わらうひと

※4年後シリーズの要素も少し含みます

 
 
 
 
 
 
 
 
例のごとく「日課」をすませて少し委員会に遅れてきて、
それなのにふにゃりと笑って「ごめんねぇ」と謝ってきたその人は、
どうも頼りない体格のくせにひょろながいものだから、いつも俺を見下げる。
 
 
「…いいえ」
 
 
俺だってけっこう背は伸びたほうなんだけど、な。
なんか今なら、あの先輩がこの人の頭の天辺を複雑そうな目で見ていた気持ちがわかる気がする。
この人のゆるゆるの笑みにはもういい加減見なれたけれど、
それに、たまにだけど、むかついて仕方がないときがある。
タカ丸さんは妙に俺をむかつかせるのが得意な人だ。
 
 
「あ、もう仕事終わっちゃった?」
「いえまだ…でも下級生は帰らせました。
 あと、伊助は今日は郊外実習なので欠席です」
「うん、聞いてます。先生もだよね」
 
 
タカ丸さんは在庫表や書類一式に目をやる。
金色の髪が少し顔を隠し、睫毛が頬に落ちた。
見上げる角度から見たその顔はなんだか大人びていて、この人らしくないように思う。
この人はもっと子供みたいな言動が多くて、それで、俺よりも何もできない人だったから。
 
 
「…そうだね、今日の仕事くらいなら下級生を帰してあげてよかったね。
 三朗次くんはよく気がつく優しいお兄さんだねぇ」
「…からかわないでください。
 この程度の仕事、タカ丸さんが壺でも割って仕事増やさない限り、人手はいらないでしょう」
 
 
こんなの俺がまだ2年生だったころ、あんたたちがしてくれてたの、真似してるだけじゃないか。
夜遅くの作業や次の日に実習がある時なんかは、
それじゃあそろそろ2人は帰っていいよって必ずあんたやあの先輩は言った。
俺と伊助は一瞬迷って目線をあわせて、でもそれに甘えてた。
そうしないとあんたたちが困ったようにわらって「優しいね」と言うと知っていたから。
 
 
(あんたの言う「優しい」はほめ言葉でもなんでもない)
 
 
少なくとも俺にとっては厭味にしか聞こえない。
優しいのはあんたじゃないか。
あんたと、あんたの隣にいたあの先輩の方じゃないか。
 
 
「もうっ、最近は落としてないでしょ!
 俺だってもう6年生なんだからだいじょ…っふぁ…」
「…寝不足ですか」
 
 
ふくれっ面で言いながあくびするなんて、やっぱり子供じみてる。
大口をひらいたタカ丸さんの顔がすごく間抜けだったから、
俺は思わず吹き出しそうになったのを堪えながら問いかけた。
タカ丸さんは俺が笑いそうなのに気づいたか、あくびの名残で潤んだ目でちょっと俺を睨んだ。
全然怖くないな、この人。
 
 
「だってさ…滝ちゃんが昨日寝かせてくれなかったんだもん」
「…は」
「テストの点がね、平均よりすっごい悪くって!
 俺今やってるとこすごく苦手で…それで滝ちゃんに教えてもらったんだけどわかんなくて、
 あまりにもだめだから滝ちゃんも怒ってさー…結局徹夜しちゃったんだよね…」
 
 
長い指で目の下をこすりながら、タカ丸さんはもうひとつあくびをかみ殺して言った。
その言葉に俺の一瞬浮かんだ空想はすぐにかき消される。
当然だ。
この人はなびかない。
馬鹿みたいにずっと、いつくるかもわからない人を待ってるような人だ。
それなのに一瞬、嫌な空想を浮かべた自分が馬鹿らしくてひどく愚かしい。
あるはずがないのだ、そんなこと。
 
 
「…タカ丸さんも早く帰っていいですよ」
「そんなのだめだよ!だって、俺、三朗次くんよりお兄さんだもの」
 
 
頼りないけどさ、と自分で言って苦笑して、タカ丸さんは在庫表を一枚めくった。
いつのまにかタカ丸さんの目の前の棚の欄はすべて埋まっていて、
2年前はどこの壺がどの火薬かも全然わかってなかったくせに、仕事が早い。
ほんとうは、あんたが頼りないなんてもう、言えやしないんだ。
分かってるさそんなこと。
委員長としてあんたがちゃんとやってること、ちゃんと見てるから。
 
 
「…じゃあさっさと終わらせましょう」
「はーい!」
 
 
1年生みたいな返事をするなっての、年上のくせに。
俺は呆れてため息をつきながら、タカ丸さんの隣の棚の確認を始める。
あと確認欄に記入がないのは、上段の棚の火薬だけだ。
…踏み台はいらない、かな。
 
 
「あ、じゃあ俺ここやるよー
 三朗次くんはあっち、お願いしてもいい?」
 
 
首をかしげて笑う。
その笑った顔がなんでか大人で、俺には遠くて、違うだろうって言いたくなった。
あんたはもっと年上のくせに子供みたいに笑う人だろ。
そんな風に笑って優しくするあんたが、俺をむかつかせるんだ。
 
 
素早く在庫表を交換させて、
俺の横を通り過ぎようとするその人の、
頼りなかったころよりも少し伸びた長い後ろ髪をぐいっと掴んだ。
 
 
「俺はっ!」
「っへ?」
「まだ成長期です…っ」
 
 
振り向いたその人は俺の口走った言葉に呆けて、そのあとふにゃっと笑った。
その笑みは子供じみてるもののはずなのになんか、むかつく。
なんだよもう、この人ほんと意味わかんねぇ。
思わず眉を寄せていると指が、白くて長い華奢な指が、目の前に迫ってきた。
 
 
「うわあっ!」
「もうっ可愛いなあ三朗次くん!」
 
 
くしゃくしゃと前髪をかき回す。
いつも気まぐれか癖かで「きれいだね」と言いながら髪に触れてくるときとは違う、
興奮気味な髪の触れかただった。
 
 
馬鹿じゃないか、あんた。
可愛いなんてそんな言葉、嬉しくもなんともない。
俺を高いところからそうやって見下げて笑みを向けるな。
むかつくんだ。
心臓が、むかむかする。
 
 
「やめてください」とその手を振り払って、俺はさっさと仕事!とタカ丸さんを促した。
タカ丸さんはまだ笑いながら「はーい」と返事をして在庫表に見向いたけれど、
ひとしきり笑ったあとのおんなじ反応するんだねぇという言葉はなんだか無性に聞きたくなくて、
俺は黙って聞こえないふりをした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
***
タカ丸日課:門のところで人を待つ、が勝手に脳内デフォですいません…;;
三朗次はタカ丸が卒業するまで自分の気持ちには気づかない。
タカ丸は曖昧。気づいてるんだか気づいてないんだか。
三朗次は子供じみたタカ丸の言動に「まだこの人は未熟だから」って安心してて、
だからたまにみせる大人びた顔とか年上らしさとかは遠く感じるからむかつく。
でもそういう顔に一番ひかれてるとは気づいていないそんな13歳。
そういう顔を見せるときっていうのはだいたい久々知関連ってことはなんとなく気づいてるようなないような。
でも、全部わかって「俺あの人好きだったんだなあ…うわぁ」って思うのはタカ丸卒業後だと思います。
私は三朗次、とても好きです…!!