肝試し×鉢雷

 

 
夜の帳が下りたころ。
今日のうらうら山はやけに賑わしかった。
聞こえてくるのは鍛錬などの声ではなく、悲鳴。
なんせ、今夜は、学園長が思いつきで開催した「肝試し」が行われているのである。
それが例えば町の祭りで行われるようなものならば下級生はともかく、上級生までが不安を感じることはない。
だが、この「肝試し」はわけが違う。
忍術学園の、忍者による忍者のための「肝試し」なのだ。
幽霊や化け物の類より驚かす人間のほうが恐ろしい、と誰かが語っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「すごい悲鳴だねぇ。今のは乱太郎かな」
「さすが作法だ、おっかない」
 
遠くの悲鳴を聞きながら、草むらに身を隠す雷蔵と三郎は人ごとのようにそれを聞いていた。
作法委員と事前にくじ引きで選ばれた数人は驚かす役として森の中に潜んでいる。
雷蔵と三郎もそのうちの二人だ。
だが、二人は人の通る道から少し離れた場所に潜み、肝試しの終始をぼんやり見守っていた。
三郎は乗り気にさえなれば変装・生首フィギュア・からくり総動員の作法にも劣らないものに化けられるだろうが、
「どうせなら雷蔵と一緒に回りたかった」とすねた口調でいうだけだし、
雷蔵も「そーだねぇ」と相槌をうつのみで、三郎にやる気を起こさせるやる気さえないらしい。
次から次へと聞こえてくる叫び声に「あれはしんべヱかな」と耳を澄ましていると、
隣から聞こえた不機嫌そうなため息に、雷蔵はついに顔をしかめる。
 
 
「いつまではずれくじに拗ねてるんだ。
 別にいいじゃないか、こっちのほうが楽だし」
「でもやっぱ雷蔵と回りたかった。吊り橋効果期待して」
 
 
三郎はすねた口調で言って、雷蔵の肩にもたれかかる。
夜とはいっても、夏の蒸し暑さは消えていない。
いつもは暑いのは苦手なくせに人にくっついてくるのは好きだなぁ、と雷蔵は浮かんだ額の汗をぬぐった。
吊り橋効果なんて今更関係ないだろうに、と思ったのは告げない。
そんなことを言えば三郎が馬鹿みたいに喜んで抱きついてくるのは目に見えている。
雷蔵は告げる言葉の代わりにひとつ、「暑いよ」と文句を呟いた。
 
 
「雷蔵、」
 
三郎はしぶしぶという風に雷蔵の肩から離れた後、そっと密やかに名前を呼んだ。
振り向けば、三郎は顔の前に両手をかざし、指の間から覗ける目をすっと細めた。
満月の光で陰った表情が妖しく微笑む。
 
 
「雷蔵は何が怖い?」
「なんでわざわざ僕を怖がらそうとするんだ」
「何にでも化けるぞ」
 
 
にこりと笑う顔が答えてくれるのを待ちわびている。
いまだに吊り橋効果を期待しているようだ。
そのやる気を少しでも肝試しのほうに回せばいいのに、と苦笑し、
まあそうすすめるやる気もない自分が言えることではないのだが、とさらに苦笑を深くした。
 
 
(僕の怖いものかぁ…)
 
 
「…うーん、なんだろう」
「昔した怪談話の皿数える女は?」
 
そう言って三郎は一瞬で、長い黒髪の恐ろしく美しい、しかし不気味な女に化けた。
おそらく昔、八左ヱ門や兵助と話した「皿屋敷」に出てくるお菊だろう。
しかし、確かに迫力はあるものの怖くはない。
「怖くないのか?昔よく怖がってたのに」
「そんなの2年のころまでだよ。今は別に」
その返事に、三郎はつまらなそうに唇を尖らせ、他は?と促した。
雷蔵は月夜の空を見ながら考える。
 
 
(…怖いもの)
 
(…僕の怖いもの)
 
 
 
「…三郎かな」
「俺?」
 
山の奥から聞こえてくる悲鳴に比べればほんの微かな声だったが、
それを拾った三郎は聞き返して、驚いた顔になる。
模倣して大きくした目をさらに大きく見開いたその表情がおかしくて、雷蔵は小さく笑みを浮かべた。
 
 
「うん、三郎」
例えるなら化け狐かのっぺらぼうなんかの妖の如き鬼才であり、
 
 
「僕が怖いのは、」
同級生で友で双忍の片割れで、傷つくし悲しむし笑う、ただの人間の、
 
 
「三郎」
僕の大切な三郎。
 
 
失うこと、わからなくなること、遠くへ行ってしまうこと、離れていくことが怖い。
霊や化け物なんて怖くない。
(僕が怖いのは三郎だけ)
 
 
 
「雷蔵…」
 
三郎は見開いた目をすっと細めた。
それが笑うわけでもしかめっ面になるわけでもなく、ただ難しい表情だったものだから、
雷蔵は暗い思想を見抜かれてしまったかも、と小さく後悔しそうになった。
だが、
 
 
「気配を消せ」
「うわっ!!」
 
雷蔵は唐突に手をひかれて体勢を崩し、つい叫び声をあげた口をふさがれる。
いつのまにか三郎に後ろから抱きとめられていた。
 
「な…!」
「しっ、兵助と斉藤が来る」
三郎は自らの唇の前に人さし指をたて、雷蔵の口を手でふさぐ。
そうして言った声の愉快そうなこと。
気配を消せとの指示の意味がわかり、雷蔵はそれに従う。
 
 
「それにしたって…なんでそんなうまいこと」
 
あの二人の仲は周知のことだが、この肝試しでは参加者側の二人一組も、組み合わせはくじ引きで決められる。
そんな中での組み合わせとなれば確立はかなり低いはずだ。
怪訝な顔で問うと、三郎は「さあ」と至極楽しそうに笑った。
 
(こいつか…)
 
はずれくじを引かされたから、そのやつあたりでの面白いもの見たさで小細工をしたに違いない。
人の恋路になにかと首を突っ込んで面倒事を引き起こすのが好きで、
さらにそれに人を巻き込むのが大好きなのだから、まったく性質が悪い。
しかし雷蔵は止めようというやる気はおきず、黙って苦笑し、おとなしく三郎の肩にもたれた。
 
 
「雷蔵」
「んっ?」
 
 
ふいに、ぎゅっと首に巻きつく腕。
首筋にうずめられるよく似た色の黄褐色の頭。
感じる体温が熱くてならない。
 
 
「俺もだよ」
 
 
雷蔵だけに聞こえていればそれでいいと言わんばかりの音量で、耳元にささやく声。
その声がいやに真剣でいつになく低くて切なく、そして甘かったから、雷蔵ははっとして振り返った。
見開いた目で捉えた三郎は借り物の顔で、本人と異なった笑い方で微笑する。
その細められた目が恐ろしく美しいと思った。
 
 
「よーし、兵助きたら豆腐なげるぞ」
「おまえってやつは…」
 
 
愉しげな声と同時に美しい笑みが消え、代わりに浮かんだのは悪戯っ子みたいな顔だった。
なんでそこまで妙なところで用意がいいんだと思いながら顔をしかめていると、「ほら!」と手をひかれる。
つないだ手が必要以上に力強く握られていた。
やはり鋭い奴だと息をついて苦笑い。
雷蔵は三郎の手を同じく強く、握り返す。
「そうやって楽しそうな顔をしてるお前が一番怖いよ」と言いながらも、
兵助には悪いけれどおもしろいことになりそうだ、と雷蔵はそっと笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
***
夏プロジェクト   肝試し×鉢雷
ひさしぶりにちゃんと鉢雷書いたので時間かかってすいませんでした;
「肝試しそっちのけでいちゃいちゃ」ということだったのですが糖度低い感じになってしまったよな…
バカッポー夫婦みたいにあほみたいに甘くならないのは何故…!
ちなみにバカッポー登場はご愛敬ですすいません。
雷蔵もけっこう人の恋路に首を突っ込むのは好きそうです。傍観者として。
こんな感じで需要を満たすことができたのか不安ですが、
依存する雷蔵と鋭い鉢屋というちょっと逆っぽい感じが書きたかったので楽しかったですw
鉢雷の依存度と愛情度はばっちし鉢→→→←←←雷だと思います!
それにしても雷蔵はキングオブ大雑把。放任主義。
 
リクエストありがとうございました!