本日も青天。
すべるような青い空が綺麗だが、生憎そんなの興味がない。
兵助は同級生たちに押し付けられた買い物リストを眺めてため息をついた。
あいつら遠慮なしに頼みやがって、とぼやきながらその走り書きされた紙切れを見つめる。
なに、八左ヱ門は隣の隣の町にある名店の饅頭…これは却下。
率先して「さぁほら暇な火薬委員だったら買い物でも行ってこい」と言っいてた三郎からの頼まれ物は、委員会で使うらしい墨や半紙や筆の類。
まぁこれは買って行ってやるか、不本意だけど。
ついでながらもちゃっかり託けた雷蔵のご所望は、この近くの甘味処のおはぎ。
とりあえず三郎から頼まれたものを買ってからにしようか。
それほどの荷物にはならないだろうし、さっさと済ませて帰ろう。
そう考えながらふと賑わう通りにさしかかった時、
(……今日はやけに騒がしいな)
兵助はいつもと違う町の様子に気が付いた。
色めきたっているというか賑わしいというか、やはりいつもとは雰囲気が異なる。
祭りでもあるのかと思ってあたりを見回していると、一段と人の集まっている場所を見つけた。
なにやら「もっとやれ」なんていう野次が聞こえてきたから、おそらく喧嘩かなにかだろう。
そんなものにいちいち人だかりが出来ているなんて平和なことだなと思いながら、その横を通り過ぎようとした瞬間、
「………っ?」
その人だかりのすぐ向かいの茶屋によく知っている淡い色素の髪が目に入る。
あんな金髪、いくら町だからといっても滅多にいない。
いやでもまさか。
兵助は慌てて駆け足で近寄った。
「なっ」
思わず上ずった声が出たが、それも仕方ない。
その金髪の人物は兵助の声に顔を上げて、大きな目をほんの少し見開いた。
「なにやってんの!?」
「あ、兵助くん」
慌てた声と同時に、のん気な間延びした声で名前を呼ばれる。
そんな風に兵助を呼ぶのは1人しかいない。
「タカ丸、なに、それ」
唖然、というような表情の兵助に、タカ丸は首をかしげる。
その拍子に、片一方だけの長い髪が揺れた。
しかし、今日はいつものようにひとつに結い上げているだけではなく、さらにそれを丸めて天辺でまとめている。
眩しい金髪にさらに輝く銀の簪も飾り付けられていて、ほんとこいつ忍になる気ないだろうと言いたくなった。
だが今はそれどころじゃない。
「なにって、今日女装の授業なの」
「…まぁそりゃ分かるんだけど、」
確かにそれは理解してる。
瞬きをしながら兵助を見つめる顔は、化粧が施されていていつもとは違う雰囲気があって、なかなか上出来な女装だといえる。
はにかむように笑えば薄紅色に染められた唇がどこか婀娜っぽくて、つい目が行くのはこのさい気にしないことにするとして。
問題は…
「なんでそんなに丈、短いんだよ…っ」
思わず目が行ったというか、その視線を無理やり引っ張られたというか。
タカ丸は膝小僧が見え隠れするような短さの淡い若草色の着物を着て、ちょこんと足を閉じて座っていたのだ。
もともと彼の職業柄、日の下に出る時間が長くはなかっただろうから、そのせいで肌の色は白く、
忍術学園に入学してから多少鍛えられたとはいえ、まだそれほど筋肉の付いていない細くてしなやかな脚を、惜しみなく見せびらかしている。
「だって身長に合う着物なかったんだもん。
土井先生もこういう格好してるって前には組のみんなが言ってたし、…変?」
「変とかそういう訳じゃないけど…」
正直、目に毒だ。
タカ丸は男なのだから、べつに足を投げ出していようがそう色めいて見えるはずはない。
ないのだが、化粧をして髪を結い上げて綺麗な着物も着て、立派すぎるくらいに女装をしている今なら話は別。
兵助は、周囲からちらほら視線が向いているというのに気付いてないのかこの馬鹿、と内心毒づいて、
自分自身の視線や気配の敏さにひとつため息をつく。
もちろん長年忍者になるために修行の賜物に違いないのだが、なんで女装した男のこんな心配なんぞ、せねばならないんだか。
「今日はね、4年の女装の授業なんだけど、男の人に口説かれたら合格なんだって。
俺背ェ高いからさ、ばれないようにずっとここで座ってるんだけど、
もうずっとあそこに人が集中してるから全然声かけてもらえなくてさぁ…」
「…あそこ?」
兵助が問いかけると、タカ丸はほらと指差す。
さきほどの人だかりの方を。
「滝くんと三木ちゃんが『どっちがより可愛らしいか』で喧嘩しはじめちゃって。
そのおかげで、あんな美人の喧嘩なんてめったにないからってすごい野次馬なの。
綾ちゃんなんか真っ先に声かけられてもう帰っちゃったし…、
ねぇ俺、似合ってない、かなぁ…?」
「っ…そんなことない、けど」
多分今は兵助が隣にいるからタカ丸に声をかけ辛いんだろうし、
さっきまでだって多分、あの喧嘩騒ぎさえなければすぐに口説かれてたっておかしくない。
それでもタカ丸は不安そうに俯いて、すっと身体を寄せ、目線だけ上げて問いかけてくる。
「俺、可愛くない?」
「…か……っ」
思わず言いそうになった言葉を寸前で飲み込む。
言いそう、というか上手く言わされそうになったのだ。
「……可愛くねぇ、この性悪」
「んー、惜っしいなぁ」
言ってくれると思ったのにぃーと笑うタカ丸は、やっぱり確信犯。
上手く流されて言わされるのは癪だ。
けどそれよりもっと嫌なのは、
「あー…このあと暇?」
「…へっ?」
「甘味食べに行かない?」
「えっと…」
タカ丸は首をかしげる。
兵助の言葉の意図がよく分からない、と言った様子で。
じっと見つめれば、兵助は頬を真っ赤にしていて、
「…口説いてんだけど」
ぶっきらぼうに言われたその言葉に、タカ丸はぱっと目を丸くして頬を口紅によく似た色に染めあげる。
まさか、不意打ちだ、そんなの。
そんなこと言ってもらえるなんて、期待以上で、嬉しくて。
花が咲くようにぱっと顔を綻ばせたタカ丸をよそに、兵助は息をついて自分を落ち着かせて立ち上がった。
「…行く?」
「…背の高い女でもいいのなら」
タカ丸はそう言って笑って、素っ気無く差し出された手をとった。
お互い、触れ合った皮膚の温度がいつもより高い気がした。
(…やっぱ三郎の買い物は無し。
雷蔵にはちゃんとおはぎ買って帰りますから)
***
やりたかった女装ネタ。馬鹿ップル!
他の男に口説かれるくらいなら自分が、と思って欲しいです。
タカ丸は綺麗系でも可愛い系でも大丈夫じゃないかと^^
そんでもって半子ファッション。
膝上丈を激しく推奨(変態)
髪結いスタイルが十分可愛いので女装はより可愛く短く!