赤タカ連載3
※ろくでなし赤タカさん続き注意!
メインの金髪タカ丸さんとは別人です!
 
 

 

 

 

夜も更けた頃。
明日はどこの教室で授業を受けるんだっけと思い出していると、
不意に部屋の外に1つの細い影が浮かんだ。
部屋からの灯りで薄くうつるその人影は、たっぷりの長い髪をしていた。


「斉藤」

名前を呼ぶ声に、心臓が大きく脈打った。
ああ、もう来たのか。
構わない、どうせもう断ち切る関係ならさっさと忘れる方がいいじゃないか。
ただ、ばれてしまいそうで恐ろしい。
それだけが気がかりだったけど、俺はひとつ息をついてしっかりその影を見据えた。

「なぁに、久々知先輩」
「…ここ開けろよ」

あまりに静かな声。
怒っているのか悲しんでいるのか、よく分からせない。
昼間のあんなに取り乱していた様子とはまるで別人だなぁと思いながら、俺は立ち上がる。
これでおしまい。 
息を吸って、吐いて、一呼吸置いてから部屋の戸をゆっくり引いた。

「どうし、っ!」
戸を開けた瞬間、白い腕が素早く伸びてきて、俺の首元を掴む。
あまりの勢いのよさに、俺はされるがまま後に倒れこんだ。
背中と腰に鈍い衝撃。
なにこれ、と上手く回らない脳味噌で考えてみても現状が飲み込めない。
反射的に瞑っていた目を開けるが、部屋が薄暗いせいで視界がぼやけている。

「久々知先輩…?」
影と声で分かっていたはずなのに、見上げたそこにいる人に、思わず俺は問いかけた。
人に押し倒されるのなんていつぶりだろうとぼんやり頭の隅っこで考えたけど、
暗がりのなかでようやくはっきり捉えることが出来るようになった先輩の顔を見れば、
そんなどうでもいいことは全部どこかへ吹っ飛んでしまった。


なんでそんな顔してるの先輩。
やめてよ、俺に泣き落としなんか通用しないよ?
(って言えばよかったのに、どうして、声が出ないんだろ)


「…ずっと、お前は俺のこと見てただろ。
 あの痕をつけたのも、ほんとは理由、あるだろう」
「…あんまり自惚れないでよね、先輩」
極力嘲笑うように言ったつもりだったけど、自分でも気付いてしまうくらい、
反抗した俺の声は情けなかった。
今にも震えそうな喉を掻き毟ってやりたい。

「じゃあもっと気付かれないようにしろ、未熟者」
そこまで言って俺を見下ろす先輩の目は、すこし赤かった。
どこかで泣いていたんだろうかと思案していると、その顔がきゅっと歪む。
それと同時に、強い力で両手首をつかまれた。
力じゃ久々知先輩に敵うはずもないので、俺は大人しく諦めることにした。
だから逃げやしないのに先輩の力は依然として強くて、腕が痛い。
もっと俺をこらしめてくれたらいい。
いっそここであなたに刺されて死ねれば本望だ。
(そんなに辛そうな、俺によく似た顔、見なくて済むのなら)

ねぇどうして、


「…どうして、逃げないの」

この心に気付いたのなら逃げてくれればよかったのに。

俺、そんなの下手糞だった?
もっと最低な男になるべきだった?


弱弱しい俺の問いかけに、
先輩は間近にある長い睫毛を小さく震わせ、真一文字に結んだ唇を解いて、凛とした声で言った。

「…もう、逃げない。
 俺はお前を、信じたい」

信じたい。
この、俺を?
信じられないと、言ったのに?


「嘘でもいいから俺に惚れてよ」

切なく寄せられた眉、泣きそうな顔、ゆれる前髪。
駄目だ、やめろ、これ以上近づかないで、と叫ぶ前に、唇を奪われて言葉を封じられる。
手首を掴む力がさらに強くなって、俺を逃がさない。
久々知先輩からこんなことしてくるなんて、初めてだった。
身体が痺れるように熱い。

黒い髪がこぼれるように流れ落ちてきて、肌を撫ぜて首と俺の髪に絡まる。
のどが詰まるように痛くて息が出来ない。


俺は先輩の手を無理やり解いて、その手に指を絡ませた。


 

 

* * *

 

 


  
口付けを続けたまま転がるようにして押し倒し返せば、先輩の頬に涙が落ちて、
俺はその時、初めて自分が泣いていることに気が付いた。
人前で泣くなんてこと今迄なかったから、自分でもびっくりした。
嘘で笑うのは得意だけど女みたいに嘘泣きはできないから。
あぁ、苦しい、愛しい。

「…っ」
ゆっくり唇が離れた。
それでもまだ吐息が絡まる距離にいる先輩を見つめる。
まっすぐと俺を射止める双眸は見惚れるくらいに澄んで綺麗だった。
ねぇ、ほんとに俺なんかで善いの?
もっとあなたには似合う人がきっといるでしょう。
それなのに、そんなの自分できっと分かってるでしょうに、
そうやって俺を見つめる。


「…俺、性格悪いよ?」
「うん」
「…今まで最悪なこといっぱいしてきたよ?」
「じゃあ、これからはするな、よ」
「…俺のこと信じられるの?」
「信じる」
はっきりと断言する声に、思わず笑えてきた。
なのにどうしたことか涙が止まらなかった。

「……もっかい言うけど、俺、性格超悪いよ?」
「うん、わりと知ってる」


先輩の目がまっすぐ俺を見ながら優しく細められた。
(この人のこんな言葉、望んでなかったのに、)


なんてそんなの嘘。



欲しかった。
欲しくてたまらなかった。

でも、手に入れるべきじゃないって、なけなしの理性が言っていた。
だから嫌ってくれればよかったのに。
こんな感情、知りたくなかった。
知るべきじゃなかった。


それなのに、
いつも簡単に誰もが溺れた俺の言葉を素っ気無く付き返して、
俺を信じてくれなかったあなたに、

もう、ずっと、惚れてる。



「久々知先輩が、好き」


今まで使ったこともないような、色気もない幼稚な言葉があふれてくる。
どうしようもなく苦しいよ。
先輩が俺を見て、そんな顔して笑うから。
俺の馬鹿みたいな言葉に嬉しそうな顔をして泣きそうにするから、
甘ったれた言葉がぽろぽろ溢れる。

「ねぇ今だけ、名前で、呼んで…っ」

ほんのさっきまでとは形勢逆転しているから、
お馴染みの見下げる角度で先輩を見つめる。
赤い髪が先輩の黒い髪に絡まる様は、まるで縋りよるようで、
俺ってもう久々知先輩がいないとだめなんじゃないか、と薄っすら考える。

引き返すのならここが最後。
もしも俺が求めてることに答えるのなら、
もうきっと「嘘でもいい」とか「今だけ」なんてそんな伏線、意味を成さなくなる。
俺はあなたを手放せなくなるよ。
その覚悟があるんですかと目で尋ねると、先輩は薄く微笑んだ。
弧を描くその湿った唇が、ゆれるように動いて言葉を刻む。


「……タカ丸、俺も名前、呼んで」


その声とともに先輩の腕が伸びてきて、
絡められた首の裏がうっすら汗ばんできた。
ああ、俺、この人が欲しくてたまらない。


「兵、助」


あなたも同じように、俺を欲してる。
それなら、手を伸ばしても、許されますか。
信じることが出来るなら、信じて貰えることが出来るなら、
あなたを愛してもいい?


「好きだよ、兵助」


もう一度、どちらともなく口付けを交わす。 
いつになく昂ぶる心臓はもう抑えがきかなくて、
どうにかなってしまいそうだと思いながら黒い髪に指を絡めた。

 

 

* * *

 

 

つんとした寒い空気を肌に感じて、タカ丸は目を覚ました。

腕の中に同じ体温を感じて覗き込めば、そこには兵助が眠っていた。
長い睫毛が呼吸するたびに震えて、長い黒髪が寝乱れている。
白い額に凛々しい眉毛、すっと通った鼻筋から細い首へと視線を落としていくと、
鎖骨のくぼみの近くには、いくつもの赤い痕が残っていた。
昨日の余韻でまだ頭の中が熱を帯びているらしく、綺麗な人だなぁとまじまじ眺めてみたりした。
すると流石は忍者のたまご。
その視線に気付いたのか、兵助は一度顔をしかめてからゆっくり目を開いた。

タカ丸が起きぬけ兵助を見るのは初めてだった。
いつもは抱いたら抱くだけで、朝まで共にすることはなかったから。

不機嫌そうに見えるのは昨夜のせいか、もともと低血圧なのか。
兵助は身体を起しながら顔を険しくさせる。

「腰痛ェ…」
「だよね、ごめん」

昨日はほんとうにどうにかしてた。
らしくもない、全然余裕のない荒っぽい抱き方をしてしまった。
醜態を晒したような気分で情けないし、申し訳ないとも思う。
眉を下げてタカ丸が苦笑しながら謝ると、兵助はふうとひとつ息をついた。

「そんなに軟じゃないから、女みたいに」

あれだけ貪るように求めた唇には自然と目を奪われ、
さらに長い指が寝乱れた髪を掻きあげれば、
その光景に、久々知兵助という人そのものに、見惚れてしまう。

「斉藤?」

怪訝な顔で振り向いて名前を呼ばれ、それに心が揺れる。
今までは昼間に会ってもお互い不自然な距離をとっていたから、
こんな風に穏やかな声を聞くことなんてまず無かった。
だからそんな声を聞けるようになるなんて、まるで全てが始まる前に戻ったみたいだ。
斉藤、という呼び方も。

「久々知先輩…」

昨日のどんなふうに触れ、どう見つめ何を言ったのか、ろくに覚えていない。
それでも「信じる」とこの人が言ってくれたことと、
今まではどんなときでも絶対に口にしなかった「タカ丸」という名前で呼んでくれたことだけは、
しっかりと脳裏にこびり付いてて、やけに鮮明に覚えている。

(…でも、また俺は呼んでもらえるんだろうか)
薄く微笑んで、凛とした声で。
(…また触れてもいいのかな)
黒い髪に、薄紅色の唇に。

(触れたい、触れられたい、呼びたい、呼ばれたい、側にいたい)



「…久々知先輩、俺、先輩のこと好きになっていいの?」


その呟きは殆ど零れるように声になって、
しかしタカ丸自身驚くくらい、意外とはっきりとした言葉になってしまった。
タカ丸がそろそろと覗く様に兵助の丸く見開かれた目と視線を交えると、
その瞬間、兵助は呆れたように項垂れて息を付く。

「手放す気なんて無いだろうが」

もう今更お互いに、と唇の端に笑みを乗せて言われれば、
タカ丸はきょとんと狐に摘まれたような顔になり、それから同じように笑い出した。


「もう俺、先輩しか好きになれなくなっちゃったなぁ」
「いいだろ、それで十分」


兵助の言葉にタカ丸は満足気に声を上げて笑う。
(ああ、どうしたことか。涙さえ出そうだ)
それだけは気付かれたくなくて、
タカ丸は兵助の身体を引き寄せて抱きしめた。
胸元で呼吸の音、腕には人の体温と艶めく黒髪の感触。

ああ、この人だけは。
この人だけは、もう、手放せない。


「…久々知先輩」
「…なに」
「今日は授業もないしここは俺の部屋だから多分人も来ないから。
 名前で、呼んでも構いませんか」

斉藤、と呼ぶのは真面目な先輩なりのけじめ。
だから後輩の俺がそれに従うのは当然のこと。


でも、あなたがもしも名前を呼んだなら。


「勝手にしろ…、タカ丸」


その時は俺も呼びましょう。


「兵助」


好きだよ
愛してる

安っぽい使い古された言葉しか知らない俺だけど、
それでも信じてくれるというのなら何度でも伝えるから。



(信じてくれて、)


「ありがとう」


回された腕が赤い髪を絡めたのに笑みを浮かべる。
今度は優しく、軟じゃないのは知ってるけどできるだけ優しく触れた。



新しく開かれたこの第二幕が、
願わくば、幸せだねと笑っていられますよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

おつきあいありがとうございました!