夏バテ×くくタカ

 

「あついー…だるいー…」
 
 
力なく大口をあけてみても吸い込むのは生ぬるい空気だけ。
室内故に日差しは遮られるが全開にした入り口からの風はなくて、
じりじりと地上を焦がす太陽の光が照り返されて暑さを増すだけのように感じる。
 
 
未だだらしなく着たままの夜着から足を投げ出して座ったものの、床から感じた冷たさは期待以下だった。
タカ丸は思わず再びため息をこぼす。
日の高さからしてそろそろ真昼という時間だろうが、この暑さゆえに着替えることさえ面倒で、
今のタカ丸の格好は昨日の夜に脱がされたものを再度羽織っただけという気の抜けたものだが、
部屋にいるのが脱がした当人だけなので気にするもの今更だ。
 
 
じわじわと上がっていく体温。
遠くで聞こえる蝉の声がそれを増幅させていくようで耳を防ぎたくなったけど、
そうやって腕を動かすことさえも厭われる。
何をするのもだるい。
気だるさだけが体の中を廻っていた。
 
 
タカ丸はちいさく息をついて天井を仰いだ。
昨晩から下ろしたまま髪が汗の滲んだ首に絡まって暑苦しいったらない。
しかも絡まってくるのは自分のものだけではないのだ。
後ろから巻きついている長い黒髪を、タカ丸は指に絡めて小さく引っ張った。
 
 
「へーすけくん、髪、結ってぇ」
「やだ。自分でやれよ、お前の商売だろうが」
「だってもう動けないよー…」
 
 
漏らすようにか弱い声しか出せず、タカ丸はずりずりと兵助の背中にもたれこんだ。
量の多くて熱を集めやすい黒髪が背中と首筋で金髪と混ざり合う。
 
 
「兵助くんの髪暑い…、もふもふ…」
「勝手にくっついてきて文句を言うな」
 
 
遅めに起きた朝からこうやってずっと背中合わせで座っていれば、
体温は強要せざるを得ないし暑さは増すばかりだろう。
そう言いたげな目が肩越しにタカ丸を向いた。
 
 
「暑いなら離れればいいだろ」
「暑いけど、離れてもどうせ暑いもん…
 そうしたら暑くてしんどいだけでしょう?
 でも兵助くんとくっついてれば、暑いけど、幸せじゃない」
 
 
同じように肩越しに兵助を見て目を細めると、
くっきりとした黒い眼に睨むようにして見つめられる。
けれどタカ丸は照れたら怒ったようなふりするところ可愛いくて大好きなんだよねと内心呟き、
さらに兵助の高温の黒髪に背中をうずめた。
 
 
「兵助くんは俺が離れてもいーの?」
 
 
 兵助もこうやってべったりと密着しているだけの時間が嫌いじゃないのを知っているのだ。
だから、睨むような目も怖くない。
タカ丸はこの言葉に兵助が手首をとらえるように掴んできたから、
思わず、嬉しくて笑みをこぼした。
 
 
「ほらあ」
「…嫌がらせだ」
「意地悪だなあ、兵助くん」
 
 
手をつかまれるとそこからさらに体温があがっていく気がするけど、
それは夏の温度よりもずっと心地よいものだから受け入れる。
からかうように小さく笑って背中にさらに体重をかけてみても、今度は文句を言わなかった。
喉元や額が汗ばんできたし暑いししんどいけど、「幸せ」と笑ってみる。
 
 
「…タカ丸」
 
 
背中越しに名前を呼ぶ声がした。
そのあとすぐに、おそらく絡んだ髪の一房をつかまれたのか、くいっと後ろにひかれ、
タカ丸はは兵助の肩に頭を乗せる形になって思わず目を見開く。
長い睫毛がぴん、とのびた大きな目が迫ってくる。
「わ、」と間抜けな声をこぼしてしまった瞬間、ぬるい吐息が目の前で絡みあって膨らんで、ああ、暑いったらない。
体の密着部分の全て、交わる唇もぜんぶ、沸き立つように熱い。
反射的に目をつぶってしまい、さすれば兵助の熱をさらに感じることになった。
体温がぐんぐん上昇していく。
そりかえるような体勢で唇をふさがれていると、ふとそれが楽になり、
互いの体が離れたのだとわかり、タカ丸は目を開いた。
鼻先の交わるくらいの距離で焦点のあわない兵助の顔で視界がいっぱいになる。
 
 
「結わなくてもいいだろ。どうせ、解く」
「うぇっ!?ちょ、わっ、嘘でしょ兵助くん!」
「なに」
 
 
一瞬の間に背中が床に着地して、
兵助の顔がタカ丸のななめ上に見えて、
掴まれた両手も床に縫いつけようとされている。
焦ってタカ丸は捕られた手を押し返した。
 
 
「あ、暑いってば!」
 
 
絡まる指の互いの体温ですら茹だるように熱いのだ。
不意に思いだしてしまったのは昨晩の夜のことで、
その時とそっくり同じ色をした双眸にきっと見つめられてしまうと、抵抗していた腕は力負けしてしまった。
もともと力勝負で勝てるなんてことは思っていないけれど、
それでもそんな目はずるい、と思う。
 
 
「寄ってきたのはお前だし、煽ったのもお前。
 俺も暑くてたまんないけど、」
 
 
押し返されて床に押し付けられた、兵助の触れる手首が熱い。熱い。熱い。
タカ丸が少しだけ唇を尖らせて恨めしげに見上げてみると、
ふわりとゆれて覆いかぶさってくる髪の奥の目と視線が絡んだ。
 
 
「どうせ、すぐに忘れる」
 
 
暑さなんてそんなもの、そう言って指が触れてきて、整った兵助の顔が寄ってくる。
熱に浮かされた頭は「それならこの熱に沈んでもいいかもしれない」と思ってしまった。
抵抗したとて逃げられないし、さらに夏の暑さにやられてしまうだけ。
それならいっそ熱され愛され食されるのを望みましょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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夏プロジェクトリクエスト   夏バテ×くくタカ
定例通り弱ってるタカ丸に容赦ない久々知。
タカ丸は弱ってるときはいつも以上にふにゃふにゃしてて、
久々知はそういうところに勝手に煽られていればいいです。
タカ丸を焦らせたり困らせたりしてるのが好きだと思います無意識に。S!
弱っているタカ丸がお好きとのことだったのですが、弱ってるかな…
同一リクエストをお二人から頂戴いたしました!
 
琴さん、テンさん、リクエストありがとうございました!