まだ一年生だったころ、きり丸が私を見上げて問いかけてきた。
その答えはいずれ分かるだろうことで、
だからその時は今教えてあげなくてもよいだろうと思って、そっと笑ってはぐらかした。
ケチ、とどケチなきり丸にふてた様子でそう言われた苦笑したことを良く覚えている。
それからもう5年。
また桜が眩しいくらいに咲き誇り、儚く風に散る季節が来た。
この生徒の服の色が変わっていく景色が見られるころになると、いつも決まってできる鳥の巣。
毎年、私は新入生と卒業生の数だけそこで命が輪廻していく様を見続けている。
ふと後から気配を感じた。
古い学園の廊下の上を歩くその足音は無音。
ああ成長したんだなぁ。
昔は走って転んで怪我をして私は怒って、それから心配するばかりだったのに。
「鳥の巣だったんすね」
その言葉に振り返ると、きり丸は同じように目線を鳥の巣に向けていた。
まだ一年生のころに聞かれた問いかけの答えをついに知るときがきたのか。
背も髪も伸びて、体格もしっかりしたきり丸の視界は私とほとんど同じなのだろう。
深い緑の制服はこの学園の最高学年の証。
来年にはそれを脱ぎ捨て、闇に紛れる黒い忍装束を身にまとうのだ。
きり丸はきっと上手くやるだろう。
実力もあるししたたかで、何よりも気の強い子だから。
「毎年この季節になるとな、卵を産んでいくんだ。
今年も多分、もうすぐしたら雛がかえるだろう」
「きり丸、」
なあ、もう一年だけしかここにいられないんだ。
だからこの学園を、私と同じ目線で見るこの景色や些細の思い出も、
できるなら全部忘れないでいてほしい。
卒業した後お前が何処へ行くのか、何をするのか。
私にそれを決める権利はない。
だから家を離れてどこかへ行くと言っても、
私は「いい勉強になるだろうな」と笑うことしかできないと思う。
お前は私の自慢の教え子だから。
成長したことを喜んで、卒業するその後姿を見送らなくては。
大人になったね、嬉しそうに言えてなかったらごめん
声にはなったけれど、数年前よりもずっと凛々しくなった瞳に写る私は、ちゃんと笑えているのかな。
大人になるのは自然の摂理で、喜ぶべき過程だ。
くじけることなく学んできたことを笑って褒めないといけない。
それが先生の仕事だもんな。
「進級おめでとう」
でもやっぱりな、
お前は私の大切なひとりの家族なんだ。
いつまでも大人なんかにならないでいてくれたら、どんなにいいだろう。
ずっとそばで笑ってくれていたら、私はどれほど幸せだろう。
「遅刻するなよ」と一言、先生らしくそう言って、私はきり丸に背を向けた。
ずっと昔、同じ春。
鳥の巣を見ることが出来なかった頃と同じ、知りたがる目。
それから逃げるように私は歩きだした。
もう少し。
なあ、次に親鳥がこの巣に命を宿すその時まで、
お前のことを子ども扱いしてもいいか。
きり丸、
まだもう少しだけ、
巣立つのは待って。
私がお前たちにしてあげられることを全部して、
聞きたいことに全てこたえてあげて、
それから立派すぎるくらいに立派な大人になるまで。
覚悟ができる、次の春がやってくるまでは。
***
土井先生視線。
土井先生は一緒にいろっていうのも1人で頑張れとも、
どっちを言うとしてもすごく覚悟がいると思います。
成長は嬉しいけれど少し寂しい。