日が落ちた。
日暮が鳴きはじめた。
今日も夏の夜がやってきた。
夜とはいってもそれほど涼しくなるわけもなく、
前髪がへばりつく額はじんわりと汗ばんでいて暑いったらない。
それでも鬱蒼とした森の中を歩く私とあなたは、軽やかな足取りで真っ暗闇の道なき道を歩んでいました。
「いつだったかなぁ。
昔に一度だけ同級生のみんなといった場所なんだけど、」
一緒にいけないかな?と言われて、私が断れるはずがない。
私はすぐさま頷いて「何処へ」と聞いたけれど、
あなたは長い指を唇にあてて「秘密」と笑った。
珍しく悪戯っ子のような顔をしたあなたに、私は心臓が熱くなる感覚を覚えました。
何処へいくのかは分からないしずっと歩き続けるばかりだけれど、
実習で夜の山を歩くことなど珍しくなかったし、
今日は忍者ならば嫌うくらいに月が明るく光っていたから、
私はあなたの隣を離れずに歩いた。
「そろそろかな。綾部、聞こえる?」
「…水の音」
「うん、この先に小さな川があるんだよ」
そう言ったあなたは私の手をとって水のせせらぎが聞こえる方へと駈け出した。
ぐんと引っ張られた私は思わず目を見開いて私の手を引くあなたを見た。
ななめ前少し上のところで微笑みを含んだ顔が闇に飲み込まれながらも私の目にはちゃんと見えて、
私はああ、夜目が利いてよかったと心底思ったのです。
あたなの笑う顔もどんな顔も、見逃したくはない。
「ほら、綾部!」
すごい笑顔。
そう思った瞬間に、淡い光が見上げた横顔を照らした。
影が生まれてくっきりと輪郭の浮かんだ優しい顔が、急に明るくなった視界でそっと笑う。
「…わ」
「すごいだろう?」
草木をかきわけた向こうにあったのは淡い黄緑と黄色の光。
鮮やかに軌跡を描いて乱舞するそれは、小さなホタル。
幻想的といえるその光が満ちるこの闇の中の一点はまさに幽玄の世界。
「すごい」と嘆息を漏らした私に、あなたは嬉しそうに笑っていた。
思わず見惚れていると、ふいにあなたが「あ!」と声をあげる。
「ちょ、綾部動いちゃだめだよ」
「…なんですか」
「あ、あ、だめ、ちょっと待って…」
大きな両手が伸びてくる。
長い指が前髪に触れた。
一瞬汗ばんだ額に触れた手だったが、
それは意味もわからぬ間に再び遠ざかった。
あなたは嬉しげに笑う。
「見て御覧」
包むように合わせた両手を差し出されて覗きこむと、
小さく隙間を生じさせたそこから淡い光がこぼれ落ちてきた。
掌のなかでホタルが光っている。
黄色い光がまぶしくて、私は目を細めた。
「髪についてたんだ。
綾部の髪、まるで天の川みたいだったよ」
すごく綺麗だったとあなたは笑いましたが、そんなことはありません。
光が似合うのは木漏れ日のように優しいあなたの方。
あなたの方がずっと綺麗。
「せんぱい」
身長、もっとほしい。
やむを得ずつま先立ち。
明るい甘栗色の前髪が私の呼吸でゆれた。
あなたは驚いた顔で目を見開いているものだから、
私は触れ合う直前に「目を閉じて」と言って、唇を頂戴する。
蛍がはらり、手の間から落ちていきました。
(そんなのどうだって構わない)
「…あや、べ」
「お礼がまだでしたので」
驚いて顔を真っ赤にしたあなたに笑いかけると、あなたは頬をさらに上気させた。
だって、これほどに美しい幻想的な光を纏うあなたを見れたのです。
これっぽちのお礼では足りないくらいでしょう。
私はホタルの逃げ出した大きな手を捉う。
「ありがとうございます」
ここまで連れてきてくれて。
一緒に見たいと私を誘ってくれて。
ほんとうはあなたと居られるならば場所なんて何処でもよいのだけれど。
(だって、あなたの手がここにある、声がする、笑ってくれる、隣にいる、)
(それだけで)
「私は幸せです」
***
夏プロリクエスト 蛍×綾善
お題「蛍がはらり、手の間から落ちていきました」(アメジスト少年さま)
綺麗だとか美しいって形容するのがより相応しいのは綾部だと思うのですが(アイドル学年だし)
でも綾部は伊作先輩がすごく綺麗で美しいと思っていると思う。もう、神々しいくらいに。
美化というわけではなくなんか、精神的なところにそう思っていればいいなあと思います。
髪にとまるっていうシチュが悶えるよね、というお言葉頂戴して大変悶えたので書くのがとても楽しかったですw
綾部はなんか本能で行動するようなところが多いと思うんですが、
でも内心で思っていることは結構言わずに独り言として処理してそうな気がします。
言えないとかじゃなくて言わなくても分かってると思ってる、みたいな。
にしても綾善はあまり甘く書けないような気が…っすいません!!
でも綾部の伊作先輩に向ける笑みは専用のとびっきり綺麗なもので、
最後のセリフはその専用スマイルを惜しみなく見れていればいいと思いますにまにま…!
コウさん、リクエストありがとうございました!