メロウ 1
 
 
タカ丸は軽快なチャイムの音でぱっと目を覚ました。
どうやらテーブルに突っ伏したまま転寝していたらしい。
はっとして携帯の時刻をみればすでに深夜で、
訪問者として思い浮かぶのはここのところずいぶん忙しいという同居人の彼くらい。
今日も朝からスーツを着てでかけていったんだろう。
ネクタイを結ぶ指。
学生の頃によく見たあの動きを思い出しながら、あの指に触れられたいし触れたい、そうとばかり考える。
タカ丸も仕事が人手不足で忙しかったこともあり、
出勤がずいぶん早かったため朝も顔を合わせておらず、
このところ彼とは生活リズムの不一致のせいでろくに会話もできてない。
メールや合間合間の短い電話だけじゃいいかげん耐えきれずにいたタカ丸は、嬉々として急いで玄関に向かった。
 
 
 
「兵助くんおかえ、」
「よータカ丸さん!」
「…たけやくん?」
 
ドアを開ければ見知った彼の友人の竹谷八左ヱ門がいつものように朗らかな笑みを浮かべていた。
思わず目を見開いていると、その八左ヱ門から「ほい!」と人間を押し付けられ、
タカ丸は見なれた黒髪のその彼をあわてて受け止めた。
 
 
「うわ!…え、兵助くん酔ってるの?」
 
意識が朦朧としているのか、タカ丸の首筋に顔をうずめてよりかかってきた兵助は足もとも覚束無い。
そして、触れる皮膚は妙に火照っていて耳まで真っ赤。
くぐもった眠そうな声を漏らすものだから、タカ丸は兵助の艶やかな黒髪を優しく撫でてやった。
 
 
「おう、さっきまで一年上の先輩たちに捕まってムリヤリ飲み会だったんだ。
 雷蔵は用事でいないし三郎はすっぽかすし兵助は先輩たちに潰されるし…大変でなぁ」
「…、兵助くん、お酒弱いのに」
「あの人たち加減ないから。んじゃ、こいつ頼みます!」
「あ、うん、わざわざごめんねえ」
「いいって!タカ丸さんも兵助も、またなー」
「んー…、はっちゃん、ありがとー」
 
 
帰っていく八左ヱ門を振り返って、へらりと笑う兵助にタカ丸は目を剥いた。
いつになく緩みきった表情はあまりにも無防備で、さすがに眉間にしわが寄る。
これだからあまりお酒は飲まないようにと言っているのに。
タカ丸は息をつきながらドアを閉め、「ほら、お家ですよ」と子供をあやすように、
優しく兵助の腕を肩にまわさせて靴を脱がせる。
 
 
「もう……飲みにいくんなら言ってよね。
 メールの遅くなるってだけじゃ、なんか大変な用事でもあるのかって思うじゃん。
 飲み会なら俺も待たずに寝たかもなのに…明日も早いんだよー?」
 
 
呆れたような声で言うが、兵助は聞いているのかいないのか。
おそらくなにも分かっていないだろうが、んーと返事らしき声を返し、
肩にまわさせたのと逆の空いた手をタカ丸の首にまわしてきた。
これだから酔うと性質が悪い、とタカ丸は息をつく。
酔癖は人さまざまだけど兵助の酔い方はタカ丸にとって心臓に悪いのだ。
アルコール臭のする熱い吐息が頬に触れる。
 
 
「もぉ、兵助くんってば!
 酔っぱらうとそうやってさあ…
 誰にでもそうやってんのかと思ってはらはらするこっちの身にもなってよね」
 
タカ丸は小さく顔をしかめて首に腕を絡めて寄ってくる兵助を引き離しながら、
逆上せて朱色を帯びた頬に手をあてがう。
平温のタカ丸の指が冷たかったのかこそばゆかったのか、兵助は身をよじった後、薄く目を開いた。
 
 
「お前…まだ、おきてた、の」
 
 
ぼんやりとした目で危うい口調で、小さな声。
酔っ払いのたわごと他ならないのだけれど、思わずタカ丸は目を見開いて眉根を寄せた。
 
 
「…なに、それ」
 
 
ぐっと睨むも相手の目は酔いが回っていてうつろで。
それはちょっとひどいんじゃない?と言ったところで話にならない。
兵助は酔いやすいし酒癖もわるいからちゃんとセーブして飲むようにとなんども言っているのに、
薄く開いた唇もくぐもった呻くような声も全て、今の兵助はあまりにも無防備だ。
その上、人にろくに連絡もせず挙句酔っ払って帰ってきてそのセリフというのは、
さすがのタカ丸でも思わず顔をゆがめるに値した。
 
 
「…兵助くん、は、俺と会えなくても寂しくないの」
 
 
尋ねた声は2人きりの廊下に静かに消えた。
寄りかかって首元に縋る熱が自分だけを選ばないのも、
自分だけとの時間が選ばれないのも、
そんな姿を誰にでも見せることも、
女々しいといわれたって気に入らないものは気に入らない。
 
 
「…もう、今日なんか、早く終わればいい、のに」
 
 
それなのにきゅっと首にしがみついて離れないまま、兵助は胸元で小さく呟く。
首を伝ってくるのは高い体温のはずなのに、タカ丸にはそれが妙に冷めて感じた。
兵助の吐息がすぐ近くで小さく繰り返して吐きだされ、そのせいでこっちまでアルコールが回っているのだろうか。
頭の回転がショートして焼き切れそう。
 
 
「それって、なに、酔っ払っちゃったからさっさと寝たいってこと?
 待ってた俺のことなんてどうでもいいってわけ?」
 
 
もっとちゃんと見つめてくれる目を、
うつろじゃなくてしっかり名前を呼んでくれる声を、
ちゃんとした平温の握り返してくれる手を、
こんなにも望んでいるというのに。
 
 
冷めた声がらしくないと思いながらもいつもより刺々しい口調でそう言うと、
タカ丸は荒々しく兵助の手を掴むと、そのまま浴室に引きずり込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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未来の大人タカくくタカの修羅場妄想によりはじまりました。すれ違いとても萌!
美容師タカ丸と大学生か社会人かの兵助です。現在は同棲中。
スーツ久々知とかとてもじゃないですがときめきを隠せる気がさらさらしないです…!
久々知の酒癖につきましてはこのつづきにも色々書きますが、弱いといいなあと思いますにまにまw