喧嘩のしかた
 
 
「このままいけば、
 地獄にでも行き着くんでしょうかね」
 
 
がっと硬いものと硬いものがぶつかりあう音がした。
 
 
「ずうっとずうっとこのまま掘っていけば、
 いずれ穴が開いてその下には針の山があるんでしょうか」
 
 
それでもがっがっとその音が止むことはなく、
ただいつになく饒舌な口調で語られる戯言と少し荒れてきた息とともに、
その深い深い穴のそこから聞こえてくる。
タカ丸はその言葉に、へぇと興味の有無が曖昧な返事を返し、ひとつ欠伸を噛み締める。
 
 
「伊作くんと喧嘩したんだ」
 
 
タカ丸のその言葉はあくまで疑問系ではなく、断言である。
聞かなくたって、無表情の代わりに行動が分かりやすい彼のことはわりと分かる。
その言葉に返事は聞こえなくとも。
 
 
もうずっと穴を掘り続ける友人を眺めているタカ丸は、
そろそろ飽きてくるだろうが、それでも蛸壺の隣に座って動こうとはしなかった。
ここまで見たなら完成するのを見たいと思う人の性か、それともまた別の意思があるのか。
 
 
 
「そちらはどうなさいました?」
疑問系が穴のそこから聞こえる。
おや、またさらに深いところまで堀り進んだようだと思い、タカ丸は耳を澄ます。
鋤が土を崩していく音が耳障りに響き続けていて、だんだんその声が聞こえ辛くなってきた。
 
 
「別にぃ?」
「その口調じゃあずいぶん怒っているように感じますけど?」
「綾ちゃんもその穴の掘りようからするとずいぶんお怒りのようだけど?」
今度はお互いに疑問系。
本格的に声が聞こえにくくなった。
こうやって話している間にも綾部は深い場所へ進み続けているのだから当然である。
 
タカ丸はようやく身体をうごかす。
しかし立ち上がって自分の部屋に帰るのではなく、四つん這いになって穴の中を覗き込むために。
 
 
「俺の方はまぁべつに、たいしたことじゃないんだけどね」
「それならさっさと仲直りなさればいいじゃない、です、か」
はぁっと荒い息が聞こえた。
なり続けていたがんっという音がどれくらいぶりだろうか、ようやく止んだ。
タカ丸がひょいと穴の中を覗き込むと、1人分の狭くて長い穴がずっと続いていた。
綾部はずいぶん遠いところにいる。
 
 
「でもやっぱり俺、ちょっと怒ってるもん」
「じゃあもっと喧嘩らしい喧嘩すればいいじゃないですか」
「どんな?」
「殴りあってもっと悪口いって」
 
 
綾部のその言葉に、タカ丸はそっかあと能天気に呟いてみる。
しかし殴り合いの喧嘩といっても相手は上級生だし、口喧嘩だってあの人は案外口が悪いしなあ。
タカ丸がそう呟いているときに、再びあのうるさい音が響きだした。
 
 
「喧嘩って難しいねぇ、綾ちゃん」
「一緒に、しないでくだ、さい」
「でも綾ちゃん、殴りあいも悪口いうのもできないでしょ?」
がっがっがとさらにさっきより硬いところを掘る音がした。
聞こえているかどうか分からなかったけど、
しばらくすると蛸壺の中から騒音に混じり、「タカ丸さんのばーか」という幼稚な悪口が聞こえてきた。
 
 
「綾ちゃんのくそったれー」
「タカ丸さんの女ったらしー」
「うわっひどいなあ」
「口喧嘩じゃあ負けませんよ?」
「俺も負けるつもりはないけどなあ。
あ、殴りあいはやだよ?」
 
 
俺に分がないもの、とタカ丸は呟く。
綾部は鋤を硬い土に突き刺して両手を離し、真っ赤になった掌を見つめる。
新しい血豆ができていた。
 
 
「まあ、タカ丸さんになんて負ける気しません」
「でしょうねぇ、でもいいもん。
 俺は綾ちゃんみたいに喧嘩できない訳じゃ、ないからね」
 
 
頭上から聞こえたタカ丸の言葉に、綾部はぴくりと肩を揺らす。
 
 
「………あんたはできるんですか」
「できて、殴られたからここに来たんだよ」
 
 
そう言われて初めて見上げた先のタカ丸の頬は少しだけ赤く腫れていた。
きらきら光る髪の下で、皮肉っぽく笑う表情が癪に障る。
綾部が眉を寄せて睨んでも、タカ丸はへらりと笑うだけだった。
 
 
「俺、喧嘩は難しいって言ったけど、できないとは言ってないよ」
「…タカ丸さんの性悪」
「そんなことないと思うけどなぁ。
 ほら、手貸すから、」
 
早く医務室いっておいで?
 
 
綾部はそういって差し伸ばされた手を躊躇せずつかみ、引き寄せる。
予期していたのようにタカ丸は力を込めて穴の中に落ちるのを寸前でこらえた。
本来なら力では負けるだろうが、綾部とて本気ではない。
 
穴の中に前のめりになっているタカ丸の頬に土で汚れた指先で触れる。
赤くなった頬に茶色い跡が残ったが、そんなことよりも、この痛みが羨ましかった。
悪口を言って、怒って怒らせて、殴られた傷。
頬のそれから少し目線を上げると、タカ丸と目が合う。
綾部が無表情で見つめるとタカ丸は唇を持ちあげると共に、笑った。
 
 
「…タカ丸さんのお節介」
「っ痛ぁー!」
 
 
悔し紛れに腫れた頬を抓り、
ひどいよと毒づくタカ丸を放って深い穴から体を持ち上げて綾部は歩き出した。
向かう先は、医務室。
タカ丸はそう確信して、痛む頬を押さえながら立ち上がる。
 
 
 
 
「俺も帰ろっと」
 
 
部屋に帰るときっと、薬なり冷やすものなんかが用意されているだろう。
早く治さないとぶった本人が一番気にするだろうから、
謝る言葉を準備して、さっさといつものように笑ってあげないと。
 
残された深い穴はどうするべきかと迷いながら頬を拭い、タカ丸もゆっくり歩き出した。
 
 
 
                                  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
***
綾部はなんかあっても言わずに蛸壺でストレス発散しようとしてたりとか。
喧嘩音痴ならいいなぁと思います。
タカ丸はもうちょっと素直にぶつかってもいいんじゃないかなって感じで背中押してあげたり。
タカくくタカは喧嘩とか頻発してればそれまたいいなぁと思います。
どっちにも喧嘩の原因があるときは謝るのはタカ丸。