かつかつ、無言が続く空間に、シャーペンの芯だけが音をたてる。
クーラーはまだ使っていない。
今日は風が気持ちいいし、少し曇りがちだから、部屋の窓を全開にしているだけで十分だった。
もちろん暑いかと聞かれれば、暑いのだけれど。
ノートに文字を刻んでいた手を休め、額の汗を拭う。
テーブルをはさんで向こう側には、生物の教科書とワークと対決中のタカ丸が俯いている。
かつかつ、問題を読んでいる最中なのか考え込んでいるのか、
長めに出されたシャーペンの芯で、規則的なリズムをとってテーブルを打つ。
奥の大きな窓から風を吸い込む。
部屋のなかでは小さな気流が涼しげに金髪をゆらしていた。
俺は、前髪がさらりと揺れた向こうで真剣な目をしているタカ丸を覗く。
金髪で派手で締りなんて無いに等しいような顔してるくせに、案外真面目な奴だ。
俺は知らないけれど、授業中はこういうふうな顔をしてるんだろうか。
こういう、真剣な顔は嫌いじゃない。
ひとしきり眺めた後、俺も自分の参考書に意識をもどす。
集中しよう、と気を引きしめた時だった。
「ねぇ、兵助くん」
今まだ黙って勉強していたタカ丸がふと名前を呼んだ。
再びタカ丸に目をやれば、奴はいつものように締りのない笑みを浮かべていた。
飽きるほど見慣れたそれも、嫌いじゃない。
「チューリップがなんで赤、白、黄色なのか知ってる?」
「…知らない。俺、生物専攻してないし」
俺は物理の専攻だ。
だからタカ丸に勉強を教えてほしいと頼まれても生物は専門外だし(だからはっちゃんや同級生に教えてもらってるらしい)
植物や動物の生態やらに特別知識があるわけでもない。
そう答えると、タカ丸はうれしそうに笑みを浮かべた。
「花は虫に花粉を運んでもらうでしょう。
だから、ここだよおいで見つけてって呼んでるだよきっと」
「…憶測かよ」
子供みたいな言い草に苦笑する。
色なんて色素のある細胞のはたらきだろうし、そうなってるだけで意味なんてあるんだろうか。
絶対そうだよとやたら自慢げに笑うものだから、
実際のところどうなのか、こんどはっちゃんに聞いてみようと思っていると、タカ丸がまた話しはじめた。
「だって俺も同じじゃない」
タカ丸は頬杖をついて、形良い唇の端をくいっと上げて笑う。
真剣なそれとも緩やかなそれとも違う、一番俺が知っているだろうそれ。
その表情はなんというか、どれだけ知っていても、未だ慣れることはできない。
タカ丸は鮮やかな自分の金髪を指差した。
「ここだよおいでって呼んでるんだよ、兵助くん」
惑わすような声や雰囲気も、
まっすぐに射るように見つめる笑った目も、
いつもとちがう曲線を描く唇とかそこから吐き出される甘ったるい言葉諸々。
いつまでたっても慣れないそれを嫌えないから困っているのだ。
「…チューリップってキャラじゃないだろ」
「えぇー、そお?」
そりゃそうだろうよ。
チューリップは甘ったるいだけだ。
虫を射止めて落とす毒も棘の有りはしない。
「でもさ、俺が花なら、兵助くんは綺麗な黒い蝶だよね。
あ、けどやっぱりそれはだめだなぁ」
蝶はひらひら、いろんな花に飛んでいってしまうものねぇ。
タカ丸がそう言ってすこし寂しそうにわらったから、それを鼻で笑ってやった。
馬鹿なやつ。
お前が花なら、俺はその蜜で誘われ毒と棘で羽をもがれた蝶。
とっくに諦めてるんだから今更だ。
「もう逃げられるもんか」
***
タカ丸は思ったことをほんとなにも考えずに言えばいい。
天然質の誘惑癖があればとてもいいです。