夏は暑い。
この上なく暑い。
暑くて、イライラ、する。
「ああ!?暑苦しいのはお前だろうが!」
「テメェには言われたくねぇ!!」
汗が頬をつたって流れ落ちて、砂にじわりと染みになった上では、
留三郎と文次郎が互いに胸座を掴み、額をこすり付けて怒鳴りあっていた。
夏になれば頭に熱がこみ上げてきて喧嘩っ早くなるし、
それをどちらからともなくふっかけると、もちろん殴り合い蹴り合いになるのは当然で、さらに暑さは増すばかり。
不毛な争いだ。
わかっては、いるのだけれど。
文次郎が拳を固めた。
それはほとんど合図のようなもので、
反射的に留三郎は土を踏みしめ、両手を体の前で固める。
睨む視線が噛みあうのはほんの一瞬で、先に地を蹴ったのは留三郎だった。
「こちとら、暑くてイライラしてんだっ!」
固めた拳が目の前のこめかみに向かって風を切って伸びた。
鋭い音がするそれを、文次郎はすばやくかわして、
半歩身を引き、次いで繰り出される拳を腕で防ぐ。
文次郎は、じん、としびれる痛みに、この馬鹿力めと舌を打った。
「そりゃあ、こっちだって同じことだっ!」
めがけてくる拳を避けると同時に土を蹴って、距離を詰める。
一瞬顔をしかめた留三郎に向かって、文次郎は踏み出したのと逆の脚を大きく蹴りまわした。
しかし、風を切って繰り出されたその回し蹴りを、留三郎は間一髪で回避する。
後ろに避けたその足で、一旦、拳が届かない距離まで体を離した。
汗を含んだ前髪が動きの反動でゆれる。
夏の暑さに茹だされた眼が、互いににらみ合う。
互いに感じるものは、暑さと苛立ち。
しかし、それだけではなかった。
もう5回、同じように夏を越えているのだ。
夏は暑い。
この上なく暑い。
暑くて、イライラ、する。
しかし、それだけではなかった。
暑さで馬鹿になっているのだろうか、
こうやって喧嘩をすることも、6度目となると、それすら風物詩のように思えてくる。
互いの強さを知って感じて、さらに自分を高める。
今まで幾度と無く繰り返された喧嘩にだって、相応の意味と価値はある。
お互いに、2人は口の端を吊り上げた。
ぎらぎらと鋭い眼が好戦的に、楽しげに笑う。
「文次郎、いくぞ!」
「かかってこい、留三郎!」
互いに構えた格好に隙はない。
汗が伝う額を拭うことさえ忘れてしまう。
固めた拳がまたも合図となる。
2人は同時に地をけった。
「あっちぃ…」
蝉の叫び声に負けるほどの声で、留三郎はひとり言つ。
喧嘩は勝者も敗者もなかった。
互いに殴りかかった瞬間に、投げ込まれた焙烙火矢のおかげで中断となったのだ。
お互いに反射的に飛びのいて爆発に巻き込まれるのは避けられたが、
問題のそれを投げ込んできた犯人が整った顔に青筋を浮かべながら冷笑して、
次々と焙烙火矢を構えてきたものだから、それどころではない。
留三郎は命からがらにその場から逃げ、今は静かな木陰に腰を下ろしていた。
立花仙蔵という男の変温動物さながらの暑さと寒さ嫌いも困ったものだ。
1年生のころから気温には弱かったが、6年になって凶暴性を増したものだから性質が悪い。
「人の視野に入るところで暑苦しいことをするな」というだけの理由で殺されかけるなんてまっぴら御免だ。
留三郎はぬるい息を吐いた。
「おい」
「…は?」
背後から聞こえた声に振り返ると、文次郎がしかめっ面で立っていて、
ん、と差し出されたのは、とろりと少し溶け始めたアイスだった。
「…俺に、か?」
留三郎がぱちりと瞬きしながら文次郎が差し出すアイスを受け取ると、
文次郎は隣に座りながら、もう片方の手に持っていたアイスにかぶりつく。
それにはっとして、留三郎も溶けかけたそれを急いで舐める。
舌に甘くて冷たい感覚がして、少し汗がひいていくように感じた。
「…お前が、」
「へ?」
「バテてると、相手がいなくて俺が、つまらんからな」
文次郎がそう言って顔を背ける。
微かに見えた汗ばんだ頬が血の気を増していた。
じわん、と舌に感じる温度が、それ以外の場所の温度と半比例して冷たく感じる。
留三郎は小さく目を細めた。
「似合わねぇー…」
「うるせぇ」
そんなもん、自分が一番知ってる、と文次郎が顔を背ける。
留三郎は熱気でもろくなったアイスを噛み砕きながら、逆のほうに顔を背け、小さく呟いた。
「ありがとな」
蝉の声に負けたって、隣にいる奴に聞こえていれば、それでいい。
木陰の下をぬるい風が通った。
たまには、休戦。
こんな夏の日もいいかもしれない。
そう思ってどちらともなく小さく微笑んだのは、互いに顔を背けていては知り得ないことだった。
***
夏プロジェクトリクエスト アイス×文+留
留→←文臭がするようにしてみたかったのですが…無臭ですか、そうですか。
この2人は、喧嘩しつつ仲良かったりギンデレ(勝手に拝借←)だったりならいいなぁと思いました。
初めての組み合わせへの挑戦でしたので、時間がかかってしまいすいませんでした!
でも格闘シーンとか書いてみたいなぁと思っていたのも入れ込んでみたりして、
楽しく書かせていただくことができました!
室町設定なんですが、当時って氷菓子とか高級品でしょうね…
でもきりちゃんが確かアイスキャンディー売ってたような気がするので…うん!(自己完結)
仙さま、微妙に友情出演でした!
加宮さん、リクエストありがとうございました!