いつものように小鳥のさえずりと携帯から流れる音楽で目を覚ます。
ベットの中から手探りで携帯を探して見つけ、点滅する画面を見ると今日は月曜日。
ああもう週末は終わったんだと気づいて布団から顔を出すと、視界いっぱいに白い光が大量に侵入してきて目を細めた。
息をつきながら曲の途中でアラームをとめ、そして体を起こそうとする。
しかし、体を起こす腕にいまいち力が入らない。
(なんだろ…だるい……)
「おい、起きてるか」
「あ、うんっ、おはよ」
自分は一体どうしたのだろうかと思っていると、兵助にくしゃりと髪を撫でられる。
寝起きの少し低い声に、ようやく意識がはっきりして、タカ丸はいつもより意気込んで体を持ち上げた。
「っ…、兵助くん、もう体調大丈夫?熱は?」
「平熱だし咳も出てないし、もう心配するな」
さらっとそういわれても、2日前から38度もの熱を出して寝込んでいたのだから心配するのも当然だ。
タカ丸は少しむっとして先に着替えようとしていた兵助を追いかけるようにベットを下りる。
だが、「でもまだ病み上がりなんだし、」と言って立ち上がったところで、ふらりと視界がゆれる。
兵助の横顔がぶれて、危ないかもと思ったときには足に力が入らず、その場に倒れようとしていた。
「おい…!」
前のめりになったタカ丸の体を、兵助が気づいてあわてて支えた。
力の抜けた体がもたれ掛かってきて、思わず自分まで後ろに倒れそうになるのをなんとか踏みこらえる。
くてんと肩に顔を埋めるタカ丸の金髪頭を見下げる。
額が触れる肩が、熱い。
「お前…」
「っ大丈夫だよ!大丈夫!あ、ほら朝ごはん作らないと!」
「…馬鹿、か!」
眉間にでこピン。
それだけで「ぁ、わっ」と声を上げながら体が傾いてしまい、ふらっと倒れこんだ先は再びベットの上だった。
やわらかいそこに重たい体は深く沈み、再び起き上がることが億劫になる。
しかし、ただでさえ学業と2年のブランクのある頭は、一日でも休むと追いつけなくなってしまうのだ。
見た目より実にまじめな性格から、タカ丸はもうひと粘り、甘えた声で大丈夫だよぉと兵助の背中に主張してみた。
だが、振り返った兵助はタカ丸を見下げ、ため息と共に「ばーか」と額を叩く。
「うあっ」
途端、ひんやりとした冷たさを感じ、タカ丸は驚いて声を上げた。
改めて額に自分で触れてみると、昨日までは兵助がお世話になっていた冷えぴたが貼り付けられていた。
「熱あるって顔、してる」
「えー…なにそれどんな顔…」
「秘密。…だいたい、いいって言ってるのにずっと着きっきりだったからだ」
「……人恋しくてちゅーせがんできたくせによく言う…」
ずっと看病していたことよりもそのほうがずっと直接な原因だ。
昨日まで熱のせいでいつもよりずいぶん積極的に甘えていた兵助に白い目を向けると、
兵助はとぼけるように明後日を向きながら金色の髪を優しく撫でた。
「学校のことは気にするな。
あとからいくらだって教えてやるから今日は寝てろ。
こうしてる、から」
そう言って、大きな手に左の手を優しく包まれる。
じわんと熱が少し、タカ丸から兵助へと伝わっていくのを肌で感じた。
これはタカ丸が熱を出していた兵助にしてあげたことだ。
ふわふわとした蕩けそうな体内で、そこだけが心地よくはっきりとした感覚を主張していて、
なんだかとても安心することができた。
(…兵助くんもこういう気分になったのかなぁ、そうならうれしいなぁ)
微熱を帯びた頭でそう考えながら、タカ丸は兵助の手を握り返した。
深い眠りから覚めたのは、たかまると呼ぶ声が耳元で聞こえて、身体が震えたからだった。
耳は苦手だ、ということは誰よりよく知っているくせに、意地が悪い。
薄く目を開いて睨むと、唇の端に笑みを滲ませた兵助は「飯だ」と言ってまた、頭をくしゃりと撫でる。
「食欲は?」
「あんまり…」
「一応ちょっとは食えよ、薬飲ませるから」
んん、と生返事を返したものの、あまり薬は好きじゃない。
兵助のように顔色ひとつ変えずに飲めれば立派だと思うが、あの舌にあたった時の苦味がどうしようもなく苦手なのだ。
良薬口に苦しと言うけれど、できれば遠慮願いたい。
「ほら、口あけろ」
「もうちょっと可愛くさぁ、あーんしてって言ってくれないかなぁ…」
その言葉には阿呆かと冷たく返されたが、それでもスプーンでお粥を掬って口まで運んでくれる。
タカ丸は兵助が交互に食べさせてくれる冷奴とお粥を少しず飲み込みながら、
どうにか薬をうまく飲むか、もしくはうまく飲んだふりをする方法を考えていた。
「もう食えないか?」
「あー、うん…」
まだ器には半分ほどお粥が残っていたものの、冷奴の鉢は空にして、
タカ丸は布団の中で仰向けになりながら答えた。
起き上がりたくない。
起き上がれば水の入ったコップと錠剤を手渡されることは予想できる。
その通り、兵助は、じゃあ薬なと言って手のひらの錠剤を転がした。
(いやだなぁ…ゼリーみたいなのと一緒に食べたいとか言うと流石に怒られるだろうし、
もともとは兵助くんに昨日まで飲ませてた薬だしなぁ…)
観念してため息をついて、重い身体を起き上げようとしたら、伸びてきた腕に手首をつかまれる。
「え、…むぅっ」
声を上げるまもなく唇が合わせられ、油断して開かれたその隙間に、こぼれるように水が落ちる。
気持ちが追いついていなかったせいでうまく呼吸ができず、息が苦しい。
いつもより冷たいのか、それとも自分の唇が熱いのか、
とにかく普段よりも温度差の激しい口付けと兵助の唇から注がれる生ぬるい水に戸惑う。
(あ、苦…っ)
舌でバウンドして喉に転がっていた固体のなにかに味覚が反応する。
タカ丸の苦手な独特の苦味は、あの錠剤のものだと蕩けそうな脳がそう認識した。
口の端から頬へ溢れた水の雫が流れていく。
それを皮膚で感じながら、タカ丸は腕に力を込めて、抑える手首に抵抗したが、振り払えない。
こくんと喉を鳴らして口移しで含まされた水の最後の一滴を飲み込むのを確認すると、生ぬるい唇はようやく離れた。
「…わりと難しいな、これ」
兵助はそう呟いてこぼれた水を舐め上げる。
続けざまに頬にまで流れていった筋も辿るように舌を這わされ、
タカ丸はいつもより赤い頬をさらに紅潮させた。
「…余計なもの入れるからでしょう」
深く息を吐いて、吸いなおしてから呟く。
錠剤の後に口内に侵入してきたのは熱をもった、舌だったはず。
「もしうつったらどうするの…」
「もう免疫できてる。
言っただろ、薬飲ませてやるって」
お前苦手だから誤魔化すかもしれないだろ、と言う兵助は、まだ至近距離にいる。
吐き出す熱のこもった息が兵助の落ち着いた吐息と絡まった。
「なんなの…なんでこういうときに限ってなんでそんな積極的なのさ…」
「熱あるって顔、いつもより無駄に色気あるんだよお前」
「…へ?…いやっ、ちょ、俺だって昨日まで我慢したんだから、」
「病み上がりに我慢とかさせないでください」
「そんなの関係無いし!あ、待っ…!」
耳たぶに甘く噛みつかれて、タカ丸から小さく悲鳴が漏れた。
ベットの上で身体が跳ね、抵抗の声が甘みを帯びる。
完璧に熱が上がっている。
あんた看病してくれる気なんてないんでしょう、と心のうちで呆れたように呟いた。
「ぁう…絶対、悪化する…っ
俺が死んだら、へいすけくんの、せいだからね」
「死ぬな馬鹿」
ならこんなことするな馬鹿。
そう言おうとしたけれど、いつもより好色的な目につかまって、そのあと口を封じられた。
やばい、ああもうここで死んじゃってもいいかもしんない。
そうすりゃ兵助くん殺人罪なんだからね、ざまあみろ。
舌を出す代わりに絡ませると、熱い肌の上を滑ったひやりとした手にそう毒づいた。
***
風邪ひいたときはちょっと運動するくらいがいいらしいよと弁解を試みる。(諦めろ)
久々知は基本余裕なかんじのタカ丸が弱ってると、ここぞとばかりに攻めてみるといいよ!
多分これも何度も言ってますが、タカ丸の意図していないところで久々知は煽られていればいい。
ちなみに年上タカ丸が常識の範囲で我慢してた、ちゅーせがむ久々知はこんな感じだと思います。