水遊び×利コマ

 

蒸し暑い風を孕み、白い雲を飛ばす、青々とした夏の空。
その空の下、学園長から頼まれた友人への手紙を届け終え、利吉と秀作は山道を下り終えたところだった。
蝉が叫び声を聞きながら「暑いな」「暑いですねぇ」と呟きあい、
2人は夏の日差しを反射する川沿いの帰り道を歩いていく。
 
 
「わぁ!水が透明ですごくきれいですよ、利吉さん!」
 
 
きらきらと輝き、小さく波打つ川の流れに、秀作は興奮気味に隣を歩く利吉を呼ぶ。
幼い子供のようだ。
あまりのはしゃぎように、利吉は小さく苦笑した。
 
 
「小松田君、ふらふら余所見しながら歩かない。落ちるよ」
「大丈夫ですよぉ。そんなにドジじゃないで、うぁ!」
 
 
言った途端だ。
足を踏み外した秀作の身体がぐらりと傾いていって、
馬鹿といってやろうか間抜けといってやろうかと迷う間もなく、利吉は手を伸ばしていた。
 
 
「秀作!」
 
 
 
 
 
 
ほんとう、一生の不覚だと思った。
手を掴んだが間に合わないととっさに判断して、反射的に庇うように抱きかかえたまま半回転。
そのまま背中から着水し、利吉も秀作も頭からつま先まで水に濡れていた。
川は、流れはゆるやかだが腰あたりまでの深さがあって水は冷たい。
 
 
利吉は濡れて肌にはりつく前髪をかきあげて重く息をつく。
エリート忍者といわれているというのにこの有様。
ドジなただの事務員に引きずりこまれるなんて、呆れてものも言えない。
 
 
「利吉さん、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
 
 
情けない顔で謝る秀作に対する、心配なのは君のほうだよ大丈夫かい、という優しい言葉はため息でかき消される。
利吉は眉間にしわを寄せて、同じく濡れた秀作の額にでこピンを喰らわせてやった。
 
 
「いっ!」
「もっと気をつけなさい。そうやってドジして、怪我をするのは君なんだよ」
 
 
恐らく赤くなっている額を押さえながら、秀作はしゅんとして小さく返事を返す。
はぁいと口を尖らせて呟く様も、やはり子供のようだった。
利吉はまた呆れた表情を浮かべて、それから「早く上がって、服乾かすよ」と言いながら、岸のほうへ歩き出そうとした。
しかし、秀作ははっとして顔をあげる。
 
 
「利吉さん!待ってください!」
そう言うと同時に秀作は利吉の濡れた着物を思いっきり引っ張る。
それがあまりにも急だったのと足場が悪かったせいで、利吉は勢いよく後ろへ倒れこんでしまった。
盛大な水音と共に再び全身がびしょ濡れ。
水びたしになった利吉は青筋を浮かべながらひくつく顔の筋肉を動かし、呆れた笑みを作る。
しかし、当の秀作はいつものようにゆるい笑顔を返した。
 
 
「ほんといい度胸してるね、君…」
「あはは、そうですかぁ?」
「褒めてないけどほんとだよ。で、なに?」
「どうせならもうちょっと遊んで帰りましょうよ、もうどうせ濡れちゃってますし、」
「馬鹿か君は!」
 
 
利吉の怒声に、秀作はびくりと肩を震わせ、目を瞑る。
それを見た利吉は少し自己嫌悪も感じたが、しかし、馬鹿なことを言ってはいられない。
利吉はおそるおそるという風に目を開けて見上げてくる秀作を、できるだけ優しく見つめた。
これ以上、心配をかけないでくれ。
こんなことで身体を壊されてしまったら安心して仕事にもいけやしない。
 
 
「風邪をひいたらどうするんだい。ほら、はやく、」
「だって」
 
 
利吉の言い聞かせるような柔らかい口調を、秀作が子供のような声でさえぎる。
俯く彼の濡れた髪が水面の上をゆらりとゆれた。
 
 
「こうやって一緒に出かけるのも久しぶりだし、一緒に泳ぐなんて、初めてじゃないですか。
どうせならもっと楽しみたいです、利吉さんと」
 
 
うかがうように顔を上げた秀作の大きな眼と拗ねた唇が視界にはいる。
利吉はおもわず、それを目を見開いてじぃっと見つめた。
ああ、だからあんなにはしゃいでいたのか。
川に落ちる前のあの嬉しそうな顔をそっと思い出す。
 
 
「…えい」
「ひぉああ!」
利吉は水をすくい、ぎゅっと手を握って、隙間からぴゅっと水を飛ばす。
見事目の前の間抜け面に命中した水鉄砲に「なにするんですか」と口にしようとして、
秀作が利吉を見上げると、
 
 
「だいたい君、泳げるの?」
 
 
利吉は口元に笑みを浮かべていた。
細めた優しい目元、からかうような口調だけど優しい声。
秀作はぽっと顔を輝かせた。
 
 
「泳げますよぉ!お兄ちゃんに手をひっぱってもらったら!」
「…よし、間違っても深瀬に行くんじゃないよ。
 もう溺れたって助けてやらないからね」
「えへへ、利吉さんは助けてくれますよぉ」
 
 
得意気な秀作に利吉がしかめっ面を作ると、見上げてくる目は穏やかに細められる。
 
 
「…わかんないよ」
「わかります!だって利吉さんは、」
 
秀作はそう言って、一回りほど小さな手が拙い仕草で大きな手の長い指に自分のそれをひとつひとつ、絡めていく。
傷の種類や数が全く違う指同士をこうやって絡めて繋ぐ行為はどちらとも同じだけ好きなこと。
秀作は利吉を見上げ、嬉しそうに、楽しそうに、ふわりと笑みを向ける。
 
 
「僕の手を離したりしませんよ。
 それにもし僕がまたドジをしても、秀作って呼んで手をつないでくれます」
 
 
絡めた手にきゅっと力を込める。
冷たい水に濡れたばかりだというのにひどくあたたかいそれに、利吉は子供体温、と内心呟いたが、
それが彼だけではないと分かっているだけに苦笑が浮かんだ。
夏の暑さ以外の微熱の理由はお互いにある。
 
 
本当は町へ帰って買い物でもしてどこかで昼食でもと思っていたが、
どうも安上がりな彼も私もこうしているだけで幸せなようだ。
 
 
利吉は声にはせずに呟いて、
繋がれたあたたかな手をきゅっと握り返した。
 
 
 
  
  
  
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
  
  
 
 
 
 
 
 
  
  
 
 
 
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夏プロジェクトリクエスト   水遊び×利コマ
あんまりキャッキャしてなくてすいません!
利吉さんはどうせ久しぶりのデートなら喜ばせてやろうとか色々考えてたけど、
小松田さんは初めてのことを2人でするほうがいいんですって話でした。
普段は小松田君呼びの利吉さんが秀作って呼んだらにまにまするなぁとか
バカッポーといえば恋人繋ぎだなぁとか思って詰め込みまくりました…趣味にはしってすいません!
土井先生に乱入されずのほほんとした利コマになってよかったです。
でも土井先生に見つかって「利吉くんってばドジっこだなぁ^^」って笑われればいいなぁとも思います(本音どっちだ)
 
王様、リクエストありがとうございました!