手を繋いでもいいですか。

 

今日ほどあいつがあの馬鹿みたいな髪色をしてて良かったと思ったことはない。
真っ青な空から降り注ぐ強く明るい光がそれを照らし、
この人ごみのなかで唯一、俺からお前への道標となってくれる。
だがしかし、向かいから来る人間によってそれすらも危うい。
 
 
名前を叫んで人ごみを掻き分けて走りよる。
それだけのことをすれば今度こそこんな距離は生まれないのに。
なのに、それだけのことが出来ない。
勇気が無い。
実習で人を傷つけ殺めたことのある人間が何を今更とも思うが、
見知らぬ人の往来で声を発することは、俺にはできなかった。
羞恥心や自尊心よりも、人波から突出した頭だけしか見えないあいつが、
そのまま振り返らず離れていってしまうことが、この上なく恐ろしい。
 
 
ああ行ってしまう。
揺れる金髪がだんだん遠くなっていく。
もうとうに手を伸ばしても届かない距離。
駆け出そうとも思ったが、すれ違う人にぶつかって振り返って謝った後には、
そのまばゆい輝きは視界から消えていた。
 
 
思わず足が止まる。
だってこれ以上、どこへ行けばいいという。
もうどうしようもない。
俯けば幾度も人に踏み潰されて固まった道だけがみえた。
妙に寂しくてざわざわして、むかつく。
 
 
 
第一、なんだよ。
今度の休みに町で大きな市場がひらかれるから一緒に行こうとさそったのはお前のくせに。
なんでそんなにさっさと歩いていくんだ。
どうしていなくなるんだよ。
歩くの早いんだよ馬鹿。
背もまだ負けてるし足だっててめえの方が長いだろうけど、
それでもお前はいつも同じ速さで俺と歩いてただろ。
俺が些細なことで怒って拗ねて早足で遠ざかろうとすれば、
必死になって追いかけてくるのに、なんで今日に限って俺を置いていくんだ。
楽しみだねぇと何日も前からうるさかったくせに。
「いっぱい買い物して食べて遊んで、みんなにお土産話もってかえって、
ああそうだ今度は委員会の皆でもいければいいね」
一語一句間違えず、語られたその言葉と笑った顔を思い出せる自分が疎ましい。  
そうかよ、あれだけ楽しみだって言ってたのは、町に遊びに行けるからかよ。
俺は、違うのに。
 
町なんてべつにどうでもよかったし、
人ごみはそんなに好きじゃないし、
買いたいものとかとくに無いし、
でも、それでも、楽しみにしてたのに。
お前が隣にいる前提で、だからそう思ったのに。
思ったのに、全部俺の勘違いかよ。
とんだ御笑い種じゃねーか。
…往来のなかひとり立ち止まってなにしてんだ俺。
 
馬鹿みたい。
今日を楽しみにしてた俺も、
勝手にどこかへ行っちまったあいつも、馬鹿だ。
もういい、どうでもいい。
 
 
 
俯いたまま踵を返す。
ただむかむかして泣きそうになるから、
とにかく早く自分の部屋に帰りたい。
静かで、あいつと俺以外の人間はめったにいない、あの部屋に。
 
歩き出して一歩踏み出して二歩目が地面につこうとしたとき、
それと逆に働く力によってまた、俺は立ち止まった。
手首をきゅっとつかまれていた。
 
 
「…俯いて歩いてると、危ないよ」
 
 
うるさい。
自分勝手で自由奔放で、こんな気持ちにするお前なんて。
タカ丸なんて、知るもんか。
 
「兵助くん」といつもの声で呼ばれたけれど、無視を決め込んだ俺はそれに応えなかった。
けど、つかまれた手だけは振り解けない。
体温がひどく懐かしくて、どろりとした心をほぐすようで心地よすぎる。
 
 
「出かけるのなんて久しぶりだし、
  一日中兵助くんと一緒に居られるんだなぁって思ったら、
 楽しみでたまんなくて、ちょっと…すごく浮かれてた。
 ごめんね」
 
 
鼓膜を揺らすその声、
 
 
「ねえ、こっち向いて」
 
 
 そういって優しく肩を掴んでふり返させて、
未だ俯いたままの俺の顔を覗きこんできた切ない表情も、 
ちかちかして目に痛くて口では鬱陶しいという髪も、
いったいいくつ持ってんだっていうくらいころころ変わる表情も甘ったるい声も全部、近くになくて嫌だった。
手に届く距離にいなくて見つけられなくて感じられなくて違和感あるし寂しいし、
そういうこと感じる俺自身意味わかんない。
なんだってこうも恋しいと、感じるんだ。
 
 
「泣きそうな顔、しないで」
 
 
お願い、と優しく年上の調子で言われ、
挙句よしよしと髪を撫でられると、さすがに子供扱いすぎてむかつく。
 
 
「…泣いてないし」
 
 
顔を上げて睨んでやる。
睨んだというのに、迫力がなかったのかもう見慣れているのか、
タカ丸は「ようやく顔上げてくれた」と嬉しそうにふわりと笑うだけ。
ああもう。
 
 
「…どうやって俺を、見つけたんだ」
「どうって、名前呼んで、人掻き分けて走り回って」
 
 
タカ丸は見つかってよかったぁと言って笑う。
そういう、俺にはできないことを当たり前みたいにやってのけるとこ。
たまに羨ましくて、馬鹿みたいだと思えて、なによりも愛しい。
 
 
「…あの、さ、」
 
 
俺も勇気振り絞るから、
 
だから、
 
 
 
(手を繋いでもいいですか。たくさんの人の中にいると、とてもさびしく感じるから。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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お題「手を繋いでもいいですか。たくさんの人の中にいると、とてもさびしく感じるから。」(TVさま)
大人タカ丸とツンツン兵助。
はぐれた理由はほんとは兵助があんまり人前でべたべたしたくなくて距離とってたせいで、
でも本人は気付いてなくてタカ丸は分かってるけど黙ってるとかそんなかんじ。