「あー海だ!海!超海!!」
「超の意味がわからん」
「お堅いこと言わないでよ!ほら!」
「何お前のそのテンション」
手をひかれて浜辺に降りると、サンダルが砂に埋まりそうになった。
ざらつく素足が気持ち悪い。
あくびをひとつかみしめながら、薄暗い砂浜をタカ丸に手をひかれていく。
まだ薄紫色の光を微かに放ち始めたばかりの早朝にも早すぎる夜明け。
もちろん誰一人いない海に、タカ丸の馬鹿に騒がしい声だけが響いている。
タカ丸ははしゃがない俺の手を離して、さらに海の近くへと走り寄って行った。
「海のにおい?朝のにおいかな。
あーなんか気持ちいいねー!すごーい!」
「お前テンション高すぎ。なんなの」
「逆にそんなローテンションな兵助くんのが変だよー」
しゃがみこんで打ち寄せる波のぎりぎり手前でしゃがみ、
寄せてくる波を指先ではじきながら、タカ丸が俺を見上げた。
薄暗い視界のなかでもその金髪はひと際目だって、
その下でにっと笑う顔も、すぐ目にいった。
「あー帰ったら怒られるねー!」
「なんでそんな楽しそうなんだよ」
キモチワルイと言うと、タカ丸はひどいなあとけらけら笑った。
笑い事じゃない。
帰ったらまず小松田さんを筆頭に先生からたっぷりお説教をくらって、
そのあと同級生、というより三郎に勘ぐられてからかわれる日々が続くだろう。
学生寮を夜明け前に抜け出すなんて、こいつと会う前の俺じゃ考えもしなかった。
「なんでうまくいっちまったんだろ…」
「利吉さんが来てるとき狙ったからね。秀ちゃん、今日はお仕事どころじゃないでしょ。
最近忙しくてなかなか会えてないって言ってたからさー」
「計画的かよ。あー…もう、お前、最悪」
「なあに?
海行きたいって言ったのは俺だけど、人がいない時間がいいって言ったのは兵助くんじゃん。
ソーホーの意見のソンチョウだよ!」
だからって普通、5時前に学校抜け出して30分も歩いて海なんか来るもんか。
こいつは非常識な部分があるというか頭ゆるいというかなんかもう、意味がわかんねぇ。
…ああでも、そういうこいつに絆され、手をひかれ、ここまで一緒に来た俺も大概か。
病んだものだな、我ながら。
「馬鹿だなぁ…俺ら」
「あはは、まあ否定はできないよねぇ」
タカ丸はそう言って笑い、立ちあがる。
いっきに見上げる立場になるのが悔しいんだけど、
見上げたその金髪が薄い光を帯びててあまりにも綺麗だったから、まぁいいや。
ようやく少しずつ朝の兆しが見え始めた空を眺めていると、「ね、兵助くん」と再び手をひかれた。
濡れた指先から滴り落ちた海水の1滴が俺の肌を伝う。
そして、タカ丸の横顔は楽しげに笑っている。
「…なに」
「……そーれ!」
「うわっ!!」
繋いだ手はそのままに、タカ丸が濡れた地面を蹴った。
思い切り引っ張られた俺も強制連行。
ばしゃん!と水音がして、次の瞬間には跳ねた海水を顔面にくらった。
「冷たっ!っていうかなんなんだお前!」
「ね、意外と冷たいよね。まだ夏なのにねぇ」
なんとか着水は成功だったものの、膝あたりまで海につかっている状態だ。
思いのほか冷たい水に俺は顔をしかめて、タカ丸を睨む。
それでもタカ丸はいつものようにへらへら笑っていて、なんだこいつ本気で意味わかんねえ。
唐突な荒々しい着水のせいでタンクトップまでびしょぬれになってしまって、
むかついたから金髪の後頭部を思いっきり殴ってやった。
「痛いよ!」と非難の声がしたけど痛くしたから当然だ。
それを無視して俺はすぐにでも岸に上がりたかったのだけど、
タカ丸が俺の手をとったまま離さない。
「手ぇ離せ」
「やだ」
「もう一発殴るぞ」
「だってぇ」
自由の利く逆の手を振りかざすと、タカ丸がふにゃりと笑った。
思わず動きが止まる。
微笑む唇と細めた目と海風でそよぐ金髪が目に入ると、動けない。
「兵助くんがさ、俺とこんな馬鹿やってくれるなんてうれしいじゃない。
完全に俺の悪影響だよね。
三郎くんあたりならこんなことも考えそうだけど、
もし三郎くんに誘われたら兵助くん、今みたいにあっさり来てないよきっと。
ひとこと、行こうって、それだけじゃぜったい来なかった。
俺だから、兵助くん、一緒に来たんだよ」
それがね、すごく、うれしいんだ。
まっすぐ見てくる目が、繋がれた手が、俺を逃がさない。
勝手なことをほざきやがってと言って手を振りほどいて目を反らしてやりたいのに、
そういうことを柔らかく、そして優しく、この男は許さない。
それはおそらく、こいつの言っていることが、正しいからだ。
こんな時間に手をつないで引っ張られて人目のない海まで歩いて30分、なんて、
そんな馬鹿、お前とじゃないとぜったいやる気になるもんか。
「夏でも明け方の海は思ったより冷たくて、
海のにおいと朝のにおいは混ざるとなんか不思議なかんじで、
5時にこの浜辺には俺と兵助くん以外だれもいなくて、
波の音と俺の声くらいしか兵助くんには聞こえない。
新しい発見だよ、来た価値あったねぇ」
タカ丸がそう言って繋いだ手を引っ張って引き寄せたから、
俺はやむをえなく大人しくそのうっすい胸元に額を押し当てる。
タカ丸の心臓の鼓動が波の音と同化していた。
「…俺の言ってることも、お前しか聞いてないんだろ」
「うん、そう」
見上げた顔がなにか、期待をこめて笑った。
お前の思ってることなんか分かってしまうけど、
いつもならそれを素直に叶えてやるなんてどうにも癪で、
だけど、今日ならば、この海にて新しい発見をさせてくれたお礼という名目で。
「好き」
波にまぎれた俺の声に、タカ丸が笑った。
目じりが少しだけ血色を増していて、ああ喜んでるんだと思った。
照れ笑いみたいな表情でタカ丸は笑む口元をゆっくり動かし、呟く。
「俺も好き」
内緒話のように声をひそめてそっと。
そんなことしなくたって誰も聞いてないんだろ。
でも、少し掠れた声が耳を熱くして、そういう声はずるいなと思って睨むように見上げると、
その瞬間、ようやく頭だけ顔を出した太陽のおかげで金髪がいっきにきらきら輝いたから。
だから俺はそのせいにしてそっと、目を瞑った。
***
夏プロジェクトリクエスト 海×タカくく
現パロの町は田舎でもないけどビルとかにょきにょきってわけでもなく、
でも電車とかの便はわりといいし店も多いわりと暮らしやすい感じの町で、
町の一番端は海になってますみたいな。住みたい。
小松田さんは学生寮の管理人で、時間外無断外出は許しまへんで!という人ですが、
利吉さんがいるならば話は別だと思います。(利コマ要素勝手に)
誰もいない海でいちゃこら!わいわいがやがやっという感じでなくてすいません!
でもバカッポーしてる2人、すごく楽しく書かせていただきましたw
リクエスト、ありがとうございました!