痛みは伴う、双方に

 

 
氷をつつんだタオルで耳を冷やしてから、
鏡の前に向き合って白いピアッサーを握る。
長い髪を耳にかけて鏡に自分の耳を映してみれば、
すでにいくつもの穴が金属で埋まっていて、なんだか重たげだ。
 
 
ピアッサーを耳に宛がい、ひとおもいにぐっと針を押し込む。
ガチンと耳元で音がすると、鏡にうつる自分がほんの少し眉根をひそめた。
まだここにも感覚は生きていたんだなあと不思議と安心しながら、
鏡をのぞいて耳に嵌ったピアスを確認していると、黒い眼と鏡越しに目があった。
 
 
「…似合う?」
「…自分の部屋でやれよ、そういうの」
 
 
不機嫌な声に、質問の答えになっていないでしょそれ、と思わず笑みがこぼれた。
今まで不自然にこの一連の作業から目をそらしていた久々知先輩が俺をまっすぐ睨んでいる。
ピアスなんかをあけるのよりもね、先輩の鋭いその目に刺される方がずっとぞくぞくする。
わりとマゾヒストなのかもしれないなあと思ったけれど、
口に出せば、「どの口がそんなことを」と吐き捨てられるのは目に見えている。
昨日の夜もいっぱい泣かせちゃったしね。
 
 
「安くていいのがあったからつい衝動買いしちゃって」
「…あっそ」
 
 
かみ合わない会話にはかみ合わない会話。
先輩の文句には耳も貸さないふりをして、俺は鏡に向かって目を細める。
鏡越しに俺を睨んでいた先輩は俺の表情に気にくわないようにしかめっ面を微かに浮かべたけれど、
その内情を口にすることもそれ以上表立たせることもなく、俺から目をそらした。
 
 
「久々知先輩は、あけてないよね」
「あけるわけないだろ」
 
 
髪をかき分けて白い耳たぶに勝手に触れてみると、
久々知先輩は鬱陶しそうな表情をしたけど手を払いのけたりはしなかった。
唇ににじみ出る笑みもそのままに、じっくりと、無傷のそこを見つめてみる。
黒い髪の合間に小さな金属の光が時たまのぞく、というのも映える気はするけど、
でも先輩にピアスは似合わないだろうなあ。
それに自らあけようだなんて微塵にも思っていないはずだ。
 
 
だって俺、知ってるよ。
ピアッサーの音がする瞬間にあなたが肩を震わせることも、
増えていくピアスがあなたの眉間のしわの原因なのも。
だって先輩はピアス嫌いだもんね。
新しいピアスをつけるとそのたびに泣きそうな顔してるの、きっと気づいてないんでしょ。
俺の身体を貫く針をあなたが好むはずがないんだ。
 
 
「そうだね、先輩はピアス、あけないで」
「…勝手なやつ」
「俺が我が儘なの、十分知ってるでしょ」
 
 
それでも新しいピアスをつけるときは必ずあなたの前でと決めている俺は、
あなた以上に自分勝手で我が儘で性悪だって、十分自覚してる。
そんな俺に惚れてしまったあなたは趣味が悪いというか、だめな人だね、本当に。
今更もう離してあげることなんてできないしその気も毛頭ないけれど、
きっと俺以外の人に惚れていたら、ピアス程度で泣きそうになることもなかっただろうに。
 
どうして自らに穴をあけて貫くなんて自虐的なことをするのか、
あなたがそう疑問に思って悲しんでくれていることは知っているけれど、
俺がピアスをつけるのには意味がある。
過去に誰かに食った女の数かなんてからかわれたこともあったけど、
ピアス自体やその数にはなんの意味も有りやしない。
ただ、
 
 
「兵助には必要ないよ」
 
 
俺がピアスをつけ続けるのは俺のために悲しむ姿が痛々しくて愛しくて、
そして、あなたの我が儘が聞きたいから。
ほんのそれだけ、些細な理由。
 
 
白い耳たぶに甘く噛みついて舌を皮膚に這わせると、
細い指が俺の赤い髪にすがりつくように絡んだ。
「タカ丸」と名前を呼んでくれた声は、また俺を止めてはくれない。
仕方がないから首をつたって鎖骨まで唇で撫ぜた。
次第に息は乱れ始める。
ああ、今日も聞けそうにない。
 
 
でもいつか聞かせて。
「やめろ」「もう傷つくな」「そんなものは必要ない」と。
じゃないといつかあなた、泣いちゃうよ。
ずっと待ってるから別にいつだっていいんだけど、
せめてピアスを増やしすぎて耳がちぎれ落ちてしまうまでには、どうか。
 
 
髪に絡んでいた指が不意に耳に埋まった冷たいピアスに触れた。
その瞬間に泣きそうな顔をしたあなたは、ほんとに馬鹿な人だ。
まじめで利口なあなたの、そういう馬鹿なところが愛しくて仕方がない。
心底馬鹿な俺につきあってくれるって言うなら、
同じところまであなたも落ちてきてくれなきゃね。
でもね、あなたにピアスはぜったいにつけさせてあげない。
兵助を傷つけるのもずっとそばにいることができるのも、俺だけだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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4万打アンケート   現代赤タカくく
現代でピアスあけまくってる赤タカと理解できない久々知というリクエストをいただいたので!
投票でもくくタカ、タカくく、タカくくタカに次いで4位でした!投票ありがとうございました!
現代設定、この話ではあまりはっきりしていないのですが、妄想しているととても滾りました…
ピアスをつける理由にも考えてみてとんでもなく萌ましたにまにまw
赤タカはほんとに性悪で意地が悪くてひん曲がってて、
でもほんとにほんとに久々知先輩のことが好きだといいです。
 
リクエストありがとうございました!
投票してくださった皆様ありがとうございました!