灰色林檎

 

 

 

 

白い花が青々とした葉を覆うように咲いている。
その枝垂れる枝の先にいる緑の制服は、見逃すはずがない。
 
 
「先輩」
 
 
 晩春のあたたかい風が髪を流し、それが首を撫ぜる。
纏わりつくその感覚にももういい加減慣れた。
とくに意味も無く伸ばしていたこの髪は、
あなたが綺麗だなぁと笑ってくれた日から意味を持った。
タカ丸さんに髪を綺麗に結う方法だって教えて貰ったんです。
 
 
名前を呼ぶと、あなたは振り返り、いつものようにふわりと笑う。
甘栗色の髪は光を浴びてよりいっそう明度を増す。
動き出す唇の紅色。
触れたい。
 
 
「綾部」
 
 
あなたの名前を呼ぶ声が好き。
私を見てくれるあなたの瞳が好き。
あなたの全てが好き。
 
 
「なにをなさっていたんですか」
「林檎の花摘みをしていたんだよ」
「どうして」
 
 
どうして千切ってしまうのです。
せっかく綺麗に咲いているのに。
花というのは美しくも命は短く、放っておいてもいずれ散るのに。
どうして。
 
 
「いい実をつけるには仕方ないんだ。
 林檎は胃腸をきれいにしたり貧血の薬代わりにもなるから、ちゃんと世話をしないと」
「そう」
 
 
仕方ない。
小さな花が有望な花のために散る前に捨てられることは、仕方の無いこと。
それでもどうしてもまだ、あなたより幼いこの頭では納得できない。
だって忍も人も、同じこと。
 
 
「秋になったら、大きな綺麗な実がなるよ」
「秋…」
 
 
もうあなたとここで季節を感じるのも一度だけ。
私はあなたのいないここで。
あなたは私のいない何処かで。
知らない所で季節とともに歩むのでしょう。
私は、隣を歩けない。
私はここであなたに思いを馳せるだけ。
 
 
「その時は剥いてくださいね」
「仕方ないなぁ」
 
 
次の春からあなたはいない。
 
 
「来年は、」
「え?」
「私が花を摘みます」
 
 
私だけがここにいる。
でも、きっと追いつきます。
あなたを追うから。
 
 
腕を伸ばし、か弱い小さな花を摘む。
いとも簡単にその花は手折られた。
それでも白い5つの花びらは美しいまま、柔らかな香を放っている。
小さいのにどうして、命は強いの。
 
 
「きれい」
 
 
花を甘栗色の髪で隠れがちな耳に添える。
私の言葉に目を褒めてあなたは笑う。
ああ、大好き。
 
 
「…こういうのは綾部の方が似合うよ」
「でも先輩の方が林檎みたいです」
「それはどういう意味?」
「美味しそう、ということです」
 
 
唇の端を持ち上げて笑うとあなたは頬を赤くする。
ほら、林檎。
愛しい赤、その頬にも唇にも、触れたい。
 
 
だってもうすぐあなたはいなくなる。
本当は、無神経に訪れる季節なんてどうでもいい。
ただ、この一年だけは。
 
 
あなたと共に。
 
 
 
  
  
  
  
  
  
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
  
  
  
  
  
 
 
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会話自体はありきたりでも、
綾部は内心いろいろ考えていそうです。
一途で伝わりにくい綾部推奨です。