牛丼とカーテンとまひるのセックス

 

さっきまで抱きしめあっていた腕を解き、
1人では十分広々、しかし2人ではいるには少々手狭なベットに身体を落とす。
はあっと吐き出した息は未だ恍惚が抜けず、生ぬるかった。
独特の気だるさと纏わりつくような身体の重さ。
渦巻く余韻に浸りつつ、頭の中で、ああしまったと後悔する。
汗で湿った髪を乱暴に掻きあげると、隣でうつ伏せになったタカ丸にわざわざそれを整えられた。
額に磨かれた爪の先があたってこそばゆい。
 
 
「…なにやってんのかねぇ、テスト前に。
 禁欲中じゃ、なかったっけ?」
 
 
くすり、からかうように笑う声が神経を逆撫でする。
タカ丸が身体をこちらに向けると、スプリングの軋む音がした。
男が2人上に乗っているのだから仕方のないことだけど、それがいやに大きく聞こえるのは、
両隣および近くの部屋のまともな学生たちは3日後の中間テストに向けて勉強に勤しんでいるはずだからだろう。
 
 
「…いきなり押し倒してきたお前が悪い」
前髪を執拗に撫でる指先が煩わしくて、払いのけた。
不機嫌な声を出す俺とは対極に、奴は上機嫌だ。
「テスト終わるまでおさわり禁止命令だしておきながら、
 わざわざ俺の部屋まで来た兵助くんのが悪いと思うけどなぁ」         
 
 
笑ながら言われた言葉、悔しいがまさにその通りだった。
メールでも電話でも会いたい会いたい我慢できないと喧しかったこいつのところへ、
のこのこ、前触れもなく会いに行ったのは俺の方。
何度注意したって聞かないこいつの部屋の鍵の閉められてない扉を開けて入って行って、
タカ丸が驚いた顔をして、次の瞬間には腕を取られてベットに引き込まれて。
そんなの、分かりきっていたのに抵抗しなかった。
ようは禁欲生活の提案者である俺の方が先に折れたのだ。
認めたくはないが、現実。
デジタル化された声や文字じゃ物足りない。
現物が見たいし触れたいし、逆も然り。
勉強なんて手につきやしなかった。
 
 
 
ちらりと目線を向けると、細められたタカ丸の目とかち合って、「図星でしょう?」と笑われた。
認めざるを得ないし、今更そんな意地を張るのも無駄なのも分かっているから、
仰向きに寝転んだまま小さく「向いてないな」とつぶやいた。
タカ丸はけらけらと声をあげて笑って、それは少し癇に障ったけれど。
 
 
もう、どうでもいいかも。
熱の余韻のせいでまだ機能しきっていない脳味噌がそう呟いた。
時計を見ればもう13時の少し前で、窓の向こうに見える太陽が高かった。
そういえば、と体温ばかり高くて身体は重たいのに胃の中は空っぽなことに気付く。
 
 
「…なあ、メシ作れよ」
「んー、ダルイー……どこか食べに行こ」
「腰痛いんだよ馬鹿。
 コンビ二弁当でもなんでもいいから買って来い」
「えー?…それよりもさぁ、」
ベットのスプリングがもう一度、ギシッと鳴り、
身体を起してタカ丸は俺に覆いかぶさってきた。
汗ばんだ肌に纏わりつくシーツの間から入り込む風が、火照った肌をすこし冷ます。
それでもまだ身体の芯がしつこいくらいに熱っぽい。
見上げた先のまだまだ欲深い目には、つい、押し負けてしまいそうになる。
 
 
だが生憎、今は食欲の方が勝っているのだ。
俺は今にも喰いてきそうな唇を手のひらで押し返す。
タカ丸は驚いたような顔をしてから顔をしかめた。
「…むぅ」
「メシ買って来て」
「俺は兵助くんだけで十分だもん」
「こっちは腹減ってんだっつーの」
未だ迫ってくる奴の顎を掴んで押しのけながら口論。
きゅるきゅると空っぽの胃が食欲を訴えているのが聞こえないのか。
こっちは当にスタミナ切れしてるんだ。
 
 
腹の音を聞いてようやく俺の腹の減り具合が理解できたか、
タカ丸は困ったように苦笑した。
 
 
「じゃあ、なにかスタミナつくお弁当買って来てあげる。
 牛丼とか、がっつりした精がつくものがいいよねぇ」
 
 
まだ俺の上に覆いかぶさったままのタカ丸はそう言いながら長い金髪を耳に掻きあげる。
窓からさす明るい太陽の光で照らされた髪が白く輝く。
眩しくて、目を細めた。
 
 
「…でもその前にもう一回、だめ?」
 
 
その髪の奥の表情に俺はさらに目を細め、眉を寄せる。
ああ、俺こういうの、弱い。
色めいた目とか弧を描く唇とか、いつになく大人な顔とか。
不覚にも再発した熱を感じ、もうどうやって拒んでも無駄だろうなと諦めた。
 
 
「いいけど、」
ため息を含んだ声で、金髪のかかる肩越しに向こうを覗く。
「けど、カーテン、閉めろよ」
 
 
たった1週間の禁欲生活も実現できずに、
テスト期間中だっていうのに真っ昼間から馬鹿みたいに求め合って。
そんな情事をお天道様に覗かれるというのはなんだかひどく背徳的に思えた。
だから、気休めでもいいから、そんなの気にせずに溺れたかった。
我慢していたんだから。一応。
 
 
タカ丸は笑ったまま、手を伸ばし、掴んだカーテンの端を引き寄せる。
金属を滑る高い音がすると共に、金髪が陰る。
明るすぎるとその顔がよく見えなくて、好きじゃない。
これくらいが丁度いい。
 
 
 
空きっ腹にこの熱は毒だと思う。
けれど分かっていてそれに溺れてしまう俺はとっくに依存症だ。
勉強が手につかなくて三郎に笑われるのは禁断症状。
 
そんなのもうウンザリだ。
とっくに抜け出せないようになっている俺は、
多分この先禁欲生活なんて馬鹿はきっと考えもしないだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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お題「牛丼とカーテンとまひるのセックス」(TVさま)
 
この人たちは禁欲生活が向かないというか、会えないことが我慢できないのだと思います。
何度も言います、がっついてるのが大好きです。