こめかみから頬へ流れた汗が後ろへ流れ落ちる。
汗の痕が向かい風にふれてひんやり冷たいというのに、
体内が鬱陶しいくらいに熱い。
(仙ちゃんっ…!)
握り締めた文がくしゃりと拳のなかで形をゆがめた。
あて先は錫高野 与四郎。
差出人は忍術学園の善法寺 伊作。
なんども学園に通っているうちに親しくなった友人からのその手紙には、一言、
「仙蔵が負傷。 緊急を要する」
(仙ちゃんっ、仙蔵…!)
浮かんだ想像にまた冷や汗が落ちる。
ずっと走りっぱなしのせいで頭が馬鹿になってるのかもしれない。
成績優秀、教科にも実技にも強くて、実戦経験も豊富な彼に限って、ありえない。
内心舌打をしながら、与四郎は浮かんだ空想をかき消すためにさらに速度を上げた。
学園はすぐそこに見えてきていた。
不安と焦りがとめどなく湧き上がる。
荒れてきた息が耳障りで、与四郎は唇を強く噛み締めた。
「仙蔵!」
叫ぶ声と共に、仙蔵の部屋の戸を蹴破る。
視界にすぐに黒髪を捉えた。
「与四郎…!?」
布団の上で身体を起して大きく目を見開いた仙蔵が名前を呼ぶ。
仙蔵の声を聞けた。
それだけで安堵の息が漏れ、同時にどっと疲労がやってきた。
与四郎はふらりと倒れるように膝をつき、
腕を伸ばして思いっきり仙蔵の身体を抱き寄せた。
「ちょっ、どうしたお前…!」
見たところ大げさな包帯なんかは巻いていないし、目立つ傷も無い。
もしかしたら傷付けられた武器に毒が仕込まれていたのかもしれないけれど、
とりあえずこうやって変わらずに生きていることに安心した。
胸元で聞こえる、慌てたような仙蔵の声に、与四郎は仙蔵を抱きしめたまま視線を落とす。
どうしたもこうしたもない。
「仙ちゃん、でぇじょうぶか?」
「は…?」
「心配したんだぁよ!
怪我したとか緊急を用するとかよぉ、物騒な手紙来たもんだから…」
「なんだと?…おい、伊作、そこにいるだろ!!」
与四郎の言葉を聞いた途端、仙蔵は眉を寄せて表情を険しくした。
それから怒気のこもった声で名前を呼ばれた手紙を出した張本人は、
廊下から「なーに?」と緊張感のない声を返した。
「げっ…ずいぶん派手に壊したな…
委員会から帰ってきたら文次郎から怒られるぞー」
伊作は、また留さんに修理頼まなきゃなぁと言ってため息と共に苦笑した。
与四郎は事情がわからず、自分の肩越しに伊作を睨む仙蔵を見つめるしかない。
「お前、何故与四郎におかしな手紙をよこした!
ただの火傷で!!」
「へっ……?」
ほれ見ろ、と差し出された仙蔵の右腕には包帯が巻かれていた。
そういっても火傷の規模もそう大きくはないらしく、
薄く丁寧に巻かれたそれは控えめな主張しかしていない。
「…あ、そうそう、与四郎ちょっとこっち来て手伝って」
「おいこらっ伊作!どういうことか説明しろ!」
伊作はその仙蔵の言葉には聞く耳持たず、また廊下へと姿を消してしまった。
それを追いかけようとした仙蔵の肩をやんわり掴み、
与四郎は眉を寄せて薄く笑みを見せた。
「一応怪我人だべ、な?」
そう言って立ち上がりながらぽんと頭を撫でると、不服そうに睨まれた。
今にもキツイ言葉が飛び出しそうだったので、
「すぐ帰ぇってくっから」と言って、与四郎は素早く踵を返しながら伊作の後を追って医務室に向かった。
「…んで、どぉいうことだぁよ?」
「随分早かったね」
「質問の答えになってねぇ」
目下の伊作をにらみながら、与四郎の苛立ったようなその声は低い。
仙蔵が傷つくことはもちろん心配であるが、
あの程度の火傷で緊急を要するなんて手紙はいくらなんでもやりすぎだ。
それを見たら与四郎がすぐさまここに駆けつけるのはわかっていただろうに。
与四郎の睨むような目線をさして気にした様子もない伊作は、薬箱を探りながら呟いた。
「僕はね、保健委員だから。
傷ついたらそれを癒すのを手伝うのが仕事なんだよ」
俯いたままで表情はよく伺えなかったけれど、口元が柔らかな笑みを零しているのは見えた。
「…あの怪我、火薬の調合に失敗したんだ。
火器の扱いが大の得意な仙蔵が。
そりゃああんな怪我、僕らにとっちゃ珍しいわけじゃないけど、
仙蔵はああ見えてひどくへこんでるようだったから」
だから君を呼んだのさ、伊作はそういいながら新しい包帯を差し出す。
与四郎は大きく目を見開いた。
「包帯、替えてやってくれる?」
「…ん、ありがと」
礼を言うのはおかしい気もしたのだけれど、
それでも間違いなくここへ呼ばれた価値はあった。
伊作から受け取った包帯だけを手に、与四郎は医務室から再びあの部屋へ向かった。
それを見送りながら、伊作は内心呟く。
(自然治癒力の関係ないことは、僕じゃあどうしようもないからなぁ)
小さな火傷の痕を暗い目でぼんやり見つめる仙蔵を思い出しながら。
「ただいま仙ちゃん」
にっと笑みを浮かべながらそういうと、仙蔵は俯いていた顔をあげ、
それから思いっきり顔をひそめる。
おそらく伊作がいないこととさっきまで一体なにをしていたのかを思案しているのだろう。
与四郎はそれに気付いたが何も答えず、笑みを浮かべて仙蔵の隣に腰を下ろす。
包帯替えっから手ェ見してと言って、仙蔵の右手をとった。
仙蔵は気の進まない様子ではあったものの、抵抗はしなかった。
「…仙ちゃんでもたまにはこぉいうおっちょこちょいすんだなぁー」
「っ誰がおっちょこちょいだ!」
「でも今度から気ぃつけんだぁよ?
せっかく綺麗な手してんだからよぉ。
それに痕残ると自慢の女装すっときに隠すのが大変だべ」
付けている包帯を解いて緩めながら呟くと、
おっちょこちょいという発言に憤慨していたはずの仙蔵がふと押し黙る。
「……」
「仙ちゃん?」
いきなり訪れたその沈黙に、与四郎は首をかしげる。
見れば仙蔵は複雑そうな表情で眉を寄せていた。
長い指がぴくりと小さく震える。
「…べつに女装で苦労なんてしない。
ただ、そういうことをお前が言うから、嫌なんだ」
「…そういうことって?」
長い髪と同じ色の瞳が俯きながら彷徨う。
古い包帯がしゅるりと乾いた微かな音をたてて床に落ちた。
現れた薄く残る火傷の痕が、仙蔵の白い手のせいでか、
どうにも妙に痛々しく残っているように思えた。
「お前が綺麗だと、言うから」
薄く開かれた唇が震えるように零した言葉に、与四郎は思わず目を丸くした。
まさか、その言葉のせいで、この仙蔵が、胸を痛めていたというのか。
綺麗だと、美しいと、その言葉を失うのが怖くて?
それならばなんて、
(愛しいことか)
俯いたまま目線も合わせようとしない、いつになく逃げ腰な仙蔵を見て笑みが浮かぶ。
黒髪で表情がろくに見えなくたって、不安を感じているのは手を取るようにわかった。
与四郎は火傷の残る仙蔵の右手を優しく掴む。
きっとこれくらいなら痕は残らないだろうと考えながら、
その手にゆっくり、唇で触れた。
「っお前、なにを…!」
「早ぇこと治るよぉにって、まじない」
指先から手の甲へ、這うようにではなく啄ばむように口づける。
その行動に頬をかっと赤くした仙蔵は逃れようとするが、
与四郎はそれを許さず、強く手を握った。
「仙ちゃん綺麗だ」
「っ…!」
「仙ちゃんの全部が一等綺麗だ。
もっと顔見せてくんろ」
まっすぐ見つめれば、目を大きくした仙蔵がいつになく赤面していて、
火傷の傷を負った手が熱くなっているのも伝わってきた。
ああこれじゃあさらに悪化するんじゃないだろうかと考えながら、
目線を合わせたまま薄く笑む。
そのまま、まじないは唇へ続く。
***
加宮さんのリクエストの与四郎が焦ってる与仙です。
12121打踏んでくださりありがとうございました!
最初の方しかリクエストにそぐってないという…orz
後半は与四郎さんがすごく余裕です…す、すいません!(土下座)
与四郎がいつも綺麗とかそういう褒め言葉を口にするから、
怪我をするのが怖くなった仙蔵とか。
む、無駄に長くて…すいません!
乙女な仙様が書きたくなったのです…すいません!!
そしてなぜか伊作の出ずっぱり…すいません!!!もう土下座しかできないよ…!
伊作先輩が鋭くてお節介なくらい優しいと嬉しいなあと思います…
ちなみに手紙だしてから与四郎さんがかけつけてくるまでの時間は、
深く考えないでください後生ですから(全然ちゃんと考えてない)
加宮さん、このようなものでよろしければお受け取りくださいませ^^;
12121打、ありがとうございました!