花火×赤タカくく

 

様々な呼吸や食べ物や汗の匂いをかいくぐり、赤髪がゆれる後姿を追いかけながら、
俺は人口密度の高い人ごみを掻き分けて川原を歩いた。
視界がうっすら暗いから、対向して来る人ごみにぶつかりそうになるのをどうにか避けて進む。
俺の淡い色の浴衣とは異なる黒いそれの背中にかかる赤い髪はなんだかよく映えて、
赤と黒を身にまとった斉藤が、妙に綺麗に思えた。
 
 
「あ、」
 
 
ふと、その背中が止まる。
俺もそれに合わせて足を止め、川原の土手で立ち止まる斉藤を見上げた。
 
 
「見て、久々知先輩、始まったよ」
 
 
斉藤の声に顔をあげると、ちょうど、ひゅるひゅると高い音がして光が空に上っていった後、
大太鼓をおもいっきり叩いたような景気のいい大音量と共に空に花が咲いた。
薄闇色の空がいっきに色づき、川の水面を黄色く染める。
視界がいっきに眩くなって、俺は目を細めた。
 
 
「きれいだねー、来て良かったでしょ?」
「…そうだな」
 
 
ほんとうはあまり人が多いのは嫌だったけど。                           
花火を打ち上げる大きな祭りがあるから行こうと誘われたときも乗り気じゃなかったし、
半ば無理やりつれてこられた今日も、さっきまではそれほど楽しいとは思わなかったのだけれど。
 
いつもは上辺だけの笑み以外は大人びていたり性悪な顔をしている斉藤が、
いつになく子供みたいに笑うのを見れば、なんとなくこういうのもいいかもしれないと思ってしまう。
 
斉藤は口元に笑みを浮かべたまま、あぁまた上がったよと花火を見てははしゃぐ。
その横顔は、どんどん打ち上げられていく多彩な花火の鮮やかな光に照らされ色彩をとりこみ、
いつにも増してその人好きする端正な顔立ちが際立つようで。
 
 
「あ。久々知先輩、なぁに、俺に見惚れて」
「…違う」
 
 
まだ見惚れてない、未遂だ。
言い訳にすぎない言葉は揚げ足をとられるだけ、と学習しないほど頭の悪い俺じゃない。
俺はその言葉を飲み込み、するりと目線をそらした。
 
しかし今度は、そのそらした先にいた派手な浴衣の数人の女が斉藤の横顔越しに目線にはいってきた。
浮かれた表情でこそりと動く唇が呟く言葉が、読み取れてしまった。
そういえばこの前、読唇術の授業があったばかりだ。
しまった、と思ってももう遅い。
反射的に読み取ってしまったのは、「ねぇあの赤髪の、」という部分だけだったが、
そこから先の言葉なんか、想像するのは容易い。
 
そりゃあそうだろうな。
諦めにも近いため息が腹のそこから這い上がって、口からこぼれる。
 
斉藤タカ丸という男の顔立ちのよさや優男のような雰囲気はよく知っている。
短所といえば、性格に難はあるものの、上辺を見る分には差し支えない。
だから女が騒ぐのなど当然のこと。
そんなこと、とっくに知っているのに。
 
 
どうして。
 
ため息を吐き出した後の腹の中にはずしんと重いどろどろしたものが残っていて、
その感情の名を知らないほど子供ではない自分が嫌になる。
いっそ知らないふりをして綺麗だなと笑えればいい。
だが、口を開けばとてもじゃないが好ましくない、例えば「もう帰りたい」とかそんな言葉が出そうで。
俺は唇を結んで、俯いて堪えるように目を閉じた。                                 
 
 
ああ、斉藤は花火に似ているのだ。
華やかに艶やかに誘い、そのくせ近づいて触れれば身も心も焼けてしまう。
それだけならいい。
焼け焦げてしまう覚悟はできている。
でも、誰にだって好かれるそれを俺だけのものにしておくのは難しそうに思えてしまう。
 
 
 
「ねぇ、」
 
ひっそり、隣でささやく声がした。
思わず肩をゆらして、それに促されるように顔を上げると、
斉藤が唇と目に笑みを滲ませて俺を見ていた。
 
一歩、斉藤が前に踏み出すと、視界には斉藤しか写らなくなって、
向こうから覗き見する女たちには分からないようにこっそり、手を捕まれた。
ゆるい力で捉えられ、まっすぐに見下ろされ、笑みを見せられる。
 
 
「花火終わったら帰ろうね、兵助」
 
 
見透かしたような目。
意地悪く歪んだ唇に、毒々しく甘い声。
そう笑う顔がひどく楽しそうで嬉しそうで性悪に、俺の目に映る。
あの女たちには分かりもしないだろう、このろくでなし男のこんな顔。
花火なんて綺麗なものに例えた俺が馬鹿だった、と小さく息をついた。
 
 
そうやって笑え。
その目で俺を見て、その声で名前を呼んで、その手でこの身を抱けばいい。
俺だけを愛して、俺に閉じ込められて、縛り付けられていればいい。                  
みっともないくらいにお前を束縛したがる俺を、同じだけの独占欲で、お前のすべてで縛ればいい。
花火のように儚いわけでも、綺麗なわけでもない、俺とお前はこれくらい浅ましくて丁度いい。
 
 
きっとこういうろくでもないことを思っていることだってお見通しのくせに、殊更、うれしそうに笑うものだから、
俺は繋ぎとめるようにぎゅっと、力をこめて指を絡ませた。
 
 
「離れてくれるなよ、タカ丸」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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夏プロジェクトリクエスト  花火大会×赤タカくく
現代はまだいまいちイメージがわかなくて結局室町に^^;
いずれ現代赤タカくくも書きたいと思っておりますので、お待ちいただけると嬉しいです。
久々知先輩も赤タカも、独占欲がえげつないくらいに強ければいいなぁと思います。
赤タカくくはお互いにすごく依存してて重たいくらいがちょうどいいと思ってなりませぬ…
そう思ってつい重いほうへ重いほうへと暴走してしまい、花火大会という題材いかしきれてない感が否めない-ω-;
いつもと滞りなく変わらず、私だけが楽しいパターンでしたすいません楽しかったですorz
 
Mayuさん、リクエストありがとうございました!