息継ぎの下手な魚

 

コックをひねると、タイルにシャワーの水がはねる騒がしい音がとまる。
黒髪を振り乱して頭からかぶった水を飛ばすと、「ワイルドだねぇ」とじっと兵助を眺めていたタカ丸が笑った。
いつもふわりと整えられている明るい金髪も、バスタブの中にいる今は、濡れてぺたりと皮膚を這っている。
妙に落ち着いた金髪と楽しそうにじっと見つめてくる視線が、落ち着かない。
 
 
顎を流れ落ちる水滴をぬぐいながらまっすぐな視線をにらみ返すと、
その相手はふにゃりと、しかしどこか色めいて見えるように目を細め、
頬杖をついた長細い白い指で自分の金髪を器用にくるりと絡めた。
湿った唇はうれしそうに小動物のような弧を描いていた。
 
 
「…見んな」
「今更じゃん」
「…だったらいいだろ」
「だって、きれいなんだもん」
 
 
白いタイルにかこまれた清潔で明るい浴室がなんだか憎い。
いくら付き合いが長くて同じ部屋に住んでいると言ったって
普通なら風呂には一人ではいるものだというのに、この男。
兵助はいやいや思わず頬が火照るのは熱いシャワーのせいだと、
じっと眺めてくる視線を相変わらず睨んでみせた。
それが迫力に欠けているのかそれとも危機感がないのか、
タカ丸はその鋭い兵助の目にもにこりと笑みを浮かべる。
照れ隠しで不機嫌のふりをしたって可愛いだけさと言われている気がして、
兵助はこの男のこういう、内心をすぐに見抜くところが嫌いだ年上めと内心舌打ちし、
目線をそらして小さくため息をついた。
息で湯気がふわりとゆれる。
 
 
「……つーか湯船、俺入るから、出ろ」
「え、やだ」
「あ?」
 
 
一緒に風呂にはいろうと言われ嫌だと言っての押し問答30分の末、
しつこくねだってくるものだからつい折れたというか絆されたというか、
とにかく浴室の縁に頬杖をついて笑って湯船から出るのを拒む男に、
兵助は猛烈に自分が許してしまった状態を後悔した。
 
 
「何のために大きなお風呂ついたマンションにしたのさぁ~」
「っちょ、」
 
 
ほんとうに器用な男だ。
このままダッシュで浴室から飛び出そうかと目論んでいたのを見透かしたかのように、
伸びてきた指先が優しく兵助の手首を捕らえる。
そのまま柔らかく、ね?と首を傾げてほほえまれると、拒む手立てはなかった。
もういちど、ため息は湯気に溶けた。
 
 
 
 
 
 
 
「やっぱ兵助くん、肌すべすべ、さっすがイソフラボン効果。
 なんだっけこういうの、白魚みたいな手だっけ」
 
兵助の指のひとつひとつに自分の長い指を絡ませ、
白魚にたとえたその手の甲を頬に宛がった。
濡れた肌に兵助の手の皮膚をするりと這わせ、タカ丸はやはり笑っている。
そう言ってやはり色めいた目を柔らかく細めタカ丸の反対側、
二人で入るには狭いバスタブで膝を曲げてすわる兵助は居心地悪げだ。
何故か淡い紫色の水を弾いてみれば爽やかな甘い香りがして、タカ丸に「グレイスフルローズだよ」と教えられた。
兵助と相反し、タカ丸は満足げに笑みばかりを浮かべている。
それが兵助が居心地の悪い原因のひとつでもあったのだが。
 
 
「お豆腐って美容にいいもんねぇ、兵助くんの手きもちいー」
「…お前だってほとんど同じもん食ってるだろ」
 
 
兵助が浴室になんとか反響する小さな声で呟くと、
「まあそれもそうだよねぇ」と納得したような気楽な声がして、同時にタカ丸の手の動きがとまる。
しかし、そうかと思えば次は唇が手の甲に音を立てて触れた。
兵助が目を見開いて不覚にも頬を赤く染めてしまえば、
「俺のも、きもちい?」とからかうように唇を離さないまま笑われた。
自分の手の甲も指先も爪の端まで火照ってしまったようで、兵助はますます居心地が悪くなった。
紫色の温いお湯に溶けてしまいそうだ、溺れてしまいそうだ。
経験上、このままじゃまずい。
 
 
「…っ、もう、俺先上がるから、」
 
いい加減その手を離せ馬鹿野郎と言おうとしたところで、
ようやっと離れたと思ったタカ丸の唇に唇を噛みつかれてしまった。
一瞬息苦しくなったかと思えば次の瞬間には鼻先をふれあう距離まで離れて、
目を丸くした兵助にタカ丸はすっと細めた目で笑みを向けた。
指同士を絡めて拘束した手はまだ手放さない。
心臓が大きく飛び跳ねてぎゅっと固まってそのあと急激に加速したものだから、
乱れた呼吸がほんのわずかな二人の合間で湿気に蕩けた。
 
 
「鼻で息しなきゃ」
「おまえがっ、急に、するからだろっ!」
 
 
呆れたような声で呟いたタカ丸に、兵助はしかめっ面で言い返した。
そんなやり方もうとっくに知ってる。
教え込んだのはどこのどいつだ、と金髪の下の双眸を睨む。
その目は楽しげに兵助を見つめて笑っていた。
 
 
「ねぇ、兵助くん。
 息継ぎの下手な魚は生きていけないよ。
 だから、いっぱい練習しなきゃじゃない?」
「…下手っていうな」
 
 
むっとして言い返すと、タカ丸は挑発的にどうかなぁと首を傾げた。
下手じゃないし。お前が人並み以上なだけだし。
という言葉は癪だから飲み込んで、わずかな距離の向こうで笑うタカ丸を睨む。
 
 
「……確かめさせてやるよ」
 
 
睨んだまま距離を詰めて、兵助はその唇に噛みつきにかかる。
標的は相変わらず笑ったままだった。
 
 
(溺れるときはお前だって道連れだ)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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4万打お礼   タカくく
お題「息継ぎの下手な魚」(にやりさま)
くくタカに次いで2票差で2位という結果でした!
なんだかとてつもなく趣味に走った感があふれ出しておりますね!
ぶっちゃけ「きもちい?」とすっごく楽しそうに尋ねる底意地の悪いタカ丸が書きたかっただけというか、
一緒に風呂入るバカッポーに滾っただけというか、もうタカくく好きだバッキャロイとかそんな感じですすいません。
一応現代で未来妄想設定です。
タカ丸は入浴剤好きそうですよね!豆乳バナナとかいつか使えばいいよ。誘ってるよそれ(グッ/真顔でやるの自重)
あと久々知は全然ちゅーが下手とかじゃないしむしろうまいと思うのですが、
タカ丸のが上手かつ器用すぎればいいなぁという妄想です。
 
投票ありがとうございました!