「俺は死ねない」
そういった男の口元は布で覆われていて見えなかったけれど、
頭巾から片方長く伸ばされた髪が揺れる奥で目が細められていたから、
ああ笑ってやがるなと内心毒づいた。
「兵助くんがきっと泣いちゃうから。
きっと哀しむだろうから。
俺は彼より先には死ねないよ」
優しい言葉、微笑、でもたしかに感じる殺意。
その派手な髪同様、均等のとれていない男だと思ったのは、もう何度目か。
腰まであるうっとうしい長い髪はいまだ、
この霧の立ち込める薄暗い森の中でもはっきり浮かび上がる金色。
真逆の明度だというのに、まとまってなびくそれを見て思い浮かぶのは、
しばらく会っていない黒髪の友人だった。
互いに、一歩踏み出せば、持っている刀で身体を切り裂ける距離。
いつもなら躊躇なく縮められる距離を今このまま保っているのは、
目の前にいる敵がこの男だったからやむを得ずだ。
「生憎、こっちはお前みたいに甘っちょろくないんだよ。
俺は雷蔵にみとられるなんて御免だ」
「じゃあちょうどいいじゃない。
俺が逝かせてあげようか?」
穏やかに歌うようになめらかに。
こいつの口はいつだって軽快に言葉を生み出す。
それがまた不釣合いで歪だ。
「ハッ、てめえに死に顔晒す気は毛頭ない」
吐き出すように言って、刀を向けた。
刃先が男の喉へ今にも突き刺さりそうな距離にあるというのに、微笑は消えない。
そのうえ、男の刀を持った手はぴくりとも動かなかった。
「俺は興味あるけどなぁ。
その皮を引ん剥いて、下の顔を覗いてみたいな」
「見せるか、お前なんぞに」
「…そうだよねぇ。
でも俺もこんなとこで死ねないからさ。
兵助くん、泣かしたくないもの」
「俺だって嫌だ」
こんなところでよりにもよってお前に殺されるなんて。
雷蔵のいないところで雷蔵より先に逝くなんて。
「我が儘だねぇ」
「お互い様だろ」
喉先に鋭い光。
同じように男がようやく構えた刀が、今にもこの身を斬ろうとしている。
男は笑っていた。
「もしも俺が泣いて喚いて助けを乞えば、三郎くんはどうする?」
「ぶっころす」
間髪入れず答えると、男はそうだろうねぇと穏やかな声で呟いた。
「じゃあ仕方ないね」
ここは戦場。
死体なんて山のように転がっていて、
おまけにここで対峙しているのは、
一流の髪結いと変装の天才。
「…斉藤てめぇ、もう俺の前に現れんな」
「はいはい、またお店来てね」
日の明るいうちに2人で、と笑ったときにはもうすでに褐色の髪をひるがえしていて、
手を振るころには背中が遠ざかっていた。
タカ丸は足元で息絶えている2人の男の死体を一瞥し、
やはり死人の髪なんて味気ないなと独りごちた。
***
4年後の髪結いの傍ら忍の仕事続けてるタカ丸とフリー忍者三郎。
なんの因果かお互いに仕事で何度も遭遇しちゃって、
そのたびに殺すことができなくて逃げてしまう関係。
あっさりとはしていない関係希望。