学園がいつもより静かな夜。
まだ夜更けすぎるというわけでもなく、普段なら鍛錬を行っていたり自習に取り組む生徒が多い時間だが、
この数日間はいつもに比べてうんとしずかだった。
というもの、これは学園長の例の如くの思いつきからであった。
深夜に鍛錬に励む一部生徒の声で眠れないからと、「早寝促進週間」をさだめたのである。
夕食や風呂が終わったらすぐさま生徒は部屋に戻され、事務員や教師は見回りをして部屋の灯りを確かめていく。
このおかげで生徒たちは自由な時間を多く奪われることになって開始数日ですでに反対意見は続出している。
会計委員などは委員長を中心に大反対を掲げているから、もうそろそろこの「早寝促進週間」も終わるだろう。
しかし、それが終わるまで予習復習の時間がとれないというのは熱心な生徒にとっては困りの種であった。
見回りの足音や気配にすぐに気づける生徒ならなんとかやりすごせるだろうが、
生憎、転入間もないタカ丸にはそれだけの技術がない。
だが、だからこそタカ丸は予習や復習の時間が欲しくて、
そのために自分よりも鋭く、さらに勉強も教えてくれる頼りの人を風呂のあとに部屋に招いたのだった。
なのに。
「ちょ…っ、兵助くん」
息に混ぜ込むように声を押し殺して名前を呼ぶ。
筆を握っていた手をとられて、気がつけば文机を超えて兵助はタカ丸に覆い被さるに近い形で迫っていた。
なにをするのとひっそりと問えば、薄明かりの中、鋭い目が少し、細まる。
兵助の瞳はまっすぐにタカ丸を見ていて、その奥には隠しもせずに欲が浮かんでいた。
だから、ほんとうは問わずとも兵助がなにをする気なのかなんて、分かっていたのだけれど。
「なん、で、こういう時に盛るのきみは」
「…理由なんて知らないが、」
お前のせいに違いない、と同じくひっそりと返された答えに、タカ丸は不満そうに顔をしかめる。
タカ丸に兵助を煽ったおぼえなどさらさらなかった。
むしろ、今日は勉強を教えてほしいだけなのに。
「今はだめだってばっ…見回り厳しいんだから」
「大丈夫」
「なに、が…!」
タカ丸はとられた右手と逆の手で兵助を押しのけようとするが、迫ってくる兵助の前進は止まらず、
逃れようと上体を後ろにそらせば、すぐに背中に床が迫っていた。
逃げ場がない、どうしたものか。
タカ丸は兵助の熱を帯びた視線から目をそらしてうつむいて、
そんな目はずるいずるすぎると内心つぶやいた。
「4年長屋の見回りは小松田さんだろ?ならばれない」
「あのねぇ、ばれないって色々堪えるのはこっちな…むぐっ」
理不尽な言いようにさすがに文句を言っていたのだが、
それすらも唐突に伸びてきた兵助の手が口を塞いだので不完全に終わった。
なにするの!と覆われた手の下で抗議してみるが、ちゃんとした言葉にはならず、
兵助は「うるさい」と一蹴して傍らの蝋燭の灯りをふっと吹き消した。
途端、部屋は静かに暗くなる。
幸い今日は月明かりがあったから互いを見ることができるくらいの明るさはあったが、
なにもかもが唐突すぎてタカ丸はついていけずに「んん!」と言葉にならない声で兵助に問いかける。
「しーっ」
すっと目を細めて唇を口吻のときのようにとがらせて、
子供をたしなめるように、しかし自らも子供のように楽しげに、兵助は空気のような声で言った。
思わず目を見開いていると、部屋の外の廊下の曲がり角の方からぺたぺたと足音が聞こえてきた。
障子の向こうで灯りがゆれ、ふあぁと漏れる事務員のあくびが部屋の近くへ近づいてくる。
それに気づき、タカ丸はあわてて兵助に言われたままに口を噤む。
未だ塞がれた口元で呼吸をこもらせて、身を緊張させて足音が通り過ぎていくのを待とうとしていた。
しかし、
「静かにしてろよ」
兵助はタカ丸の耳たぶに唇が触れるほどの距離で息を吐くように囁く。
途端、ぶわりと首の後ろや背中が粟立ち、
後ろに倒れかけていた体を唯一支えていた左手からはあっけなく力がぬけて、
冷たい床に背中がついに着地してしまった。
まずいと思ったが口を押さえる手をのけて文句を言うよりも、兵助がタカ丸の腹の上に乗る方が早かった。
足音が近づいてくるのが聞こえて声も出せない。
兵助は耳元に顔を近づけたまま、まだ乾かし切れていないいつもより落ち着いた金髪の一房に指を絡めた。
ふわりと花の香りが淡く舞う。
「シャンプー変えた?」
「っ…ぅ」
「タカ丸」
この、耳が弱いと知っているくせによくもまあ。
口を押さえられていなかったら確実におかしな声が出ていた。
障子一枚隔てた向こうを足音が丁度通り過ぎようとしているというのに、
低い声で名前を呼んで仰け反る喉に目を細める兵助を、タカ丸は憎らしげに睨む。
(変えたよ。兵助くんが好きそうな香りだと思ったんだもん)
そう言いたかったのに口を塞がれていては伝えられない。
足音が一番近いところでなって、そのあとゆっくり遠ざかる。
タカ丸の口を塞いでいた兵助の手が離れたのは、足音が完全に聞こえなくなった頃だった。
「さて、勉強?」
「…笑えない冗談」
すました顔で蝋燭に灯りを点そうとなんてするものだから、
タカ丸は拗ねた顔でその手をつかんだ。
薄闇で朱い顔が見えないとしても、その手は触れていた皮膚が熱いのを知っているくせに。
タカ丸はじとりと兵助を睨んで見上げる。
「責任とって、声が出そうになったら今度もちゃんと塞いでよね、」
おろした黒い髪に手を伸ばして頭の後ろに手を回し、
わざとらしく離れた身体を今度はタカ丸から引き寄せる。
そのお口で、というのは言わずとも分かるだろう、頭のいい彼ならば。
唇を合わせながら夜着の間をくぐって忍び込んできた手が、
なめらかに鎖骨から腰へと指を這わせて、タカ丸は肩をふるわせる。
ほんとう、頭がよすぎるというのも困ったものだ。(指先の学習能力が高すぎる)
***
4万打アンケート くくタカ
投票数一位でした!投票たくさんありがとうございます!
コウさんから「ガッツンガッツン押してる久々知」とのリクエストをいただいたので、
がっつんがっつん…攻めてるのかな久々知これ…!
未だに久々知はどれくらの攻め加減が正しいのか分かりません…
久々知は優等生で頭よいので学習能力が高いと思いますいろんな意味で。
そんで天然のサディストなのでわりとタカ丸を困らせるのが好きだといいですお布団的な意味で。
うちのタカ丸は耳がとても弱いです。久々知は熟知してます。
コウさんリクエストありがとうございました!
投票してくださった皆様ありがとうございました!