青い空に白い雲、そして砂浜を埋め尽くす人、人、人。
地元の小さなビーチだといってもやはりこの時期は人でごったがえしていて、
海の家からの香ばしいやきそばのにおいと汗と海の塩のにおいが混ざり合う。
騒がしい人ごみの一角。
例外なくにぎわしい集団のなかに不穏な空気を流す2人がいた。
「お前…よりにもよって、なんでお前らがここにいるんだよ!」
「それはこちらのセリフです鉢屋先輩、うるさい。
てゆうか干渉してこないでください。シメますよ」
「お前敬語だけど敬う気ねぇだろ…!」
よっぽど性格が合わないのかある意味似ているのか、三郎と綾部が顔を合わすと平穏で済むはずがない。
せっかく海へきたというのに顔を合わすなりこの調子で口論が始まってしまった。
「目ざわりだ!帰れ!!」
「先輩こそ帰れば」
「ついに敬語すら使わなくなったなお前!
こうなったら正々堂々勝負だコノヤロウ!」
「受けて立ってあげます」
「上からかッ!」
三郎と綾部は睨みあって火花を散らす。
2人して喧嘩早いったらない。
見守っていたそれぞれの同級生たちは呆れた様子で事の次第を見守っていた。
「じゃあビーチバレーで勝負だ!俺はハチとペア!!」
「なっ、俺もかよ!」
「では負けた方は全員にかき氷をおごる、ということで」
「いいだろう」
「わかりました。では、こっちは滝と三木が」
「「はあ!?」」
他人事だった2人が唐突に指名されて目を見開く。
明らかに勝負を買ったのはお前だというのに、と言いたげな滝夜叉丸と三木ヱ門に、
綾部は「私はバレーなんかしにきたんじゃないもの。泳ぎに来たの」と浮き輪をもって言ってのけた。
最初から自ら勝負に出る気などさらさらなかったらしい。
「もうなんだっていい。
絶っ対お前らにおごらせる…!」
「三郎大人げねぇ…」
「滝、三木、私払う気ないから頑張ってね」
「喜八郎お前!」
「自分で仕掛けた勝負押し付けるなんて…!」
「なんだ平に田村、もう負ける気か?」
挑発的に放たれた三郎の言葉に2人は肩を揺らした。
三郎はなおも「自信がないのかへぇ、残念だなあ」と続け、薄笑いを浮かべる。
確実にこの2人の性格を知った上での明らかな挑発行為である。
滝夜叉丸と三木ヱ門はそろって三郎を振り返うと、声をあわせて好戦的な目で「やりましょう!」と宣言した。
「よし!いくぞハチ!!」
「あー仕方ねぇなあもー…」
「三木ヱ門!足を引っ張るなよ!」
「なにを!滝夜叉丸こそ僕の邪魔になるなよ!」
「…綾部の一人勝ち」
「もっともだね…」
兵助の呟きに雷蔵が同意した。
勝者綾部はひとり気侭に浮き輪の真ん中に体を沈めて、悠々と沖をさまよっている。
全く、一つ下の学年はなにかと強烈な性格な輩が多いものだとため息をつきながら、
ふと、その中でも引けを取っていないあの男の姿が見えないことに遅れながら気づく。
「…あれ、タカ丸は」
「あ…それなんだけど、うーん…言おうかどうか迷ってたんだけどね、兵助」
「なに?」
言うか言わぬか迷っている雷蔵の様子に、
先の言葉を促すと、雷蔵は小さく眉を寄せて苦々しい表情を見せた。
「…あれ」
あれ、と雷蔵が目線で指した方向に反射的に目をやり、兵助はすぐさま顔をしかめた。
見当たらないとおもったら、あの金髪頭。
それは見知らぬ女性たちに囲まれていて、さぞ困っているのかと思えば、そんな様子はまったくない。
人好きする笑みをまき散らすように鮮やかに見せ、会話を弾ませているようだった。
タカ丸を囲むようにして談笑する女性たちは頬を赤らめてタカ丸を見上げている。
「あの、タカ丸くんは話しかけられただけなんだけど、」
「あー…うん」
だけど、と雷蔵が口ごもるのも無理はない。
接客の経験があって話術には長けたあの男のこと、
話しかけてきたのが相手からだとしても、笑ってその場を離れるくらい容易なはずだ。
雷蔵は目に見えて苛立っている兵助を不安げに見やる。
ぐっと寄った眉もつまらなそうな目も拗ねたような口も、なんとわかりやすいことか。
ここまで兵助を不機嫌にさせる彼もすごいものだと少し関心していると、兵助が動き出した。
「あ…」
声をかける間もなく兵助はまっすぐに金髪の彼のもとへ歩き出して、
驚く女性たちには目もくれず、中心の彼の人の腕をつかむと、シャワー室へと連行していった。
腕をとられた彼は、不機嫌な兵助のあとを慌てたような表情で引きずられていく。
どうなるのかと多少気になりはしたものの、
反対側から「らいぞー!今の俺の、見た!?」と叫ぶ聞きなれた声がして、
雷蔵は「はいはいかっこいいよ」と苦笑しながら振り返った。
「兵助くん、怒ってる…?」
「うるさい。知るか。お前なんか海に沈め」
「ええ!?」
辛辣な言葉にタカ丸は傷ついたように顔をゆがめる。
そりゃああきらかに不機嫌そうな横顔に怒っているかなど聞いた自分も馬鹿だけれど、
と唇を尖らせてタカ丸は項垂れて、ただ兵助に連れられて行く。
利用者のないシャワー室はがらんとしていて、歩けばぴちゃぴちゃと水音が鳴るだけだ。
「…ねえ兵助くん、あのさ、」
「……」
「…怒んないでよ」
「……」
兵助の返答もない。
本格的に機嫌が悪い兵助に、どう、なんと言えばいいだろうか。
タカ丸が思案していると、ふいに手を離された。
それが悲しくて反射的に兵助の手をとろうとしたが、
兵助は一枚のカーテンでしきられたシャワーの個室の中へ消えてしまってそれもかなわなかった。
よれよれのたった一枚の薄いカーテンだけの壁なのに、
さきほどの不機嫌で、言葉も返してくれない兵助を思い出してしまうと、
その隔てるものはずいぶん分厚いように思えてしまう。
「…兵助くん」
怒っている理由はちゃんと分かっているのだけれど。
タカ丸は兵助の手をつかめなかった手でカーテンをきゅっと掴み、
向こう越しの兵助の名前を呟くが、やはり答えてくれる声はなかった。
「…そんなこと言って、ほんとに俺が溺れたらどうするの」
きっと兵助は悲しむに違いない。
それか溺れるなんてドジな奴だと怒るだろうか。
でもきっと心配する。
呟いた声はもはや拗ねたようにほんの微かな、独り言のような声だったのだが、
突如カーテンの向こうからにゅっと腕が伸びてきて、タカ丸はひきずり込まれてしまった。
「…ふ……っ!」
「こうやって、助けてやるよ」
掴まれた腕同様に自由を奪われた唇に息を送り込むような苦しい口づけを終えた後、
兵助は不敵に笑ってタカ丸を見上げて言った。
あまりに不意打ちなそれに思わず頬が焼けて、きゅっと眉をよせてみるが、
さっきよりも優しい腕を掴む手とか少し久しぶりの兵助の笑みがあまりにも嬉しい。
「…もう、無視はやめてね」
さっきみたいに他の誰かと話すことにそういう感情を向けてくれるのは嬉しい限りだけど、
そのせいで顔もろくに会わせてくれない、言葉もくれない、というのは辛い。
めっそり、という様子で顔をしかめるタカ丸を見上げ、兵助は苦笑する。
「…いなくなられたら、困る。
隣にいてもらわないと、困るから」
ごめん、と俯いた兵助がそう言ったのを聞いて、
タカ丸はようやく満面の嬉しそうな笑みを浮かべ、兵助の手に自らの指を絡ませた。
手は掴まれるよりも繋ぐほうがいいでしょうと言って、笑みを交わしあった。
「兵助拗ねちゃってたけど、大丈夫かな」
「大丈夫だって。どうせ出てきたころにはイチャついてるぞ。つーか斉藤が悪いだろ、そりゃあ」
容赦なく後輩におごらせたかき氷を食べながら、三郎は吐き捨てるように言った。
雷蔵から聞いた話だが、無駄に愛想を振りまいていたというではないか。
それなら兵助を怒らせても仕方がない。
そう言ったところで、レモン味のかき氷をすくいながら、綾部が隣で呟いた。
「…でもタカ丸さんがあんなに愛想よかったのは、
あの女たちがその前に「あの黒髪の人かっこよくなーいやばーい」って言ってるの聞いたからですけどね」
「…おまえ、そういうこと言うなよ!なんか暑苦しくてイラっとなるだろうが!」
「奇遇ですね、私もいらっとしてたんでお裾分けですよ鉢屋先輩」
「うぜぇ!雷蔵、こいつうざいんだけど!」
「うるさいよ。三郎も大概うざい」
「鉢屋先輩うざい」
「お前には心底言われたかねぇ!」
綾部の一言に再び戦いの火ぶたが切って落とされたようだ。
立ちあがって綾部とにらみ合う三郎に呆れたような息をつきながら、
雷蔵は「平和だなぁ」とどこか場違いな感想を述べたのだった。
***
夏プロリクエスト 海水浴×くくタカ+4・5年
なんだか長々とすいませんでした!
くくタカに…なってますかね…なんかタカくくタカな気がしないでもないというか、
いろいろリクエストの需要にそっていなんじゃないかと…不安です。KYでほんとすいません。
タカ丸ナンパはとてもいいですよね!妬きもち久々知大好きなので楽しかったです!
でもあの、みんなで仲良く~というリクエスト内容が総無視…?
いいえ!そんなことありません!喧嘩するほど仲がいいんです…!(ムリクリ)
でもほんとに4+5は鉢屋と綾部あたりがアレですが、そんなに仲が悪いというわけではないと思います。
久々知はアンチですが、仲悪くはないみたいな。
キャラがたくさん登場するリクエストいただいたのですが、一部影が薄くてすいません…
ちなみにバレー勝負は5年の本気に4年敗北。滝と三木のお支払でした。
綾部は試合に出る気もなければ払う気もない。「財布?そんなものもってないけどなにか?」
フリーダム綾部大好きです!ごめん!
ディアーナさん、リクエストありがとうございました!