怖いもの

 

 
「んっ……」
「動いちゃだめー」
 
 
薄い皮膚をひっかくとびくんと震えた肩を優しく窘め、
黒髪を長い指で撫でて、タカ丸は再び作業にはいる。
同じように兵助も大人しく目の前のテレビに意識をもどそうとするが、
タカ丸が手を動かすたびにそこがこそばゆく、時たまはっとするくらいの痛みを感じて、
おちおちテレビになんて集中できずに、きゅっとコタツの布団を掴んだ。
それでもなんとか気にしないようにしようとテレビを見つめ直すと、
芸人がちょうどドッキリにはまったところで、思わずそのリアクションを見て吹き出してしまうと、
タカ丸は「もー危ないでしょ」と困ったように笑って、また黒髪を撫でた。
 
 
「じっとしててよ、鼓膜さいちゃうじゃん」
「怖いこと言うなよ」
「耳掃除は怖いものなんだってば、あ、じっとして」
 
 
テレビ見て笑っちゃうなら目ぇ瞑ってなさいと言われ、兵助は言われたままにしたのだが、
そうすると今度は中の古い皮膚を剥がし取る耳かきの先の動きがはっきり分かって、
奥のほうを掻かれるとつい、痛みに肩が揺れてしまう。
黙って身体を震わせると、タカ丸は慌てたように「だいじょうぶ?」と手の動きをとめたが、
おそらく、いや絶対、タカ丸が不器用なわけではない。
むしろ、その逆。
耳掃除といえば幼いころに母親にしてもらった記憶があったが、
タカ丸のそれはその時のものよりずっと上手く、痛みも少なかった。
昔はどちらかといえば耳掃除に苦手意識があった自分がそう感じるのだから確かだ。
「たまには掃除しないとだめだよ、やったげる」と言ってくるだけのことはある。
 
 
「ん、だいじょうぶ」
「ほんと?痛かったら言ってね?」
 
 
頷くと、タカ丸は耳掃除を再開する。
手首が耳元でしなやかに、器用に動くのが分かる。
竹の耳かきで中の老廃物を綺麗に掻き出すと、
綿棒に持ち替え、今度はくるくると優しく耳の中を撫でられた。
くすぐったくて思わず笑ったが今度は忠告されることもなくただくすりと笑われて、
綿棒をすぐに抜き取ると、タカ丸は最後に耳にふっと息を吹きかけた。
「はーい、できたよ」と言う声が、気持ち、以前よりクリアに聞こえるようだ。
 
 
「よーし、じゃあ逆向いてー」
「テレビ見えなくなる」
「え、俺に座る位置変えろと?
 …でもそしたら兵助くん、コタツからでなきゃじゃん、寒いよ?」
「……寒い?」
 
 
コタツに胸まで入っている兵助とは逆に、
その兵助に膝をまくら代わりに貸しているタカ丸は部屋着のうえに薄いセーターを羽織ってるだけで、
よく考えなくとも寒々しい格好なのにようやく気付く。
膝の上から思わず見上げると、タカ丸は「へーきだよ」とふにゃりと笑った。
柔らかいにもほどがあるその笑みは、思わず馬鹿はなんとかって言葉を思い出させる。
 
 
「俺の心配してくれるなら、早く横向きになって。
 テレビはちょっとの間我慢して、ね?」
 
 
子供をあやすような声で言われて、
少し冷たい細い指先で前髪をくしゃりと撫でられて、
兵助は居心地の悪いくらいの居心地の良さを感じる。
矛盾しているものの、そのとろとろ溶かしてしまうような甘やかし方が嫌いではなかった。
(むしろ、その逆。)
 
 
「なー」
「なあに、はやく横向いてってば」
「…今度は俺がやってやろうか?」
 
 
真下から見上げられて少し照れた黒い眼に見つめられ、
そうして言われたその言葉にタカ丸は一瞬きょとんと首を傾げて、
そのあとに困ったような表情を浮かべた。
 
 
「お断りさせていただきます」
「…なんでだよ」
「そりゃ、」
 
 
むっとした兵助にタカ丸は苦笑する。
天然で言っているようだけどあんたが誰より知ってるでしょーが、とは口に出さず。
 
 
「だって耳は性感帯なんだよ」
なんて。
言えば、彼はどんな顔をするだろう。
たまに意地悪になるから卑怯なんだよなあと内心呟きながら、
タカ丸は、その答えは「教えてあげない」と苦笑の奥に隠しておくことにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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姉さん女房みたいなタカ丸が大好きです。
髪結いさんって耳掃除もしていたみたいですね!(ウィキ情報)
でも室町よりも、現代でタカ丸に膝枕をされてコタツ入ってテレビ見ながら膝枕でそうされる方が、
久々知的にも私的にもおいしかったので現代で書いてみました。
基本久々知はいたせりつくせりな生活を送ってそうです…ちょっと代われ…
何度もいいますがタカ丸は耳がとても性感帯だといいです。
耳にふーっとかされると「うひぁ!」ってなるようなタカ丸だと全力をもって悶えます。