恋情が牙をむく

 

ふと見下げた自分の拳は傷だらけだった。
小さなものなら擦り傷、切り傷、火傷、痣、なんだってある。
子供のころからずっと風魔で忍者になるために学んできた、その証。
誇らしいと思うし恥じてはいないが、綺麗だとはとてもじゃないが言いがたい。
 
 
「ん…」
 
 
寝息に紛れて聞こえた微かな声に隣を見ると、
綺麗に黒々と輝く髪が、夏夜の熱気と疲れで浮かんだ汗で白い背中にはりついていた。
丸まった猫みたいに力の抜けた両手を顔の前に放り投げて眠る姿は少し幼く見えるのに、
白い肌と黒い髪と上気した頬の赤みは、そこに眠る彼はひどく艶やかに感じさせる。
常日頃から美しい人だけど、自分しか知らない姿だと思うと、より一層好ましく思った。
寝苦しいのか、小さなうめき声を上げて、彼は顔をしかめた。
細い手の指をぴくりと震わせる。
 
 
「仙蔵」
 
 
眠りを妨げるつもりは無い。
ただ、小さく、呼びたいと思ったその名を呟いただけ。
それは湿気を含んだ夜の空気に染みこんで消え、彼は安らかな顔で眠り続けた。
黒い髪が頬にかかっている。
 
 
「仙蔵、せんぞ、」
 
 
眠りを妨げるつもりは、無い。
けど、建前に反して、空しさが込み上げてきた。
情事のあとに一人だけさっさと寝ちまうなんてひどいと思わないか。
 
 
「…仙蔵」
 
 
白魚みたいな傷だらけの手。
矛盾してるようにも思うけど、そう思える彼の手に指先をほんの少し、触れさせる。
熱い皮膚に神経が反応する。
手の甲から指先、爪までゆっくり触れながら、傷のひとつひとつを確かめていく。
火傷のあとや切り傷などの、人目を引くほどの大きな傷はないが、
同じように小さな傷がたくさんあるのに、それすら美しいように感じる。
愛しい彼のものなら、その傷でさえ愛したいと思った。 
 
 
だが、それと同時に、ある欲情を感じる。
それはぞくりと心臓を震わせるようなもので、どうにも歯止めがきかないものだ。
俺は彼の手をとって、力を込めてぎゅっと握った。
 
 
「っな、に…?」
 
 
眠りから覚めたらしい仙蔵の苦しげな声が耳元で聞こえた。
怪訝そうだが、まだ眠気が抜けないのかとろんとした瞳が俺に焦点を合わせる。
俺は小さく唇に笑みを乗せた。
それに仙蔵が首を傾げている間に、白い手を自分の口元に引き寄せる。
 
 
「与しろ、なにを…、っあ!」
「ん」
 
 
細い中指を口に含んで奥歯をたてる。
皮膚に歯がささった痛みに仙蔵は目を大きく見開いて、形良い眉を寄せる。
 
 
「やっ!」
 
 
泣きそうな悲鳴に近い声に苦笑しながら唇を離すと、
仙蔵の長い中指には真っ赤な歯形が、血を滲ませて残っていた。
くっきりと傷になっている。
 
 
 
「…野生動物みたいなことをするな」
「動物だべ、立派な雄」
「阿呆っ」
 
 
不機嫌そうに顔を背けるが、真っ赤になった頬は隠せていない。
頭のいい仙ちゃんは知ってるはずだ。
 
 
牙をむくことは動物の一種の求愛行為。
愛していると伝えたいのだ。
仙蔵の歴史に俺を刻んでほしいという欲望の表れ。
 
 
 
「仙ちゃん、おいしい」
「発情するな!」
 
 
唇を寄せようとすれば乱暴に前髪を掴まれて押し返されたが、
その手を再び掴んで口付けると、仙蔵の唇から諦めたようなため息がこぼれた。
それを勝手にしろとの思し召しだと判断して、俺はにぃっと笑う。
まだ夜明けまでは時間があるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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お題「恋情が牙をむく」(ラノララクさま)
 
加宮さんのお誕生日にお捧げします。
遅れてすいませんでした…!
情事後に先に寝られちゃって拗ねる与四郎さんとなんか色々慣れてきた感じの仙さま。
鬼畜っぽいというか獣っぽい与四郎さんが書きたかっただけです…!
指を噛ませすぎてすいません(第一号=斉藤さん/増える予定あります)
その上短くてすいませんです!
こんなものでよろしければ受け取ってくださいませ!