微々たる後悔

 

 
「ありがとうございましたー」
お店に来ていた最後のお客さんを笑ってお見送りをして、タカ丸はぐっと伸びをする。
穏やかな日の光に結い上げている髪がきらきら輝く。
少しばかりの疲労感と、それを上回る満足感に思わず笑みが零れた。
 
 
久々にたくさんの人の髪を結って、切って、学園以外の人と話ができた。
というのも、店の主である父が出張髪結いに行くというので、タカ丸が一日店を頼まれたのだ。
偶々今日は授業が無かったので外出届を出して町へ出てきたのだが、
やはり来て良かったなぁと深く深呼吸しながら考える。
学園の人は一部を除いて、髪には無頓着な人が多く、どうもやきもきするのだ。
たまには今日のように髪や流行について語るもの良い息抜きになった。
 
 
「さて、と」とひとつ呟き空を見上げると、まだ日が暮れるには少し時間があるのが分かる。
しかし夕刻までには帰らないと門番の彼に怒られてしまうし、
丁度今ならお客さんもいなくなったところだ。
後片付けもしなければならないし、今日は早めに店を閉めよう。
 
 
 
そう考えて店の中に戻ろうとしたとき、ふと橋の向こうから1人の男がやってきた。
図体のでかくお世辞にも上品とは言えない容姿のその男は、
まだ日も落ちていないというのに酒がはいっているのか足元がおぼつかない。
すれ違う人に因縁をつけては逃げられているようで、
ありゃあ性質の悪い酔っ払いだなぁと眺めていると、その男とふいに目が合った。
途端、男は千鳥足でタカ丸に向かってきた。
 
(面倒な…)
 
思わず出たため息を隠すことは出来ず、
気付けば目の前にいた男に鋭い眼光を向けられた。
 
 
「なんだお前、髪結いか」
「…そうですよ、御用で?」
「馬鹿みたいな髪しやがって鬱陶しい!」
 
 
太く短い指がタカ丸の金髪の前髪を乱暴に掴み上げた。
予測がつかないその行動には対応しきれず、タカ丸は思わず小さく声を漏らす。
タカ丸が痛みに表情を歪めると、男が嘲笑うような表情を浮べた。
それが心底腹立たしくて、思わず舌打する。
触れられているだけでも反吐が出るくらいだというのに、
至近距離でアルコール臭を撒き散らしながら下品な笑みを見せられると、
流石に大人しくしてあげようという気にはさらさらなれない。
 
 
「なんだ、お前みたいな弱そうなのが、俺に喧嘩を売るのか」
「喧嘩売ってるのはあんたでしょう」
「なにをふざけ、」
 
 
その後の言葉など興味は無い。
タカ丸が男のすねを蹴り上げると、男は叫び声と共に身もだえうずくまる。
 
男は「やりやがったな!」と野太い声で顔を上げながらそう叫ぶも、
その後罵声を浴びせようと大きく開いた口からは音が出なかった。
代わりに男は目を見開く。
瞬きすら封じられた男の目の前には鋭く光る鋏。
男は、それをもつ細い指から腕へ目線を徐々に上げ、そして逆光で翳る金髪を見上げた。
見上げた先にいたタカ丸は、男を見下げ、端麗な顔に微笑浮べてを見せている。
男がようやく口を閉じ、その直後息をのむ音がした。
 
 
「…俺、髪結いでしょ」
 
 
「ついね、ここを、狙っちゃうんだ」
 
耳の隣で、シャキンと鋭い金属音。
男は震え上がり逃げ出そうとするも、
もつれた自身の足に躓き、その場に無様に崩れた。
それでもなお地べたを這い、逃げようとする男の背後でわざとらしく、大きく足音がなった。
男はそれに気付き、しりもちをついたままタカ丸を仰いだ。
恐怖した目、怯えた顔、でかい図体を縮こまらせて震えさせながら。
 
 
「そんなに震えないで。
 狙いをはずしてしまうから、」
 
この手がどこへ行くか分からないよ?
 
 
刃先がゆっくり、男の頭から喉元へ向きを変える。
タカ丸は伸ばした手の先で、鋏を軽快にちょきんと鳴らした。
狼狽する男を見下すタカ丸の目は冷たく、口許だけの微笑はかえって恐怖を増幅させる。
 
 
「懲りたなら、もう二度とこのあたりにはいらっしゃらないでくださいな」
 
 
わかった?と問いかけると、男は小刻みに震えながら何度も黙って頷いた。
正しくは声も出なくなっていたのだが、タカ丸は男がそれを了解したことを確認すると、
目を細めて鋏を懐にしまった。
 
 
瞬間、安堵したような表情を浮かべた男に、タカ丸は華奢で大きな手を伸ばし、その胸座を掴む。
いとも簡単に男の体は持ち上げて引き寄せられ、額が掠めあうような距離で金髪を目の当たりにし、
ただ叫びも出ぬまま目を大きく見開いた。
 
 
「…次は容赦しないよ。
 今度から喧嘩売るなら他所でやんな」
 
 
金髪が影を落とした表情は覗けなかったが、
その声の低さと胸座を掴む腕の強さに男がひっと上ずった悲鳴を漏らす。
タカ丸はそれだけ耳元で囁くと、ね?と笑ってぱっと腕の力を緩め、
男を解放してひらひらと手を振りながら、一目散に逃げていくのを眺めた。
 
 
いつのまにか周囲でその一部始終を見守っていた住人からは一斉に声があがり、
タカ丸はそれに苦笑しながら「ご迷惑をおかけしましたと」一礼し、素早く店に引っ込んだ。
外はまだ賑わしく話し声が聞こえてきたが、タカ丸は店の中でひとり、ため息と共にその場にうずくまった。
零れ落ちてくる金髪をいつもより乱暴に掻き揚げる。
 
 
 
 
ほんの少し、罪悪感。
 
それ相応の覚悟をもって、髪結いと忍者、どちらも目指すと決めたつもりだ。
でも、
 
 
(…この鋏をこんな風に使うなんて、)
 
 
なんでも使えるものは利用する。
それが忍者の鉄則だということは分かっていても、
やはりこの鋏は髪を切るためだけのものだ、人の血を流すためのものじゃないと、そう思う。
それでも身体は、まだ未熟といってもまるで、忍者のように、懐にあった鋏に手を伸ばしていた。
 
 
深く息をつき、その場にうずくまる。
髪を乱暴にされたことに腹が立ったのはもちろんだし、売られた喧嘩を買ったことには後悔は無い。
目立つ容姿と異性と関わることの多い髪結いという肩書きをもっていたタカ丸が、
ああいう輩に絡まれるのはそう珍しいことでもなかった。
 
 
ただ、あんな風に鋏を脅しに使ったのは初めてで。
ましてや今のタカ丸はそこらの人とは違う、それなりに過酷な鍛錬を積み、戦い方を学んでいる身。
 
 
 
「忍者のたまごが素人に手ェ出すなよ」
 
 
思わず自分のものかと誤解してしまいそうになったその言葉。
しかし声の主は自分とは違う。
タカ丸ははっとして顔を上げた。
 
 
「兵助くん…」
今朝、学園を出る前に自分が結った髪が目に入り、そう苦笑して呟いた人の名前を呼ぶ。
いつのまに忍び込んだのか。
 
「…見てたなら助け舟出してくれてもよかったんじゃない?」
全く気付かなかったことにも、さっきのいきさつを知っている口調にも、思わずふてた声になる。
「ま、あれくらいなら1人でどうにかできるかと思って」 
そりゃあそうだよ、だって一応鍛えてるんだよ。
兵助くんが忍び込んだことには気付けなかったけど、でも、
この前なんて綾ちゃんや滝くんや三木くんと一緒にうらうら山めいっぱい走りこんだんだから。
いつもならそう続くはずだった言葉も、今は自己嫌悪のため息に押し負けた。
そんなタカ丸に、兵助はひとの顔見てため息をつくなと、ひとつ頭を小突く。
 
 
「あいつ最近町でうわさになってたゴロツキだろ。
 これでしばらくは大人しくしてそうだな」
「…ふぅん」
「…お前が怪我しなくてよかったよ」
 
 
タカ丸の頭を小突いた手が、今度は金の髪を優しくなでる。
こそばゆくて、思わずふふっと笑みが零れた。
綺麗に整えた金髪がくしゃくしゃと不器用に乱される。
その感触が愛しい。
 
 
 
 
いつかこの鋏で血を流さざるをえない日が来ても、
だからといって髪結いか忍者のどちらかを捨てることはきっとできないし、したくない。
人の髪を結うことが好きな自分も忍を目指すと決めた自分も、同じ自分なのだから。
 
 
(うん…もう大丈夫、そんなに後悔してないよ)
 
 
目線を上げてへらりと笑うと、それを見て兵助も安息をついた。
何処からか外でのいざこざを見て、おそらく心配してくれたのだろう。
 
 
 
「あ、それより兵助くんさ、なんで急に来たの?」
タカ丸のその問いかけに、撫でていた指が一瞬凍りついた後、
「…偶々」
兵助は視線を宙に泳がせながらそう呟いた。
長い睫毛がゆれる目尻が微かに血色に染まっている。
 
 
心配だから迎えにきたって言ってくれればいいのに。
いまいち素直じゃないなあと心の中で呟いて笑いながら、伸ばされた手を掴んで立ち上がる。
 
 
「兵助くん、一緒に帰ろーね!」
 
 
 
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 
 
 
 
 
  
  
 
 
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花乃さんリクエストのカッコいいタカ丸です。
2万打踏んでくださりありがとうございました!
 
カッコいいタカ丸と伺ったときに町にいたころはヤンキー設定使用決定でした…
喧嘩してるタカ丸さんをずっと書きたかったので、
個人的にすごく楽しく書かせていただきましたv
タカ丸さんは色々真剣に考えて凹んだりすることはあっても、
わりとあっさりけろっと笑えて、それが他の人からすると凄いなーって感じならいいと思います。
リクエストどおりに私の文でちゃんとタカ丸さんがカッコよくなってるかなぁと不安ですが^^;
よろしければ捧げさせてくださいませ!
カップリング要素はありでもなしでもということだったのでがっつりありで(自重)
趣味に走っていてすいません…!
 
20000打ありがとうございました!