懸想人

 

 
 
湿気を含んだぬるい風が青々とした木の葉を歌わせる。
もうすっかり、何もしなくても汗が額に流れるような季節になったのか。
早いものだなぁと思いながら私は青い空を見上げた。
 
 
ん?」
 
 
子供たちにドッジボールの審判を頼まれて校庭でにぎやかな声に囲まれていると、
ふと校門の方によく知った気配を感じて目を向けると、
やはり、赤茶色の長い髪を束ねた青年が事務員の小松田君となにやら会話をしていた。
遠目から見ても彼のその表情が笑っていることは明白だ。
 
大きな、これがまたお父上とよく似ている手で口元を隠し、くすりと笑う。
そんな彼に見下げられて小松田君は少し唇を尖らせ、拗ねたような表情を見せた。
彼がまた「相変わらずドジだなぁ君は」とでも笑ったのだろう。
 
彼は自分の口元を隠していた手をそっと伸ばす。
まっすぐにその手は甘栗色の小松田君の髪に触れ、くしゃくしゃと少し乱暴に掻き撫でていた。
小松田君は入門表を胸の前で抱きしめたままそれを受け入れ、彼を見上げる。
彼の唇が動く。
 
 
「ただいま」
 
 
赤みを帯びた髪がゆれ、その目元がどう細められていたかは覗けなかった。
だが口元はそう言葉を刻んだ後、確かに笑みを浮かべた。
それを聞いた小松田君は、とびっきり嬉しそうな表情で彼に微笑み、言った。
 
 
「おかえりなさい」
 
 
小松田君は優しい眼差しを向けている。
きっと彼も同じような顔をしているのだろう。
小松田君の前だけで見せる顔を。
 
 
 
彼は昔から才能があった。
人を殺め、人に知られてはならぬことを為し、傷つけることの。
まあお父上がお父上だし、彼がこの道を歩むと決めたことはもっともらしいといえばそうだ。
だが彼はまだ若い。
あまりにも若く、忍として優秀すぎた。
 
だから私は彼を見るとどうしても、たまにね、心苦しくなることがあった。
辛いことばかりしか彼は知らないんじゃないかと思い、同情した。             
人が知るべきことを彼は知らないんじゃないかと、憐れんだ。
 
だがその心配はもういらないらしい。
 
 
 
小松田さんに笑って差し出された入門表のど真ん中に、彼は名前を書き込む。
するすると筆が流れていくのをじっと小松田君は眺めていた。
嬉しそうにまぁ、笑みを浮かべて。
入門表へのサインはにあの2人の「ただいま」「おかえりなさい」の後の儀式のようなものだものね。
彼が小松田君のもとへ無事で帰ってきたという、証。
それを再確認するように見て、2人は視線を交わし、笑いあった。
 
 
 
 
 
 
 
「先生、ちゃんと審判やってくださいよ!」
 
 
くいと袖を引かれて振り返ると、きり丸が不機嫌そうに私を見上げていた。
他の子たちも先生先生、と私を呼ぶ。
私は思わず苦笑をもらした。
 
「ごめんごめん、ちょっとね」
「もー何やってんすか」
きり丸の丸い瞳が私を写す。
その中には、勝手に笑みが零れている自分がいた。
至極楽しそうだ、と人事のように思いながらその目を見つめる。
 
 
いや、」
 
 
人ひとりと出会うだけで、まるで変わった彼を横目で覗いて笑う。
彼は昔よりもずっと、年相応のやわらかい笑みを浮かべている。
人を想い、それだけ人らしい顔ができれば、かつて抱いていた心配が馬鹿みたいだ。
それだけ大きい存在へとなる人と出会えたことは、きっと幸せだろう。
 
 
 
「この先もおもしろそうだと、思ってね」
 
 
 
彼の行く末も、彼を変えた小松田君も。
 
2人の浮かべる笑みがあまりにも優しく眩しいから、そう思った。
私はきり丸の髪を撫でてにこり、笑う。
 
 
 
さて、子供たちの試合が終わったら挨拶に行こうとしようか、利吉君。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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王様のお誕生日にささげます!短くてすいません
遅れてしまった上に、土井先生視点というあたりやはり私の趣味に走ってる(KY!)
利吉さんに土井先生が超笑顔で接近注意報発令フラグがギンギンでごめんなさいorz
 
懸想人は、人を想う人、恋い慕う人のことだそうです。