにはその手つきのせいで頭がいっぱいいっぱいで、
雷蔵の声もちゃんと耳に入ってこなくなっていた。
もう我慢できない…!
「変なとこ触んな馬鹿!!」
そう叫んで、精一杯頭をしばいてやった。
タカ丸が痛ッ!と悲鳴を上げたが、調子に乗ってるからだ馬鹿やろう。
あ、やばい。
携帯はなるべく遠ざけていたけれど、今の発言聞かれてたら絶対誤解される。
「いや雷蔵、今のとか全部違、」
『へぇ、電話しながらそういうプレイするのが趣味だったんだーやらしぃー』
「…!!」
耳元で聞こえてきた声は、三郎のものだった。最悪なことに。
さっきの雷蔵の言葉ってもしかして『三郎に代わるからね』って言ったのか?
それならなんという嫌なタイミング。
なんせ、一番面倒くさい相手に絡まれてしまったのだから。
なんと言えばできるだけ誤解を軽くできるかと頭を働かせようとするが、
さっきまでのおかしな刺激と焦りのせいで名案は浮かばない。
どうしたものかと電話口でだまっていると、ひょこりタカ丸が身を乗り出してきた。
「あは、さっきのはくすぐってただけだよ~」
『斉藤の言うことは信用できないな』
「どうせ兵助くんが言ってもうそつきよばわりするでしょ、三郎くんは」
苦笑しながら、俺が持っている携帯電話に向かって話し始める。
『いいからお前らちょっと来いよ、話聞くから』
嬉々とした弾んだ声が聞こえる。
絶対に行きたくない!ていかこのことが忘れられるまで三郎には会いたくない…!
こういうネタに食いついたら三郎がしつこいのは知っているけれど、
どうにかタカ丸が上手いこと言い訳してくれることを望んだ。
「んー行きたいけど、そろそろ雨降ってくるってニュースで言ってたよ?」
『は、うそ、マジで?』
「ほんと。それに夕飯の用意してるし、今日は遠慮しとくー」
『それじゃあしょうがない…、じゃあまた今度な』
「うん、バイバーイ」
耳元でプチっと通信が切れる音がして、そのあとツーツーと高い音がなり続ける。
終わった、なんとか言いくるめた。
俺ははぁと重々しくため息をおとした。
未だ俺の膝の上にまたがっているタカ丸に、
「天気予報なんかしてたっけ?」と問いかけてやると、眉をよせて苦笑する。
ずっとニュース番組を食い入るように見ていたけど、その間に天気予報は流れてなかったはずだ。
「いいじゃん、助かったでしょ?」
「…このうそつき」
「ひゃぅっ!!」
油断していたから同じように脇腹をくすぐると、タカ丸は身をよじって高い悲鳴をあげる。
人はあれだけ我慢してたのに、と思うとなんだか憎らしくて、さらに指を動かす。
「第一お前があんなことしなかったら誤解されることもなかっただろーが!」
「ひゃはははっ、はっちょ、やめっ…む、むりむりむりィ…!!」
半泣きになって人の膝の上で笑い転げる。
くすぐられた人間の一番普通の反応だ。
「人にしておいて何が無理?」
「だっ…て、ちょっとした悪戯心じゃん!」
そう言いながら俺の腕を掴んで強制的にくすぐるのをやめさせて、タカ丸ははぁはぁと息を荒くしながら笑う。
笑えば大概許されると思うな!
なにが悪戯心だ。
(そういう下心のある悪戯は、)
(いい加減、いろんな意味で心臓どうにかなるからやめてくれっ)
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とりあえずイチャイチャしてればいいよ2人で(丸投げ)
くすぐりプレイですごめんなさいorz
このあと下心にまるめこまれればいいです^^←
あと久々知も人並みに性格わるいというか、時々ドライだといいです…