星に願いを

 
真上を覗けば、青とも黒ともいえない曖昧な色の空がずっと続いていた。
そこからゆっくり太陽の落ちた方向へ目線を下げていくと、
夕陽の名残で微かに茜の混じった紫雲が見えた。
まだ明度の高い下のほうの空には少し、
視線を上げた先の闇色の深い空にはたくさんの白い小さな光が、
こぼれたように散らばって光っている。
首がほんのすこし痛い。
そう思ったけどなんだか目をそらせなかった。
 
店のおばちゃんと長話につきあっていたせいで知らないうちに日は暮れていて、
いつもより薄暗い帰り道を歩いていると、ほんの少し、安堵感。
俺は夕暮れ刻が苦手だから。
 
夕方の空、煌々と燃えるような紅は、視線を、神経を、奪っていく。
その感覚が俺はとても苦手で、嫌いだった。
いつだったか、夕日から遠ざかって明るい方へ、自分の家へ帰っていく誰かとすれ違うたびに、
無性に寂しくなって、耐えられなくて、泣きそうになったことがある。
燃える空が憎くてたまらなかった。
炎みたいな色が怖くてならなかった。
でもその時、俺の手を取って「何してるんだ、早く帰るぞ」とつれて帰ってくれた人のおかげで、
俺は今、夕日は相変わらず苦手だけど嫌いじゃなくなった。
 
 
「…今日は少し、遅くなったなぁ」
不意に隣を歩く先生が呟いた。
いつもより暗い空に見とれていた俺は、その声で急に現実に引き戻される。
「そーですね。でもおばちゃんの世間話に付き合うと、いいことあるんですよ。
 現にほら、今度アルバイト頼もうかしらって言われちゃったし」
にひひと笑って先生を見上げると、全くお前はちゃっかりしてるなとため息をついて苦笑された。
俺はそれにどケチですから当然ですと笑って答える。
 
行く道は今日の献立とか魚屋のおじさんに負けてもらう方法とか、ずっと会話が途切れなかったのに。
どうしてか、夕飯の買い物の帰り道はいつも、2人並んで口数少なく歩くことが多かった。
話すとしても、一言二言のぼんやりとしたとりとめのない会話しかしない。
これも、とりとめのない会話の一部。
すぐにまた会話は途切れたけれど、いつものことなので心地悪くは無かった。
 
俺はもう一度、空で輝く星を見上げた。
いつもより長引いた買いもののおかげで見上げた先の空は炎が消えた静かな薄闇色で、
一歩歩くたびに、一秒ごとに、その色が少しずつ暗くなっていくように思えた。
自分が闇のほうへ向かっているのか、闇がこちらへ向かってきているのかは、分からなかったけれど。
 
だんだんと深い闇色に変わり行く空で、星だけが明るさを増していた。
いくつあるのかなど数えられない無数の星は、
人のようだ、と思った。
今はもう歩く道に他に人影はなく、
2人の小さな足音と夕食時のそれぞれ家族の話し声が聞こえるだけだけれど、
昼間の町は人が溢れていていつだって賑わしい。
忍術学園も同じようにいつも騒がしくて、人が生きているんだなぁとたまに、身をもって感じる。
それはこの星みたいに綺麗で、でも、この星ほどではないけれど少し、距離を感じる。
 
 
「星が綺麗だな」
「…そうっすね」
また、先生の声が俺を思考の世界から引き戻す。
ぼんやりしてる俺がどんな顔をしているのか分からないけれど、
先生はいつだって、ろくなことを考えてない俺の思考を見抜いて打ち砕く。
敵わないなぁと内心苦笑した。 

「あの星が全部金平糖なら、しんべヱが喜ぶなあ。いや、みんなか」
俺と同じように空を見上げて星を見て、先生は明るい声でそう言った。
見れば表情はいつもみたいに笑っている。
学校は長い休みにはいったばかりだというのに、やっぱり先生は先生だ。
「オレは金平糖より小銭のがいいっスよ」
手は届かないけど、降ってきてくれるなら大好きな小銭の方がいいと笑う。
金平糖でも構わないけれど、と呟いた途中で、ふとまたろくでなしの思考が働いた。
 

「でもだめですよね。
ほら、よく言うじゃないですか」
 
 
ちかちかと鼓動するように燃える星を見上げる。
真上の方はすっかり夜色の空になっていて、山際の低い空も赤みが消えつつあった。
 
 
「人が死んだら、お星様になるって」
「もし金平糖になって食っちまったらさ、星になった誰かの家族が泣くんだろうなぁ」

 
夕暮れ時のいつもと変わらないぼんやりとした会話。
とりとめもない言葉のほんのひとつ、ふたつ。
隣で先生がふと眉を寄せてこちらを見たことには気付いたけれど、でも知らないふりをして、
「オレにはよくわかんない、けど」
そう言って笑った。
 
 
 
 
(分からなくていい)
(家族を星にする悲しみなんて、)
(そんなの、俺だけでいいさ)
 
 
(どうか、まだ少しの間、誰も悲しくありませんように)
 
 
どケチな俺が人のために祈るなんてめったにないことなんだから、叶えてくれよこれくらい。
いつかくるそんな悲しみまだしばらく、知らなくていい。
 
 
また空を見上げた俺に先生は「きり丸、」と優しい声で名前を呼んで、あの時のように俺の手を握った。
強い力できゅっと結ばれて、てのひらから体温が伝わってくる。
生きている人が、先生が、こんなに直ぐ近くにいることに、
思わずちょっとだけ、泣きそうになった。
 
大丈夫、星は嫌いじゃないよ、先生。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
***
まともに土井きり書いたのは初めてです。
たまに、ごくたまにきり丸は土井先生といるときとかに暗い思考になったり。
そういうとき土井先生はちょっと切なくて、悩んだり。
どういう行動とっても優しい先生にきり丸は救われてます。
年齢操作とかはあんまりはっきりさせてないので、歳はご想像にお任せします。
ちょっと暗くて分かりにくい分になってしまいましたが、45巻送ってくださった王様へのお礼文として捧げます。
(これ、はたしてカプが成り立っているのかはとても…微妙ですが…)
返品とか廃棄処分とかお好きになさって^^