めもろぐ5

赤タカくく(加宮さんの書かれた180度与仙の妄想番外編)/池田三郎次の憂鬱/泣き方2(斉藤タカ丸が見た鉢屋三郎の場合)/予算会議後妄想(火薬)/予算会議さらにその後の夜の妄想(くくタカ)

 

 

 

 

 

・赤タカくく(加宮さんの書かれた180度与仙の妄想番外編)


立花先輩に手を出したという噂が元で錫高野先輩にボコボコにされた斉藤は、
3日間の面会謝絶というかなりの大事になってしまった。
もちろんそれは俺も例外ではなく、今日まで見舞いに行くことすらできなかった。

「…斉藤、」

名前を呼んで、斉藤の部屋に足を踏み入れた。
3日ぶりだ。
相変わらず香油や他の奴らの部屋とは異なる香りが鼻腔をくすぐる。
斉藤はおろされた赤錆みたいな目立つ髪をふわりと揺らし、

「久々知先輩」

布団の上に座ったまま振り返って苦笑を見せた。
まだ頬の腫れは残っているようだし、あざも消えてはいない。
いつもは華やかで綺麗に整えられた容姿も、今は痛々しいばかりだ。

「飯食ってるのか、ちゃんと」
「口の中がまだ痛くて、あんまりかなぁ」
あの日に比べればましにはなったもののまだ完治には遠い傷跡のせいで、
この3日で少しばかり弱弱しくなったんじゃないかと思う。
だが、へなっとしまりのない苦笑を浮かべ、当の本人は苦笑ばかりだ。

「…あんまり怒ってないんだな」
「あー、うん、いい加減こういう修羅場には慣れてるしねぇ」
流石にここまで酷いのは初めてだけど、と言って、
包帯の巻かれた右手で髪をかき上げる。

確かにこの男は余罪も多いしそういう噂も絶えないし、事実ついこの間まで生粋の遊び人だった。
こうなったのもなにかのツケが回ってきたとしか言えないが、それでも普通もっと怒るんじゃないか。

「…馬鹿だなお前」
「そうだね、結構頭悪いかな」

おいで、というように手を伸ばされ、腕をとられて引き寄せられる。
抵抗はせず、それに従って斉藤の隣にしゃがみこむと、
くしゃりくしゃりと大きな華奢な手で髪を撫でられた。
久しぶりに感じる体温が思った以上に、心地よかった。

「…もっと怒れよ。
 俺はお前のこと助けられなかったし、
 そのせいでお前、その手だって怪我したんだろ…」

忍者でも髪結いでも利き手を怪我するなんて、致命的だ。
もしも俺があそこで、お前を救えていたら。
そう考えると頭が痛くなって意図せず罪悪感に襲われる。
いっそもっと、起こって貶して蔑んでくれればよかったものを。

「でも髪は結えるし、こうやってあなたの体温も感じられるよ」

斉藤は笑う。

「あの人おっかなかったしさ、俺だって誤解招いちゃった訳だし仕方ないんじゃない?
 だからもう、兵助が気にすることないよ」

いつもみたいな緩まったものじゃなく、
多分俺しか知らない、名前で呼ぶときしか出さない、こいつらしい声と表情で。
それにはいつも心臓がきつく締め付けられる。

「兵助」

髪を撫でていた手を顎に添えられ、
いつもはしない薬草の臭いが鼻先を掠めるとともに口を吸われる。
唇を押しつけられ、息を吐き出そうとすれば舌を絡めとられた。
窒息死に追い込むような執拗な口吸いには未だ戸惑う。
思わず喉が震えそうになった。

「っん」

しかし声を漏らしたのは奴の方。
ああそういやさっき口の中がどうこう言ってたばかりじゃないか。

「…お前ほんと馬鹿。
 いいか、ぜったい安静だからな」
「えー」
「先輩命令だ、斉藤」

釘を打つように苗字を呼べば、斉藤が何もできなくなるのは知っている。
それを利用すれば「先輩はずるい」と苦笑されるが、今はずるくたって構わない。
そう思って早々に部屋から退散しようとすると、
「待って」と言って手をつかまれて足止めされてしまった。

「…今ちょっと疲れてるから、一人にしないで。
 できれば名前で呼んで、俺のこと抱きしめて?」
「…我侭言うな」
「体中痛いけどさ、兵助がいれば全部我慢できるんだよ」

俺の特効薬、と笑いかけられてそれを直視してしまえば、落ちたも同然。
心臓がどくりと大きく飛び跳ねた。
眉を下げて懇願するように見つめられ、どうして逃げられよう。


「…不細工な顔すんな馬鹿」
「こんな色男に失礼な」
「タカ丸、黙って、」


ちょっとくらい大人しく俺に抱きしめられてろ。
耳元でお前にだけ聞こえるよう、謝るから。
そしたらどうか、その痛む手で俺を強く抱きしめて。

 

 

 

 

 

 

・池田三郎次の憂鬱

   
最近、胃痛が酷いんです。
原因はまあ身に覚えが、ありすぎるほどあるんですが。


「ねぇ兵助くん兵助くん!
 さっきくの一の女の子に聞いたんだけど、
 今月天秤座と魚座の相性最高なんだってっ!」
「へぇ、つーか暑いから抱きつくな」
「だから明日デートしよー!」
「関係ないし!人の話聞けよ!」


その原因は委員会の最中だというのに自重しない人たち。主に金髪。
べたべたと抱きつかれるのを拒む理由が人目を気にしてではなく、
あくまで自分本意だというあたり久々知先輩もどうなんだ。
この人たちの近くにいると、雰囲気とか会話にあてられる。
ああまた胃の奥が痛み、むかむかしてきた。

「…せんぱ、」
「まーまー」

べたべたするなと言ってやろうと口を開くと、ちょいちょいと裾を引かれた。
振り返ると苦笑した伊助が俺を見上げていた。

「なに言っても無駄だと思いますよ、諦めましょ」
「でも流石にウザ…目に余るだろう」
「それは…そうですけど」

否定はできまい。
伊助は久々知先輩に後ろから抱きつくタカ丸さんを見て困ったように笑う。

「あのばっ…タカ丸さんさっさと仕事しろよ…!」
「でもタカ丸さんばっかりじゃないみたいですよ。
 あの人たちはタカくくタカだからって」
「……誰がそれを」
「庄左ヱ門です。で、庄左ヱ門は鉢屋先輩から」

伊助はよく意味は分からないんですけど久々知先輩もタカ丸さんが大好きなんですよ、と笑う。
あの人もほんと、いい加減にしてほしい。
風紀を取り締まるはずの学級委員のあんたらがそんなだから、
不純同姓交流が深まるんだ。
俺は何度目かもわからないため息をついた。

「まあでもウザ…目に余るのは主にタカ丸さんだから…」
「けど分からないですよ。案外久々知先輩って天然だから意外といちゃい…」


「つーかまたくの一教室いってたのかよ!」
「わ、ちょっ兵助くん!」
「煽ったの誰だ?」
「ちが、ってゆうか兵助くん昨日も…あッ!」


「………胃が痛い」
「…僕もです。土井先生に胃薬貰いに行きましょう」
「それ効果無くないか…?先生日々悪化してるだろ」
「あいたたたたた」

 

 

 

 

 

 

・泣き方2(斉藤タカ丸が見た鉢屋三郎の場合)


鉢屋三郎って人は何かと偏屈そうに見えて、案外単純だ。
けど手に取るようにその心のうちが分かったり、
俺の言葉にどういう反応をしてくれるのかが分かるってほどでもなくて、
基本的に意地が悪くておもしろければなんだっていいって人なんだ。

兵助くん曰く、
「お前と三郎ってちょっと似てるよな」
らしいけれど、そうかなぁ、そんなことあるかなぁ。
だから「俺はあんな性悪じゃないよ」と言って笑うと、
そういうところだと吐き捨てられてしまった。心外。

実際のところ、どうなんだろう。
三郎くんは嫌がりそうだよね、俺と似てるなんて聞くと。
まあそれはともかく、三郎くんは意外と単純な人です。
趣味が合うからわりと仲は良くて、今日も一緒に映画を観てたんだけど。
あ、俺三郎くん泣いてるの初めて見ちゃった。

ずっと鼻をすすって、ぽろぽろと涙を零す。
三郎くんの目はうちのテレビに映し出された少し古い映画に釘付けだ。
俺はもう何度も見たことがある映画だから、俺の興味は三郎くんへ向いていた。
随分幼く泣くんだね。
いつもどっか大人びてる三郎くんだから、少し意外。

三郎くんは堪えきれずに溢れた涙を乱暴に拭う。
ああ、そんなにすると腫れちゃう。
俺が黙ってティッシュを渡すと、三郎くんは奪い取るようにしてそれを受け取った。
なーんかかわいいなあと思ったけど口には出さない。
俺はそんなこと言っちゃうと、次からもう俺とは映画観たくなっちゃうでしょ。
泣きたい映画観るときに一人ぼっちなんて寂しいもん。
ね?

「あー…」
「泣けるでしょ、これ」
「…ん」
三郎くんは映画を終わってからもう一度、ぐずりと鼻をすすって赤い目を拭う。
真っ赤な目が俺の方を向いた。

「…今度は、俺が泣けるの持ってくる」
「うん」
「ぜってぇ泣かしてやる」

泣きつかれた顔を少し赤くして、三郎くんは強気にそう言う。
睨むような目はぜんぜん怖くなくて、ああなんか年下だなぁって思った。

三郎くんはやっぱり思った以上に分かりやすい人だ。
なんか俺たち似たもの同士らしいから、気持ち分かるし。
次も目ェ腫れないように高級ティッシュ用意して一緒に観てあげる。
だから、

「泣きたくなったらまたおいで」

 

 

 

 

 

 

 

 

・予算会議後妄想(火薬)

   
 
「…散々な目にあった」

久々知先輩は重たいため息をつきながら、廊下に座り込む。
向こうではまだタカ丸さんと伊助が背中を這いずり回る虫に悪戦苦闘していて、
俺は苦笑いしながら先輩の横に座って2人を眺めた。

「きもちわるかったですね」
「あぁ…生物あんにゃろー…」
久々知先輩は不機嫌気に舌打した。

「兵助くんっ!」
「久々知先輩!」

タカ丸さんと伊助が走って近づいてくる。
タカ丸さんはなんか、泣きそうだ。
…ていうかあの人、体うっすいな……

「どうした?」
「背中すっごいぶつぶつしてるんです!」
「はあ!?」
「かゆいし痛い…っ」

タカ丸さんが後ろを振り返ると、背中の真ん中から下までが真っ赤になっていた。
久々知先輩の表情が険しくなる。

「俺はそんなことなかったけど…毒虫でもまざってたのか…」
「毒っ!?えぇっ、ど、どうしよ…!」
「ちょっと、動くな」

泣きかけの顔で慌てるタカ丸さんに静かにいって、
久々知先輩はそろり、白くて細い背中に手を伸ばした。

「…っぅ」

毛先がゆれるあたりから下がとくに酷い。
先輩の指がそこに触れると、タカ丸さんは息を飲んで、肩を震えさせる。
俺の位置から見える横顔がきゅっとしかめられた。
痛そう。

「…痛い?」
「あ、う、…ちょっと、ひりひりする」
「誰に入れられたか覚えてるか?」
「へ?確か…竹谷くんだと、」
「……よし、保健室いってこい。伊助」
「はい!行きましょう、タカ丸さん!」
「うー…」

タカ丸さんは伊助に手を引かれて連れて行かれた。
まあただたんにもともとあの虫に対する耐性がなかっただけかもしれないけど、
大事にこしたことはない。

「さて、」

久々知先輩が立ち上がったのでそれを見上げる。

「竹谷八左ヱ門、どうしてやろうか」

久々知先輩が珍しく冷笑した。
いつもは無表情だったり呆れたり怒鳴って叱ることはあっても、
こんなふうに眼が据わってるのは見たこと無い。
背中がぞくり、粟立ったのを感じた。
やはり5年生なんだ。
体つきがあきらかに俺や伊助やタカ丸さんのものとは違って逞しく、
いつまでも残りそうな深い傷もいくらか見つけられた。
学年を重ねるというのはそういうことなんだ、と少し不安になる。
きっと無傷でこの学園を卒業することなんてないだろう。
忍者になるのは相応の覚悟がいるんだ。

でもまあ今はとりあえず。

「お手伝いしますよ」
「…乗り気だな、三郎次」

そりゃまぁ、一応。

「タカ丸さんはうちの先輩なんで」

そういうと久々知先輩が少し嬉しそうに笑ったけれど、
今はそれどころじゃないでしょ。

「じゃあちょっと懲らしめに行くか」
「火薬はさすがにだめですよ、ただでさえ予算キツイんですから」
「まさか、素手だ」

久々知先輩は、ごきっと指を鳴らした。
この人、タカ丸さんのことになるとあんまり冷静じゃなくなる傾向がある。
ご愁傷様です、竹谷先輩。


 

 

 

 

 

 

・予算会議妄想さらにその後の夜の妄想(くくタカ)

薄暗い部屋の蝋燭の灯りのもと、
浮かび上がる、まともに日にやけていない背中をじっと見つめる。
白いそれに斑に浮かぶ赤。
兵助はそれにゆっくり、指先で触れた。

「ぁ、っ」

背中が緊張する。
思わず、といった風に声を漏らした横顔を覗くと、
タカ丸は痛みを堪えるように目を瞑って唇を噛んでいた。

「…じっと、して」
「ん…ごめ、んね」

タカ丸は申しわけなさそうに謝った。
へなりと眉を下げて、唇には小さく笑みを浮かべる。
たいしたことはないし、薬さえ塗れば簡単に治るアレルギーのようなもの、
らしいけれど、よくまあそうやって呑気に笑えるものだ。
兵助は小さく息を付いた。
新野先生からもらった薬を指にとって、再び肌に触れる。
びくり、肩がゆれた。

「っ、…ねえ、伊助ちゃんに聞いたんだけど、竹谷くんと喧嘩したの?」
「喧嘩じゃあない。ちょっと、仕返し」
「ふぅん」

兵助を肩越しに覗き、目をほそめる。
タカ丸は嬉しげに笑って見せた。

「…俺がむかついてただけ。
 誰かさんのおかげで予算も散々だったしな」
「…あはは、ごめんなさい」

逃げるように兵助から顔を背ける。
おそらく今度は苦笑でも浮かべているんだろう。
なんにせよ、いつだって笑ってるやつだ。

「だって委員会の皆、風邪ひいちゃうとかわいそうじゃない。
 お仕事だって分かってるけど、どうせなら楽しくやりたいでしょう。
 火薬委員になってよかったなぁって、思いたいじゃない」

そう語る声は優しくやわらかく、大人みたいな声音だった。
兵助は、薬を塗る手を止めた。

「…兵助く、」
「伊助はお前のことすごく心配してた」
「…へ?」
「三郎次も実は、お前のこと結構、好きだろ」

兵助は、おろした金髪がゆれる背中に顔を埋めた。
互いに明度の違う髪同士が絡み合う。

「あは、やきもち?」
「ばーか」

からかうような口調に軽口で返す。
背中越しに伝わる温度を額で感じ、兵助は目をとじる。

「俺は、委員会、好きだ、よ」

甘酒とかそういうのなくてもいい。
無傷のお前と下級生や先生が変わらず、笑っているのなら。
誰でもなく、ただ背中にだけ聞こえるだけの声で呟くと、
「俺も大好き」とふわりとした声が返ってきて、
なんだかたまらなくなって白い背に口付けて舐め上げると、つんとした薬草の苦い味がして、
次いで、上ずった声がこぼれ落ちた。

「っ今日は、だめだよ。押し倒されたら、背中、痛くて泣いちゃう」
「他のに泣かされるのはいやだけど、お前を泣かせるのは嫌いじゃないから、いい」
「…、いじめっこだなぁ」

そう言って浮かべた笑みが諦めにちかいものを滲ませていたから、
兵助はちょっとくらい我慢してろと言って、優しく、手を伸ばした。