きみのつくる幸せ

 

 
「え」
「あ-、えと、おじゃましてます」
「…はあ」
 
 
思わずドアを開けて一番に視界に飛び込んできた色に呆然としていると、
こちらに気づいた彼は目に痛い金髪をゆらして会釈した。
彼はへなっと人当たりのよい笑みを向けてきたが、
すぐさま隣で何事かに一生懸命になっている秀作を肘で突いて、ほらお帰りだよ-と伝える。
すると背の高い彼の隣からひょこっと顔を出し、「わあおかえりなさい利吉さん!」。
気づかなかったとはどういうことだ。
 
 
「…なにやってるんだ君たち」
「お料理をタカ丸くんに教えてもらってるんです、ねー!」
「ねー」
 
 
秀作が金髪の彼を見上げて首を傾ければ、鏡のように彼も首を傾げる。
ここ幼なじみ間の妙にのんびりした空気はなんだ、どうも慣れない。
都会の生まれの人間っていうのはもとせせこましいように思っていたのだが、
案外真逆なのかもしれないとこの2人を見ていると感じてくる。
 
 
「しかし今更なんで…」
 
 
秀作は言っちゃあなんだが料理の腕前は、ない。
いいとこの箱入り息子でそのうえあのブラコンの兄が過保護にしていたから、
火も包丁も扱えないし、そもそも彼にそれをどうこうさせるのが間違いだ。
現に今も彼にしきりに言われている「ねこの手」を実践しているも、
あまりに粗末な包丁使いで、指をちょん切るリスクがなくなったわけじゃない。
それでも本人は真剣なのか、ピーマンを刻む秀作に私の声は届かなかったらしい。
 
 
「そんなの理由なんて決まってるじゃないですかぁ」
 
 
代わりに答えたのは幼なじみの彼の穏やかな声で、
彼は腰にまいたエプロンを解きながら常に笑っているような口をひらく。
 
 
「秀ちゃんは利吉さんを満たしてあげたいなって、
 もっと幸せだって思ってほしいなって思って頑張ってるんですよ」
 
 
だからわざわざ俺にお料理教えてなんて言ってきて、可愛いですよねぇと笑って、
彼はしっかりと私を見て幾分締まりのある笑みを浮かべた。
ははあ、これも実は過保護な類の人間なのだろうな。
黒のシンプルなエプロンを外して簡単に折りたたむと、
彼は秀作の肩をちょいとつついて「じゃあ俺も夕飯作りに帰るからまたねぇ」と笑いかけた。
「え、もう帰るの?」と不安げな顔をする秀作に、
「あとは秀ちゃんひとりでも大丈夫だよ」と優しく説得している様は、
まったく、どっちが年上なんだか分からない。
 
 
「じゃあ頑張ってねぇ」
と手を振った彼は、私に再び会釈をしてからおじゃましましたと去っていった。
いつものように2人だけになった部屋には、
嗅ぎ慣れないオニオンスープのいい香りが漂っていた。
 
 
「…分かってるさ」
 
 
彼の言葉を反芻してつぶやく。
現状が幸せなことも、
私のために一生懸命になってくれていることも、
そういうところが可愛いっていうことも。
 
 
「ほぇ?分かってるってなにがですか?」
「…いいから君はさっさと野菜切りなさい」
 
 
今度は私の声に気づいた秀作は、包丁をもったままこっちを向いて問いかけてきた。
ああもうよそ見するんじゃない怪我したらどうするんだほんと、危なっかしい。
目が離せたもんじゃない。
 
 
「えへへ、ピーマンは切りおわりましたよ!あとはにんじんだけです。
 今日の夕食は焼き魚と野菜炒めとオニオンスープと冷や奴ですよ!」
 
 
だからもうちょっと待っててくださいねと笑う秀作に、
いつもなら任せられるかと手を出すところだけれどたまには、ほんとにたまになら。
一生懸命すぎる後ろ姿に見とれるのも悪くないかもしれない。
焼き魚の焦げる臭いがしてきたりすまでは彼に任せてみようか。
 
 
「怪我するんじゃないよ」
「はいっ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
***
ちなみに豆腐はタカ丸が「うちいっぱいあるから」といってお裾分け。
優作さんほどじゃあぜんぜんないけれども、
タカ丸もわりかし小松田さんに過保護ならなあと。
でも幸せは願ってるので邪魔はしないしむしろ協力しますが。
BGMはポルノさんのラビュー・ラビューだったのですが、
王様にいわれてからラビュー・ラビューが利コマにしかきこえなくて、
ちょっぴりいらっ☆とするようになったことは秘密です、ええ。
愛されてるなあとか思ってニマニマしてる利吉さんテラハラダタシス。
王様に新刊お礼として捧げます。私情がとても入っている気がしないはずもない(開き直るな)