メロウ 4

 

胸が苦しい。(物理的な意味で)
 
 
寝苦しさで眠りから覚めた三郎はその原因も分からないまま仕方なくうっすら目を開けたのだが、
その途端に鋭い光が飛び込んできて、思わず開けた目を再びぎゅっと瞑る。
カーテン越しの朝日にしてはずいぶん鋭く、部屋の電気にしては眩しい。
三郎はうすく目を開けて、ゆっくりじっと目の前の光を凝視する。
点けっぱなしだった蛍光灯の白い光をちかちかと照り返すそれ。
重たい手を持ち上げて触れてみれば、それは柔らかくてぬるくて手触りは上物。
それが例の金髪であると分かると同時に胸苦しさの原因も判明した。
 
 
「斉藤…てめぇ……」
 
 
三郎はずっしりと胸の上でうつぶせになっているタカ丸に悪態をつく。
それでも当然、眠っているタカ丸はそれに気付かず、
昨日から握りっぱなしの服を未だ捉えたままのんきに眠っている。
 
昨晩のあのあと、泣き疲れたのかそのままタカ丸は眠ってしまったのだった。
タカ丸に馬乗りになったままだった三郎としては勝手に押しかけられて挙句に泣かれて、
正直たまったもんじゃないというのが正直な感想だったわけだが、起こしてまた泣かれるのもまた面倒。
仕方がないのでタカ丸の体を横向きにして、それに向かい合う形で横になって眠ったのだ。
 
 
「邪魔!退け!」
 
 
頭を鷲掴みにして軽くゆすってみるも、タカ丸は小さく唸り声を漏らすだけだった。
すうすうと幼子のような寝息が、握られたTシャツにしみこんでいく。
三郎は埒があかないと深くため息をつき、諦めて持ち上げた手を再びベットに沈めた。
どれくらい眠ったのか、わからない。
しばし放置していた携帯電話を指で引き寄せて開いてみると、
 
 
「げ」
 
着信16件。
たまたまマナーモードにしていたのを忘れていた。
確かめるまでもないが、着信履歴をさかのぼってみると案の定、ずっと同じ名前が続いている。
普段は稀にしかかけてこないくせに、と皮肉をこぼしつつ、
三郎は昨日の夜からずっと連続している友人の名前を選択して呼びだした。
平凡な電話の音を耳元に寄せて、3コール目。
 
 
「おう」
『さぶろっ…!お前なんで、』
「マナーにしてそのまま寝てた。で、何」
 
 
電話向こうの焦ったような苛立ったような声とは対照的に、
身体の上の重みに顔をしかめながらも三郎はのんきな声で問いかけた。
(いい加減重いっつーの)
人の上に転がってくるなんてどんな寝相だコノヤロウと内心舌打ちしながら返答を待っていると、
電話向こうの声はしばらく押し黙った後、なにか、糸が切れたように低く呻き声を漏らした。
 
 
 
『…なんか…も、意味わかんねぇ…っ』
 
 
ぐずっと鼻をすする音とくぐもった声が聞こえてきて、三郎はもはや驚き以上に
(こっちも泣いてるし)
バッカじゃねぇのこいつらと呆れながら、三郎は携帯を耳元から少し離して音声音量を最大まで上げた。
静かな早朝の静かな部屋に携帯からもれる音はやけに響く。
 
 
『あいつ、ずっと探してんのに見つかんねぇし、
 なんで怒ってんのかも意味わかんねぇし、
 なんだよっ…あいつ、むかつく……っ!』
 
 
髪を乱暴に掻き乱しているのだろう。
情けない声だ、と三郎は思う。
知らない奴からすればおそらく凛とした印象を受ける優等生で、
付き合いの長くてその実の性格をよく知っている三郎であっても、
こうも情けないこの男の姿というのはおそらく初めて見た。
自分の前ではめったに泣かない男をこんな風に特別乱すことができるのは
目の前にいる奴だけだということはよく分かっているが、それでも随分なレアなものだ。
ぎゅっと服を掴まれ、三郎は大きくため息をついた。
 
 
「…兵助。
 お前、あいつの性格、ちったぁ考えたか」
「…あ?」
「あの野郎が、わざわざお前の探しにくいところに隠れるかって言ってんだ」
 
 
捜してほしい、見つけてほしい、はやく迎えに来て。
拗ねたような顔や冷めた目の奥でそう思ってることなど、容易く分かる。
まるでかくれんぼで知らずのうちに死角に隠れてしまった子供のようだ。
金髪が誰より目立ってすぐに見つかってしまうはずなのになかなか鬼は来てくれなくて、
それでも自分からは出て行けずに、捜すのを諦められることにびくびくしているような、馬鹿な子供。
目の前の年上の男は、まさにそんな様子だった。
三郎は電話向こうで呆然としているであろう兵助に「分かったか」と一声かける。
 
 
『っ…すぐ行く!』
 
ピッと短い機械音がするのを聞いて、三郎は携帯を閉じてベットに放り投げた。
 
 
「来るってよ、兵助」
「……」
 
 
寝息がとまっていた。
代わりに小さくため息が落ち、
金髪が揺らして顔をあげたタカ丸の前髪向こうの瞳と目が合った。
 
 
「退け。いつまで乗ってんだ」
「…最っ高に頭痛いんだよねぇ」
「二日酔いに決まってんだろ阿呆」
 
 
目覚めから最悪だったせいかいつも以上に毒舌な三郎の腹に股がったまま、
タカ丸は久しぶりに服を放した両手を天井に向けてぐっと伸ばし背中をそらせる。
三郎は心底苛立った顔をしていたものの、タカ丸は反対に小さく笑みをこぼした。
苦笑にも近い、曖昧なものだ。
 
 
「やっぱ、大人げなかったかなー、俺」
「もとからあんたに大人げなんて期待してないんですが」
「あーあーよく寝たよく寝た」
「いい加減しばき倒すぞ」
 
 
拳を振り上げた三郎に、短気だねぇと心にも思ってない皮肉を言ってタカ丸はようやく三郎の腹の上から離れる。
本当は優しくて多少捻くれてはいるけど、案外人に冷たくするなんてできないような人でしょう。
しかし、そう口に出すことはきっと本人が望むことではなかろう。
代わりに今度お勧めのDVDをたくさん持ってこようと決めて、タカ丸はそっと笑った。
薄い色のカーテンを透る淡い朝日の眩しさは衝撃的で、頭が痛い。
タカ丸は、体の中に残ったアルコールのせいでぼーっとする脳みそを働かせる。
 
 
「ねぇ……ここって、俺の家から10分くらいだっけ」
「走れば5分だ」
 
 
よれよれになった服を憎らしげに見下げながら呟いた三郎の言葉に、
タカ丸はふぅんと相槌をうって乱れた髪を掻き上げた。
簡単に髪を整えるくらいの時間はありそうだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
***
三郎の腹の上で寝るタカ丸にとてつもなく萌えると思って書いた。後悔はない…!
三郎は馬乗りになったまま寝られて腕がぷるぷるしてきたので、
仕方なくタカ丸を横向きに転がして向かい合う形で寝たようです密着度半端ないにまにま。
タカ丸は電話するより前から起きてたんじゃないかなと思います。
久々知は悲しいとか寂しいとかよりも、むかつきで苛々して涙腺きてればいいです。
そんでもって久々知は三郎の前で泣くのは嫌だといい。100パーからかわれるものだから。