Gの悲劇

 

穏やかで静かな週末の夕方。
かつかつとシャーペンの芯が紙の上を走る音と、
包丁が野菜を切ってまな板に打ち付けられるとんとんという音だけが聞こえる。
兵助が台所に目を向けると、タカ丸が手ぎわよく夕飯の用意をしていた。
耳をすますとなにかを煮込むことことというごく小さな音も聞こえくる。
もう幾度となく見慣れた光景だが、なんとなくその後姿に見とれてしまう。
ふいに、タカ丸がなにかを思い出したかのように動きを止め、包丁を置いて移動した。
その姿を無意識に追いかけると、タカ丸は冷蔵庫を開けようと手をかけていた。
 
夕食の香りが漂ってきたら、食欲が勝って集中できなくなるから、さっさと終わらせなくては。
そういえば今日の夕飯なんだろう。
兵助がぼんやりそう考えながら、課題に向き直ったとき、
 
 
「ひぃっ…!!」
 
 
うわずった叫び声に、シャーペンを持つ兵助の手が止まる。
何事だ。
反射的に立ち上がり声の聞こえてきた台所付近へ目を向けると、
泣きそうに顔をゆがめたタカ丸がこちらへ向かって走ってきていた。
 
 
「兵助くん!!助けて!早くっ!」
「ちょ、…なに?」
タカ丸は背中に回りこみ、体を縮こまらせ、兵助を後ろからずいずいと押してくる。
早く、早くと叫ぶような声で急かされるが、なにから助けてほしいのかがわからない。
 
 
「とりあえず落ち着け、背中押すな!
 どういうことかとりあえず説明してくれ」
「だから!奴が、ついに、来たんだってばー!!」
「だーかーら!奴って誰だよ!!」
 
タカ丸はそれを俺の口から言わせる気!?と涙目で怒鳴る。
完全に逆ギレだ。
それでも意味が分からないものは、助けようにも助けようがない。
兵助は息をついて、混乱状態らしいタカ丸にあらためて落ち着けと説得する。
頭を撫でてやると、それでようやく少し落ち着いたのか、タカ丸は一度深呼吸して口を開いた。
 
 
「ホームスティ!」
「はぁ?なんだよそ……!!」
 
また意味の分からん単語を、と聞きなおそうとしたが、思い当たる節があった。
兵助が顔を引きつらせると、タカ丸はご名答とばかりに頷く。
 
 
「い、嫌だ!」
「なんで!?兵助くん、蜘蛛なら倒せるでしょ!」
「あいつと蜘蛛一緒にすんなよ!
 つーかお前の部屋なんだからお前どうにかしろ!」
「はあ!?最低週4で泊まっていく癖に今更なに言ってんのさー!?」
「それとこれは話が違うだろ!とにかく嫌だ!お前始末しろよ!」
「無理!無理!無理!無理!」
 
 
タカ丸は強引に背中を押して兵助を台所の方へ突き出そうとするが、
兵助は踏ん張ってそれを拒む。
 
 
「兵助くんお願いだから!今日から毎日夕飯好きなの作るから!!」
「……っそれでも無理!」
「意気地なしー!!」
「お前もだろうが阿呆!
どうするんだよ、こうしてる間にあいつがどこか移動したら!」
「そうだよ!どうすんのさ、もしこっちに来たり、した…ら……」
 
 
長い押し問答からふと正気にもどったタカ丸は語尾をしだいに小さくさせながら、表情を強張らせる。
肝心の天敵を忘れていた。
兵助もそれは同じで、タカ丸が再び泣きそうな顔をしたのと同時にその存在を思い出す。
二人はそろり、同時に台所に目線を向ける。
 
 
「…っこっち来たーーー!!」
「に、逃げろっ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・で?」


 
眉をよせ、迷惑そうな表情を作る。
目下の2人はまだがっちりと抱き合っていたが、ようやく互いに安堵の息をついた。
 
「いや、はっちゃんがいてほんと助かった、です」
「お前な…久しぶりに自分の部屋に帰ってきたと思ったらなんだ、俺はパシリか」
「まさか、ほんっと感謝してる」
兵助はいたって真顔で礼を述べる。
もともと同室だったころから、この男の極一部の虫嫌いは変わらないのは知っているが、
よりによってこのところ入り浸っている先の部屋の主も同類だったとは。
八左ヱ門も流石に、2人が同じように泣きそうな顔で絶叫しながら縋ってきた時には驚いた。
 
 
「竹谷くん!ほんとにありがとう!!
またこういうことあったら頼んでもいい!?」
 
 
部屋の主であるタカ丸は心底安心したのか、今度は嬉し涙でも流しそうになりながら、
兵助の腕を離れて、ぎゅうっと八左ヱ門に抱きつく。
この人がスキンシップ過剰なのも相変わらず、
それを受け入れると途端に寄せられる鋭い視線も相変わらずだ。
 
 
「…あのなぁ、タカ丸さんも兵助もいい加減これくらいどうにかしてくれ自分で」
「無理ー!竹谷くんだけが頼りなんだよ!」
「んー…まあ駆けつけてやれるときはそうしてもいいけどさ…」
 
 
そのたびにタカ丸の賛辞を浴び、兵助に拗ねられてはこちらとしては困ったものなのだ。
横目で見ると、さっきまで感謝していた様子とは打って変わって不機嫌そうな兵助と目が合う。
八左ヱ門は苦笑いをこぼした。
 
 
「ま、一匹いたら30はいるっていうしなー」
「え!?」
「気をつけろよタカ丸さん」
「……兵助くん、今日泊まっていってくれるよね」
「………」
 
 
タカ丸が目を向けると、兵助は不機嫌な顔でそっぽを向く。
その態度にタカ丸はうぅと不安げに、また泣きそうに顔をしかめた。
 
 
「…そういうのはこっち来て頼んでくれないと、嫌だ」
「っ兵助くーん!!」
タカ丸が勢いよく、今度は兵助に抱きつくと、
兵助は再び手元にもどってきたその人にちいさく満足気な笑みを浮かべ、
その腕は後頭部の金色の髪を抱きしめていた。
 
 
 
 
「……じゃあ帰るからな」
そういった言葉はそこの2人には気づかれることはなく、
結局はた迷惑を喰らわされた八左ヱ門は盛大にため息をついてタカ丸の部屋を後にした。
 
 
 
 
 
 
  
  
  
  
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
  
  
  
  
  
  
  
 
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苦労人竹谷万歳!(ひ土井)
久々知の行動に「そんなのしなくたって盗らないのに」とか思ってすごく苦笑。
でもまた呼ばれれば絶対来てくれると思われる竹谷、男前すぎる。
でも、せめてもの腹いせにこの情報を三郎にリークする予定です。
竹谷は奴らを巧みに誘導して外に出してくれるので、
寮のいろんなところから引っ張りだこのホームスティ(=G)エキスパート^^